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捨てられ勇者の異世界ボッチ放浪譚  作者: 雨森 時雨
第1章 勇者なはずが、ポイ捨てされました…どうしてくれようか?
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第29話 積もり行く恐怖

グリディスート帝国の誇る軍港が数時間もかからずに壊滅した。


その知らせを宮殿まで持ってきた使者は顔面蒼白だった。軍港で壊されていた、現地部隊の隊長が辛うじて知らせてきた異常事態である。託された使者は最も馬の扱いが上手いのでここまで休まずに駆けてきた。軍港から、宮殿までの距離は約1500キロである。魔法を駆使して、2日で駆けて来たのはかなり短い期間だったといえる。馬は2頭ほど乗り潰してしまったが、それでも急ぐべき事態だった。昼夜を問わずに駆けて来たので使者は息も絶え絶えだった。


宰相にその知らせが届いたのは勇者たちがダンジョンから帰還してから、一週間ほどが経った時だった。ちょうど、昼時であり、そろそろ昼食にしようかと考えていた時だった。息も絶え絶えな使者が文官に支えられながら宰相の執務室に入室してきたのだ。執務室にまで使者が来るということはよほど重大な情報らしいと、彼は判断した。そして、機密情報であるときは必ず、帝王に報告するよりも先に自信へ報告するようにと彼は徹底的に周知している。だから、ここに来たのだろう。


使者の顔色から察するに最悪の情報が寄せられるのを覚悟した。経験上、それくらいの事は読み取れる。使者に話すように目線で促した。彼を連れてきた文官は退室している。それもまた、宰相が徹底的に始動したことだ。機密情報を知るものは少なければ少ないほどいい。


「何があったか、話してください。」

宰相は落ち着いた態度で話した。彼がひどく話すのをためらっているのを感じ取ったから、落ち着いた態度を彼に示す必要があった。宰相の態度を見て気が緩んだのか、使者はつっかえ、つっかえ話し始めた。


内容を要約するとグリディスート帝国が誇る、最大であり最重要拠点が二体の得体のしれない魔物によって陥落されたということのようだ。


信じがたいことだが、彼らはたった2体で軍港にいた兵士200人を蹂躙してのけたらしい。死者は0人だが、ほとんどすべての兵士が精神に異常をきたしており、使い物にならなくなっていた。ありとあらゆる手法によって死ぬような怪我を繰り返し負わされた後に、すべて回復されたらしい。それを何度も繰り返されたそうだ。いっそ、普通に殺してもらった方がよほど親切だったと、兵士の数人から話が聞けたらしい。圧倒的な力によって、玩具のように弄ばれ彼らの兵士としてのプライドは砕け散っていた。そのうえ、情けをかけられて全ての怪我を治された上で放置されたのだ。戦いにすらなっていなかったと痛感したそうである。最新鋭の魔導船と軍港の本隊舎を持ち逃げされたそうだが、詳細は不明だ。本隊舎を持ち逃げできるような空間魔法は開発されていないのだから。


宰相は頭の中で素早く思考を巡らせる。


軍港は壊滅した。


兵士も心を砕かれて使いものになりそうにない。


隊舎一棟と魔導船を持ち逃げされた。


犯人たちは獣人が住む大陸の方へと去って行った。


「すぐに追撃部隊を編成してください。数は2000で行きましょう。魔法使いを中心に近接戦は極力避け、遠距離から大火力で確実に仕留めてください。仕留めた証拠として、連中の死体を持ち帰ってくださいね。対策を立てねばなりません!」

宰相は明確な指示を行った。たった二体の魔物に2000人を当てるというのは宰相の警戒具合を示している。つまり、最大限の警戒だ。更に魔物たちは厄介な特性を備えていたようで、見る者によって姿が違っていた。


曰く、蝙蝠の羽の生えた醜い化物。


曰く、鱗の肌を持った蛇人間。


曰く、骨のまま地上を歩く不死族。


などなど、見る者によって姿形が変わっているようだ。ただ、共通しているのは身長が片方は175セルチ、もう片方の魔物は大柄で200セルチ近くはあったということだけだ。手掛かりは極めて少ないまま、捜索を行わなければならない。そのうえ、勇者たちにも民たちにもこの凶悪極まりない魔物の出現は伏せておかねばならない。現在、王位についている王にも伏せねばならない。彼は極めて愚鈍な帝王であり、そんな凶悪な魔物が出たと知ればすぐにでもこの国から逃げ出してしまうことは目に見えていた。これは世襲制が生んだ悪しき状態であるが、宰相に過ぎない彼にはどうすることもできなかった。ゆえに彼は勇者たちに何としても魔王を討伐してもらい、魔族が住んでいるところに新たな自分自身が認めたものだけを連れて行って、国を作ろうと考えているのだ。今の国は後、もう20年かそこらで崩壊するのは目に見えているのだから。


