第23話 ラスボスとの遭遇
第9階層はドラゴンの巣だった。
うん、だからまた、界蝕を使って片づけたんだ。すまない。マジで便利だなあ界蝕は。さすが俺が作った魔法なだけはある。
じっとしているだけでとはいかないが、俺はまた8階層と同じように料理を作りながら食べ続けていると頭の中にどんどんドラゴンを倒して手に入れたスキルや魔法の情報が書き込まれるような感じがした。
『類似スキルの存在を確認しましたので、スキルを統合します。』
『レベルが上昇しました。』
『新規闇魔法を習得しました。』
などと、頭の中に情報がどんどん浮かんできた。新しく手に入れた闇魔法は〈影縛り〉という実にシンプルな魔法だった。相手の影をただ縛るだけだが、使用者の魔力に応じて拘束力が変わるという便利な代物である。要するに俺より魔力値が低い相手なら俺よりレベルが高かろうと絶対に抜け出せない拘束魔法である。実に俺好みだ。後は〈魂縛り〉というのも手に入っている。相手の魂を縛る魔法であり、こちらは拘束であり洗脳でもあるえげつない魔法である。まあ、俺らしい魔法だ。両方とも上級であり、俺よりも魔力値が低い相手なら絶対に逆らえない効力を持つというハッピーなものだ。これで復讐を優位に進められる。
食事を作る端から平らげているとドラゴンの駆逐は終わったらしい。これで物理と魔法の両方に高い耐性を持てる〈龍鱗〉スキルが手に入った。しかも地火風水全ての属性の〈龍鱗〉スキルを持っているので4大属性では俺に傷をつけるのも難しい。加えて〈龍殺し〉スキルも手に入った。だから、相手が龍である限り俺の攻撃能力はさらに強化される。ただし、神格を持った龍であれば若干攻撃力の上昇効果が抑えられるそうであるが。そちらには〈神殺し〉のスキルが必要になるらしい。神龍を殺すとなると神属性と龍属性を同時に殺せる能力でないと効果が発動しないようだ。そこらへんは妙にゲームシステムじみていてなんだかおもしろい。
レベルも確認すると700まで上げることができた。だから、俺はもういいかと決意した。今まで攻略してきた階層の宝箱はすべて回収してきているのでここらでラスボスに相応しい装備をして勝負に出かけてみよう。
装備するのはまず、闇の女神の大剣。鎧代わりに、〈星霊のコート〉を装備した。このコートは真っ黒い色で所々金色の糸が使われていてそれが魔法的効果を持って、着ている人間を守ってくれる。インナーは黒龍の鱗がふんだんに使われたシャツの上にオリハルコン製の胸当てを付ける。ちなみに〈武神の胸当て〉という大仰な名前である。腰にはポーチを付けるのが普通であるはずだが、俺にはアイテムホールがあるので腰には何もつけていない。〈剛力の飾り帯〉というものをベルト代わりにしてある。〈古龍のブーツ〉を脚の防具代わりに付けている。まあ、ラスボスは龍であると教えられているのだしな。ズボンも一応、高度な防御魔法が欠けられている〈聖霊のズボン〉という何とも微妙な名前のズボンだが、効果はかなり高いので目をつむって装備している。色自体は悪くは無いし。蒼をベースに横側に銀色の不思議な模様が付いているズボンである。
そういう訳で俺のフル装備は盾無しの大剣のみであり、攻撃は最大の防御という構成である。実際、鎧を着て固めてもこの構成の防御力が一番高かったからこれが最善だと思う。歴史に名前を残すような名鍛冶師が作り上げた武具もあるにはったが、俺のこの身には会わなかったので装備していない。しかも防御力はそう高くもないし、重さが増すだけでメリットが少なかった。そうでなくとも俺はオリハルコンボディなので体重が重くなっているのでこれ以上は重量は不要だ。利点といえば重い攻撃が放てることだが、これ以上の重さを見にまとえば動きが鈍くなることは確定している。
