第26話 魔人と紅き狂龍の真実、後編+女神の来訪
【私がなぜ狂ったのかをお前は知りたいといったな。少しばかり長い話になるがいいか?】
「ああ、話してほしいといったのは俺だしな。」
【たまには昔語りもいいか。あれは500年以上前の事だ。】
そうしてクリムゾニアスは昔語りを始めた。
彼が語ったことは初代勇者の絡む話だった。初代勇者は一人きりでこの世界に召喚されたらしい。俺達のようにクラス単位ではなく、一人きりで異世界召喚されてしまったようだ。
彼は俺よりも条件が悪かったのだなあ。そして、勇者はただ一人で召喚されたために、光の女神と極めて相性が良い勇者だった。わざわざ、光の女神が選んだ魂だったのでそれも当然の話なのだが。なぜ、クリムゾニアスがこういう話を知っているかといえば、光の女神によって彼女が選んで召喚した勇者がいかに素晴らしいかを幾度も繰り返し、聞かされたからだそうだ。
そして500年前の勇者と魔王の戦いになる前に、当時の魔王が尋常ではない火焔魔法の使い手であったことからクリムゾニアスにとっての悲劇が訪れたらしい。彼の伴侶は水の龍の女王であった。名前はウォルティニアで得意な魔法は水と氷だった。水の龍の一族の中でもあまり生まれ無い白銀の鱗に蒼い瞳を持った、たいそう美しい龍だったそうである。その鱗はありとあらゆる炎を阻むとされていて、光の女神は自分が選んだ勇者のために何としてでも彼女の鱗を使った防具を作りたいと願ったそうだ。
だが、彼女は女神の願いを断った。龍という種族自体の価値観の問題だった。そもそも彼らは人間に関心がないし、交流も無い。たまに来る人間は自分達の同胞を、勇気を示すためや、金銭のために倒した龍の遺体から鱗や爪、牙、などありとあらゆる龍の力を帯びた素材を持ち去ることが多かった。それは龍族にとっては自分達の死を辱められることに等しい行いであり、人間族のその行いは長年にわたり彼らの怒りを買っていた。
だから、今から600年ほど前に彼ら龍族は全ての眷属と共に人間の国に攻め入って、女神に止められるまで人間を殺し続けた。その結果、龍の怒りに触れることを恐れた人間は不用意に龍に手出しをすることは無くなった。
滅んだ国は5国ほどで、殺した人間は数えていないから知らないらしい。まあ、逆鱗に触れるというのはそう言う事だよなと納得しつつ話を聞いた。
こうした経緯があるので龍族は魔族が人間族を滅ぼすと聞いてもなんとも思わなかった。むしろ助力を求めてきたら、全力で支援しようとさえ考えていたくらいに人間族の事を嫌っていた。光の女神はそんな嫌いな人間族のためにクリムゾニアスの大事な伴侶の鱗をまるで物の様に差し出せと言ってきたのを聞いて激怒した。ウォルティニアも、激怒したのだ。自分の体は全て自身だけのものであり、防具を作るために存在するのではない、と。それに人間族に協力するなどあり得ないことだと光の女神へ抗議した。
その言葉を聞いて光の女神も激怒した。彼女の大事な勇者が魔王に殺される確率を少しでも減らしたいのに、龍族は協力を拒んだ。光の女神たる自分の願いを、高々翼を持ったトカゲ如きが拒んだ、と完全に我を忘れるくらいに激怒した。そして、夫婦の龍と光の女神の戦いが始まったのだそうだ。発言内容が具体的すぎて引いてしまう。
【ああ、すべてあの糞女神が叫んでいたことだからな。戦いながらも我らを口汚く罵っていたのだ、あの女は。】
「何でそんな、ヒス女が光の女神なんだよこの世界は。…太陽の象徴がそんなバカ女でこの世界は大丈夫なのか?」
【大丈夫じゃないから、この世界の人間を守るために他所の世界から勇者になり得るものを召喚してまで人間族を助けるといった馬鹿気たことを行ったのだ。まあ、人間族が女神に泣きついたのだろうがな。あの女は相手から頼られることに生きがいを感じているような女だからな。】
クリムゾニアスは吐き捨てるように言った。
「大変だったんだな、クリムゾニアス。一応、俺も勇者だからな。クラスメート34人と一緒に連れてこられたんだけどな。」
俺はクリムゾニアスも暗に女神は今も変わっていないと伝えた。変わらず馬鹿のままであると。だが、彼はその言葉に笑みを浮かべた。
【お前を含めて35人か。なるほど、女神と同調しうる人材が異世界にもいなくなったのだな。となると、人間族の滅びも時間の問題だな。良い時に私は正気に帰ることができたようだ。感謝するぞ、ユウジ。】
クリムゾニアスは目を細めて笑う。一応、人間の俺だがこの世界の人間族が亡ぶと聞いても同とも思わない。異世界の人間を巻き込むような人間族など滅んでしまえばいい。酷い傲慢だと俺は思っている。自分達の力で成し遂げられないことをよその世界の人間に望むなどふざけている。勝手に滅んでくれれば、俺がこんな体になることも無かったのだから。