財政状態が帝王の無駄な遊びのせいで極めて悪いし、勇者達一行を育てるのにも金がかかった。特に装備一式を揃えるのには今までの国家予算1年分ほどが飛んで行った。今代の勇者も女神には愛してもらえなかったようで、初代勇者のような楽はできそうにはなかった。あの時代に勇者を召喚した帝王の決断は本当に優れていたと思う。現代の愚王と取り換えて欲しいくらいである。帝王が愚かであるからこそ、自分がここまで好き勝手にできるのであるが、いかんせんあの愚鈍さは耐えがたい。できれば、亜人連合軍にかこつけてあの愚王を殺してしまいたいくらいだ。


新しい魔物によって、亜の愚王を殺させることはできないだろうかと考え着いた。


今すぐには無理でも、頭の片隅で考え続けるには有りの案件だ。こうして彼は宰相でありながら、自身が王位につくための道筋を考え始めた。グリディスート帝国の1000年の歴史に、分厚い暗雲が立ち込め始めている。


暗君である、今代の帝王フォロール・グリディスートは何も知らないままだ。


財政が良くないと聞けばすぐに、民から搾り取ると考えるような馬鹿である。もしくは他所に侵略して財を掠め取ってくれば良いともいう。…現在のグリディスート帝国にはかつてほどの軍事力は無くなっている。先代、先々代共に王として器量は落ちて来ていたが国を纏めるには支障は無い程度だった。だが、今代の帝王は格が違う。


甘やかされて育ち、世間を知らず、幼いころから愚かであり続けた。大陸の3分の2を占める大帝国の第一王位継承者である。唯一の王子であるため、他の対立候補はいなかった。先代の帝王が子供を作らなかったのだ。彼は王にしては珍しく側室を持たない王だった。そして、それが命取りになってくる。


宰相は散々、作戦を考え全てを部下に通じさせてから食事をとり、休む間もなく財政を何とかすべく働き始めた。それからしばらくして彼の執務室の扉がいきなりノックもなく開かれた。金髪に綺麗な碧い瞳をした青年が入室してきた。顔貌は整っているがどこか軽薄さが抜けきれない容姿だった。

「おい、宰相。聞いたよ。すごい強い化物がいるんだってね。僕のペットに欲しいなぁ。なあ、捕獲してきてくれよ?良いだろ?」

これが今代の帝王フォロール・グリディスートである。最重要拠点が得体の知れない魔物に奪われたと聞いて、言いだすのがこんな内容なのだ。宰相は頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られていた。こいつがいなければ、もっとこの生活も楽しかっただろうにと思う。せめてあと少し知能が発達していればこんなことにはなっていないのにと嘆く。

「つい先ほど、追撃部隊を送り出しました。…捕獲用の装備は持っておりませんのでフォロール陛下のお望みを叶えることは非常に困難でございます。誠に、申し訳ありません。私は陛下ほど有能ではありませんので、凡庸な策しか打ち出せないのでございます。」

とりあえず、上げておけば機嫌が直るだろうと判断してへりくだっておいた。

「まあねぇ、僕ほど優秀な帝王は居ないからねぇ。良いよ、じゃあ待ってあげようじゃないか。ああ、それじゃあ飛び切り可愛い獣人の女の子を連れて来てくれないかな?こないだのエルフ娘はもう壊しちゃったんだよね~。僕って、ほら、すごいだろ?アレ、がさぁ。」

まあ、薬漬けにして壊したのだろうと宰相は推測した。ちなみに帝王のご自慢のアレであるが、本人の王としての器と同程度という事だけは知れ渡っている。


…知らぬは本人ばかりなり。


この程度の事は宮殿内に仕える侍女の中に部下を忍ばせておけばすぐにわかることだ。宰相はその後も何かと絡んでくる主君(笑)を適当にかつ丁重にあしらって仕事をした。


これが大陸で最強の国であるグリディスート帝国の現状である。


宰相の戦友は胃薬と頭痛薬と睡眠誘導薬である。こうして、国を脅かす外敵の排除と同時に帝王の性欲を満たすための作戦が始まってしまったのである。この日ほど、主を殺してやりたいと思った日は無かった宰相である。

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