攻撃の重さと自身のスピードが最大限に生かせる装備にしてあるのでラスボス攻略には不安要素は無い。第9階層のラスボスはエンシェントヒュドラという猛毒を持った上に不死身であり、最悪のドラゴンであるはずだったが、不死であろうとなんだろうと闇に包まれて丸ごと分解されてしまえばどうということも無かった。
今は俺の体の中で肉体の一部になっている。おかげでどんな毒物も俺には効かず、俺の血液はこの世の中に存在するどんな毒よりも強力な毒になってしまった。おかげで人に輸血すれば必ず相手が死ぬような血になってしまっていた。ますます元の世界に戻れない肉体になってしまっていることにもう諦めの境地でスキルを脳内で覗いていた。俺の血を抜こうとしても多分ガラスくらいなら溶かしてしまいそうな気もするのだ。ますます人間社会に戻ることは難しそうなこの体であるなあ。
10階層へとつながる扉の前で俺は深呼吸をする。
この先はもう引き返せない道だ。もう何日ここで暮らしているかはわからない。正直、数えているのも馬鹿らしくなっているので数えるのをやめてしまったのだ。ただ、なんとなくだが1年以上はここにいた感覚はある。もう、ここが俺の第二の故郷といった感じに体が認識し始めているのだ。愛着ではないが、慣れ親しんだ感覚だ。…いや、まあ、愛着というか慣れはできたけれどもな。でも、ここは愛着という言葉がふさわしいような場所では、断じてない。
何度血を流したか。
何度四肢を失ったか。
何度苦悶と憤怒の叫びをあげたか。
何度故郷へ帰りたいと望み、異形の体だと諦めようとしたか。
何度自分をここに送り込んだ奴らを血の海に沈めるよりもむごい目に遭わせてやると誓ったか。
本当にここでは俺は丸裸にされているのだ。血を吐き、胃の内容物も吐き、弱音を吐き、涙を流し、憎悪を垂れ流した。血と汗と涙の結晶として今の俺の体があり、スキルがあり、魔法があり、レベルがある。そのことには何一つとして後悔は無く誇りだけがある。ここは俺を徹底的に挫折させ絶望させた場所であり、俺を再生して再起させるきっかけとなる場所である。
だから、俺はここを憎んでいるし親しんでもいるという相反するが矛盾はしない奇妙な感情を抱く羽目になっているのだ。絶望の象徴であり希望の象徴となっているという感じなのだろうか?全く不思議なダンジョンである。
不快と愉快を同時に併せ持つ場所だな。
「まあ、何はともあれここからが本当の闘いだな。さてと、いきますかね。」
俺はできる限り力を抜いて第10階層、つまりラスボスへとつながる部屋へと足を踏み入れた。
そこで見たのは龍だった。
赤と黒で構成された巨大な龍の姿には威厳があり、恐ろしさがあり、何よりもただその力に溢れた様子に俺は憧れさえ抱きそうになった。見入ってしまったのだ。ファンタジー世界ではよく語られているドラゴン最強の幻獣説も姿を見れば納得する。先程まで相手にしていたのはただの魔物であり、龍としての格はそう高くは無い奴等だったが、この赤い龍は違う。強化を重ねた今の俺でもぎりぎり勝てるといった雰囲気の強さだ。まあ、勝てることは確信しているが、苦戦は免れないだろうな。
【カエセ!カエセェェェッ!!!】
突如として紅い龍が吠えた。一体、何を返してほしいのかはわからないがその叫び声には怒りと悲しみと何よりも色濃い狂気と憎悪が込められていた。その声を聞き、相手が正気であればさぞかし、楽しい戦いになったであろうと残念に思う。知性が無くなっているような相手に負けるわけにはいかないのだ。まあ、ここは相手に知性が無くて助かったといっておこう。勝率が上がり、俺の生存確率も上がったということに他ならないのだから。
「行くぞ!俺の復讐の糧になれぇぇぇっっっ!!」
こうして最強であり、最狂でもありそうな真紅と漆黒に彩られた龍との死闘が始まった。