そして一週間にわたる激しい戦いだったが、もともと神と龍である。龍族はクリムゾニアスとウォルティニアを助けようと大挙して女神と戦ったが腐っても光の女神だった。徐々に討たれるものが増え、クリムゾニアスとウォルティニアが参戦を止めたのだ。そして、あとは光の女神がウォルティニアを殺して話が終わった。彼女の亡骸は勇者の防具にフル活用されたそうだ。そして、クリムゾニアスは発狂するほど怒り、自分自身の体も省みること無く攻撃を仕掛けた結果、光の女神の右腕を食いちぎったそうである。それを自身の体に取り込んで回復力の源泉としたのだから彼も恐ろしい龍だ。そこから先は狂ってしまったので断片的にしか覚えていないらしい。
だが、ダンジョンに封じられてからは初代と戦った後にも2回ほど勇者たちと戦ったそうだ。二回とも集団戦で戦い彼は龍殺しの武器や攻撃魔法を山ほど撃ち込まれて殺されたらしい。単独で撃破したのは俺くらいだそうだ。初代勇者も仲間と8人ほどのパーティーでやって来たそうだ。
「じゃあ、初代勇者は一番勇者の中では強かったんだな。初代以降の勇者はちょっと弱くなってたから集団勇者になっていたのか。」
初代は一人だけの勇者であり、初代以降は複数の勇者だったらしいから。ということは俺達も光の女神の加護はそこまで強く受けられていないということになる。俺がそのことを彼に言ってみるとクリムゾニアスは答えてくれた。
【その認識で良い。どうも、召喚方法を変えたようだ。だが、初代の勇者がお前を除けば一番強かった。勇者らしい勇者だった。無理矢理戦わされているとは思えないほど真剣に私と戦っていたよ。初代以降の勇者はいまいちだった。強さを誇るために私と戦っているような感じがしたからな。】
「そうなのか。俺達の勇者召喚は4度目なのか…。つくづく、他力本願な世界だな。」
光の女神を殺せるものなら殺しておきたいものだ。闇の女神さまならヤレるんだろうか?と言うか、光の女神をぶっ殺すのを手伝ってください。殺すのが世界のためにできないというのなら永遠に封じ込めておきたい。そうすれば人間贔屓な光の女神が力を振るえなくなり、人類はめでたく滅んでくれるだろうし。どうせ、この世界から帰る術は無いんだろうから腹いせにそれくらいはしても許されるだろう、常識的に考えてな。
【…お前から殺意を感じるのだがユウジ。もしかして光の女神を殺そうなどと考えてはいないだろうな?】
少し愉快そうに語るクリムゾニアス。だが、龍族の王様だけあって鋭いな。
「何で分かったんだ。確かに殺すか永久に封印するかを考えていたけどさ。俺の世界にとって、この世界の光の女神と人類は害悪だからな。刈り取れるなら刈り取りたい。俺の手に余るのは確定だから、闇の女神さまが手伝ってくれないかなとかは思ってる。というか手伝っていただきたいな」
すると突如として俺とクリムゾニアスの前の空間が歪み始めた。かつて感じたことのない強い波動が俺達を襲う。クリムゾニアスは警戒して戦闘態勢に移行しようとしたが、あることに気付いた俺が止めた。この強烈な闇の力の波動は彼女しかいないからだ。夢で見て以来初めて俺の目の前に姿を現してくれるらしい。
『っくくく、ぷ、あははははははは!!』
そこには腹を抱えて大笑いする闇の女神様がいらっしゃった。クリムゾニアスは目を点にしていた。呆けている龍というのもなかなか見ることができないものである。俺も似たような顔だったろうが。
『相変わらず、面白いことをしでかすわね!あなたは過去最高に面白い人間よユウジ。』
「女神さまに名前を憶えてもらえてうれしいよ。それで、光の女神様をぶっ飛ばしたいという考えには共感してもらえるか?」
『良いわよ、むしろやってくれたら本当に最高よユウジ。私が直接手を下すのは禁じられているけど、貴方に手を貸すのは止められていないわ。というよりも、これ以上人間贔屓に走られても困るのよね。あいつが人間を贔屓するものだから、私に人間以外の種族からものすごい量の苦情が来るのよ。後、呪ってくれとか殺してくれとか。特に魔族と獣人族、龍族からはたくさん来るわね。でも、ユウジのおかげで龍族からは結構減りそうだけど。』
闇の女神さまは俺を見て嬉しそうに笑う。紫銀の髪に美しい紅玉のような瞳。相変わらずの美貌であり、そんなとんでもない美人が俺に笑顔を向けてくれるのだから俺は思わず目をそらした。なんだかひどく緊張してきた。それでも何とか相手の眼を見て言葉を返す。人と話すときの最低限のマナーは守っておきたい。たとえいっぱいいっぱいでも虚勢は張る。だって男の子だしな!
