第28話 操り手の過ち
唯志がダンジョンの外に出たころ、神崎を代表とする勇者たちも着々と魔王と獣人たちを相手にする戦争に参戦させられる準備をしていた。彼ら今のところ、戦争に参加する意識が薄い。宰相によって、民間人を守るために行動してくれと言われているからだ。無論、民間人を守るためには戦闘の必要があるという名目で、日々王宮内の騎士たちとトレーニングをしていた。
初心者向けのダンジョンにも入り、階層主を順調に倒しながら攻略を進め、つい昨日攻略を完了した。ダンジョンボスを討伐したのである。最終層にいたのはグリーンドラゴンという基本的な竜種だった。基本的とはいえ、ワイバーンなどの亜龍と比べると危険性は段違いである。それを3体同時に相手にするという内容だったが、勇者の能力に偽りはなくあっさりと下していった。普通の冒険者であれば3体のグリーンドラゴンを相手にするのは60人くらいで行うものだ。それもA級以上の冒険者60人である。戦闘に不慣れな勇者でもA級冒険者3人に匹敵する戦闘力を持っているのは国としては嬉しい結果だった。まだ、戦闘訓練を開始してから半年しかたっていないが成果はかなり出てきているといってもいい。
神崎たちは初心者向けのダンジョンを制覇したことでようやく、自分達の力を扱うことに自信を持てるようになっていた。次は中級者向けのダンジョンへの遠征が行われることになっている。合間に亜人連合軍の斥候部隊の撃破も期待されている。亜人連合軍の動きは思ったよりも慎重であり、人間界に一気に攻め込んでくるようなことはしなかった。ただし、攻めの方は情け容赦が無く、かつて自分達を奴隷階級に貶めた人間たちの事を決して許さないとの気概が感じられるほどの苛烈な攻めだった。兵士たちは降伏した者でもそうでなくとも皆殺しが基本だった。
徹底的に攻撃能力を持つ者を排除するのが今代の亜人連合軍の指揮官の考えらしい。とはいえ、子供、女性、老人、障害のある者や病人には一切の暴力行為は振るわれずに追い立てられるだけだった。領土を追い出されて、難民と化した彼らが向かう先の受け入れ態勢が整わないことが少しずつ問題となってきている。戦争にはいろいろと費用が掛かるのだが、難民の受け入れもそれなりに費用がかかる。勇者たちの活躍で少しでも、亜人連合軍を自分達、勇者を召喚した人間族が倒せるのだということを示さないと暴動でも起きかねないほど治安が悪化し始めている。そんな厳しい現実は神崎たちには知らされていない。彼らは祭り上げるべき神輿であり、考えることは求められていないのだから。
彼らを召喚したグリディスート帝国の宰相は、彼らを有用な人的資源とみなしている。元の世界に返すことは考えていないというか、送還術は開発されてすらいない。せっかく、引き寄せた強大な戦力をどうして、元の世界に返すなどという国力を低下させるような真似をするものか。するわけがないのだ。勇者の男であれ、女であれ、こちらの世界に優秀な子供を残してくれないと困るのだ。そうでないと、強さをどんどん増してきている亜人たちに対抗できる人材がいなくなってしまう。宰相は、勇者たちの事を自分達人間族が生きながらえるための都合の良い道具としか考えていない。国力を増し、国民の政治に対する不満をそらせる便利な道具だと。
だから、彼は唯志をごみのように捨てたのだ。あまりにも危険だと判断できた。彼の力よりも、彼の在り方が危険だと直感で判断できた。宰相は基本的に直感が極めて鋭い一族なのだ。何代か前に勇者の血が混じっているため、優れたスキルを持って生まれることができた。それが直感スキルである。自分や自分が大事にしている者に危険が迫っていると首筋に走る痛みとして教えてくれるスキルだ。おかげで、彼は今まで選択を誤ったことが一度も無い。そして、唯志を見た瞬間に首筋に焼けるような痛みが走った。今までにないくらい、気を失いそうな痛みだったから、彼を厳重に包囲したうえで手ずから始末したのだ。自分の手で死んでいくのを見なければ安心できないくらいにひどい痛みだった。ただ、その際、彼が言い残した言葉に不安も感じている。
『絶対に復讐してやる』
彼は死に瀕している最中でも、こう言い残したのだ。泣き言でも、恨み言でもなく、一方的な宣言だった。ただ、彼はこの国の名前を知らないだろうし、向かった先は災厄のダンジョンである。レベル1の戦闘未経験者が生き残れるはずもない過酷過ぎる場所だ。初代勇者以降の勇者は攻略ができなかったダンジョンである。どうしても、ダンジョンの最終階層の主を完全に倒すことができなかったのだという。倒した後に復活してしまったそうである。だから、災厄のダンジョンと呼んでいるのだ。何度主を倒しても復活する悪夢のようなダンジョン主がいる場所として。
今のところは亜人連合軍と人類の戦いはこちらがやや有利だ。勇者を召喚できたおかげで連中の動きが慎重になっているのを感じる。今のうちに小康状態を保ちつつ、勇者を更に育成して奴らにぶつけるしかないなと考えていた。帝国の宰相である彼にとって、年端も行かない少年少女を戦争に参加させることに罪悪感は無い。むしろ、自分達の国民を減らすことも無く、勇者を行かせることで国威を高揚させることもできるので冴えたやり方だと思っているくらいだ。
だから、彼は気付かない。
最悪を超えて、破滅に至る道筋に自分が乗っていることに。
いかに優れた直感といえども、決定的に選択を間違えた後では修正は効かないのだ。彼に知らせた直感の意味は、絶対に誤ることができない選択肢であるので気を付けるようにとの警告の意味だった。だからこそ、気絶するかもしれないくらいの痛みを感じたのだ。けれども、彼はすでに選択肢を間違えた。この先にあるのはひたすら、破滅にひた走る道の身である。無論、破滅をもたらすのが誰かなど言うまでも無いが、彼は気付けない。
気付けないままに破滅の時を迎え、無様に泣き叫ぶことになるその一瞬まで永遠に気付くことは無い。
これは誰かを飼い犬にしようと画策した男が破滅するまでの道筋を描く物語。
因果は巡ることを証明する物語。
けれども、今は誰も気づくことは無い。人間も、魔族も、獣人も、それ以外の亜人と呼ばれる者たちも。そして勇者と称されている者たちも気づかない。
まあ、破滅をもたらすことになる者にも自覚などはこれっぽちも無いのだけれども。
ただ、破滅の第一歩として、帝国が確保している亜人たちの大陸への足掛かりとなる軍港が壊滅したことが知らされるまでにあと数日となっていた。所属していた部隊員のほとんどが心を病み、戦線を離脱することになった。レベル400越えの精鋭が200人ほど失われた。この一報から、帝国の転落は始まっていくのだった。そして、帝国を破滅させるものが歴史の表舞台に出始めるのも、同じ時期だった。