「俺のおかげというのはクリムゾニアスの事か?ほとんど賭けに近い作戦だったけど、女神の右腕を彼が喰っていてくれたおかげでできたんだ。そうじゃなかったら、俺は彼を殺すしかなかった。」
俺は正直に女神に言葉を重ねていく。クリムゾニアスにも、光の女神の右腕が無ければどうにもならなかったと、自身の限界を告げておく。微妙に罪悪感もあった。俺はただ運が良かっただけなのだ。
『運も実力の内というからね。私も貴方のおかげでかなり楽しませてもらったから。そして、苦情はクリムゾニアスが無事、外へ帰ればかなり減ることでしょう。貴方は私の使徒だからね。貴方の功績は私の物、私の威光は貴方の物となる。事後承諾だけど、貴方私の使徒にならない、ユウジ?』
「使徒って何だ?」
神の使いになるっていう事くらいしかわからないんだが。闇の女神の使いとなると何をするだろう?やはり人類滅亡を推進することか?
『使徒じゃあ、分かりにくいか。つまり、闇の女神である私が認めた勇者にならないかということよ。』
闇の女神の勇者。不思議な響きである。
「それはいいんだけど。守る対象は何なんだ?人間じゃないことは確定してるけどさ。」
『魔族、獣人族、龍族、亜人族の勇者といったところかしらね。貴方なら戦力的には一人で十分すぎるほどの物を持っているから、ぜひお願いしたいわ。』
美人から仕事を依頼されました。答えはその時点で決まっている。YES一択である!!
仕事が世界を滅ぼすことでも一向にかまわない。よし、全力で仕事をこなした暁には女神さまにデートしてもらうんだ。最高の美人を連れて、この世界の街を歩くのは楽しそうであるからな。
「分かった。人間族以外のためならいくらでも俺の事を使ってくれていい。よし、光の女神をぶちのめす会の会員を勧誘しに世界を旅しよう。会長は俺で副会長はクリムゾニアスで良いか?」
唐突にクリムゾニアスに話を降る。急に話を振られて戸惑った表情をしていた彼だが、すぐに事情を理解したようだ。にやりと大きな口を歪めて言った。
【構わんさ。あの糞女神に復讐できるのなら誰の下にでもつこう。まあ、私より強い相手限定だがな。】
「俺なら問題ないってことだな。じゃあ、これからもよろしくなクリムゾニアス!一緒に光のヒス女神をぶっ潰そう!!」
【応!龍族全体がお前の味方になるだろう。会員には不自由はせんぞ。ああ、娘が協力してくれるかもしれんなあ。あの子もだいぶ大きくなっただろうから、会いに行きたいものだ。】
「分かった。じゃ、ここから出たらクリムゾニアスの娘さんに会いに行こう。俺の旅は行く先決まってないし。目的があった方が良い。」
俺とクリムゾニアスの話を闇の女神は楽しそうに聞いていた。
「待たせてしまって悪かった。そういえば、ここからどうやって出ればいいんだろう?何か知らないか。」
俺は闇の女神に尋ねてみる。
『ああ、もうすぐ終わるわよ。このダンジョンは完全に貴方の物になったからね。貴方は今日からダンジョンの主になったわ、おめでとうユウジ。だから、貴方が出たいといえばすぐにでも外に出ることが斬るわよ。』
闇の女神は楽しそうに言った。
『ダンジョンの完全攻略を確認しました。ダンジョンの権限を完全にサトウユウジへ委譲しました。ダンジョンの主よ、ご命令を。』
頭の中に無機質な声が響く。
新しい仕事は闇の女神の使徒であり勇者、それに加えてダンジョンの主だそうだ。やったね、俺今日からは無職じゃないな。高卒ですらないのにもう立派な職業があるとはな。