第2話 事情説明
いつの間にやら広いロビーのようなところに俺達はいた。多分国の中の重要度が高い城だろうな、ここまで広いのは。それも一国の王城クラスではないだろうか?先ほどまでいた俺達の学校の教室とは比べ物にならない広さだ。そう言えば、帰りのホームルームの真っ最中だったんだよな。先生がいなくなると同時くらいに意識が無くなっていたっけな?
「なんなんだよ!?」
「ここどこ?」
「携帯が通じないよ!?」
「なんなんですか!?なんで!?」
「おい!ここどこだよ!」
と、周囲は混乱状態だ。パニックだなあと俺は暢気に思っていた。騒いでも帰れるわけはないのだし。騒いだところで時間とカロリーと酸素の無駄遣いである。これ、嫌な予感がするなあ。魔王を倒せとかそういうパターンかな?それだったら、魔王側に味方しないといけないな。主に召喚した奴への嫌がらせのために。
俺達が騒いでいると、偉そうなおじさんがやって来た。金髪で青い瞳。まず、日本ではお目にかかれない人種だ。彼が俺達に向けて言う。
「突然の事で混乱されているでしょうが、どうか落ち着いていただきたい。」
そう言った瞬間におじさんへと文句が集中する。
「おい、なんなんだよ!!」
「俺達をどうする気だ!?」
「ふざけんな!!」
「私達を元の場所に返して!!」
「あんた誰だ、偉そうにしやがって!!」
と、皆さん元気いっぱいである。ま、俺は面倒なので黙っているが。どーせ、テンプレな気がするしなあ。おじさんは一瞬剣呑な目をしたがすぐに気配を元に戻して落ち着き払って言った。
「皆さんをここにお招きさせていただいたのは皆さんに私達の危機を救っていただきたいためです。」
おじさんは俺達を見回す。噛んで含めるようにゆっくりと、はっきりとした声で言った。そうして、騒いでいた奴らも落ち着き始めた。とりあえず、聞くだけ聞いてみようという空気になってきた。
「今、この世界は未曽有の危機を迎えています。魔王が復活し、私達人類を支配し、滅ぼそうとしているのです。既に多くの国や民が滅ぼされました。」
そこでおじさんは痛ましい表情を作る。うさんくさい。
「そこで、私達はかつて行われた勇者召喚の儀式にすがることにしました。異世界より、特別で強大なる戦士を呼び出して、この世界を救っていただこうという儀式です。私達を助けていただければ、皆様には莫大な恩賞と名誉と財宝をお約束いたします。いかなる栄耀栄華も思いのままです。そして、希望される方には帰還の儀式も行います。」
やはり、うさんくさい。いまいち、このおじさんは信頼できないなあ。俺の周囲でもおじさんの言葉に踊らされる者、疑う者、考え事を始める者といろいろ反応が別れ始めた。多くの男が栄耀栄華を極めるといったところや財宝、名誉とかに反応していた。
特別で強大なる戦士。
そこもポイントだったらしい。自分達は特別な存在であると目上に見える人間に言われたのだから。自尊心はかなり満たされているのではないか。少なくとも、現代日本において、俺達、高校生が大人から君たちは特別だと言われることは一部の天才達を除いてはほぼ無いと言ってもいいだろう。男子達は多くが興味を持ち始めていた。何が特別かは分かっていないが自分達は特別だと言われ、強大とも言われたのだから。だが、クラス内での知的で冷静な奴らはいぶかしそうに今の言葉を聞いていた。俺と一緒の反応をする奴がいて嬉しく思う。まあ、俺は知的ではないが。
女子達はあまり反応が良くない。早く元の世界に帰りたい、そんな表情をしている奴が多かった。それが正常な反応だろうな。だが、俺はふと気づいた。今、この場には大人がいない。若者である俺達しかいないのだ。社会的経験値などなく、年上の意志で操られやすい若者しかいない。掌で転がせそうな存在しか召喚しないとでもいうのだろうか?そうだとすれば、勇者召喚の儀式を考え出した奴は天才だ。まぎれもない、歴史に残るような鬼才だろう。俺からすれば迷惑極まりないが、こちらの世界にとっては万々歳の儀式である。
こちらの世界にとっては関係のない他人が自分達の悲願のために血を流してくれるのだから。
異世界側にとっては都合が良すぎる儀式である。ノーリスクハイリターンだ。まあ、代償があるのかもしれないから迂闊なことは言えないが。生け贄が必要であるとか、そういうものだ。異なる世界から30人以上の人間をこちらの世界に引き込むのにどれだけのエネルギーを必要とするか見当もつかない。
「皆様がどのように特別であるかを証明しましょうか?皆さまはまだ、こちらの世界に慣れておられませんからね。自らの力を自覚された上での方が私達の話を聞きやすくなるかもしれませんから。」
すがすがしいほどに嫌な奴だな、このクソ野郎。俺は評価を下方修正した。混乱しているすきにこちらを組み込み、逃げ出せないようにしようという意図がはっきりしている。既に主導権は握られてしまっている。帰る術はあっち側しか知らないのだ。交渉する余地が無いし、方法も無い。
俺達はただ、大人しく彼らの言う事を聞くしかなかった。
彼らの説明ではこういう事情だった。
もっとも最近では、100年前も同じような危機があり、その時も勇者召喚をして何とかしてもらったそうだ。無論、多くの犠牲が出たうえでの成果だと彼らは言った。要するに血を流したのは勇者だけではなく、こちらの世界側の人間もだ、ということを言いたかったのだろう。激戦の末に魔王は倒されたが、今度は魔王の子孫が攻めてきたのだという。当時幼かった魔王の子供が父親の復讐のためか自らの野望のためか、何らかの理由で攻めてきたのだと言っていた。特に今代の魔王は亜人族とも手を結んでいて手が付けられない勢いだそうだ。
この世界には人族、亜人族、魔族と色々な種族が暮らしているようだ。人口は人族が圧倒的多いが、強さは亜人族、魔族の方がはるかに上らしい。亜人、魔族の両方の人口を足しても人族の数の3分の1くらいもいないのにだ。そのうえ、この世界にはモンスターが普通に生息しているのだ。魔力を持った動物や植物、無機物などが意思を持って暴れるのだそうだ。モンスターは魔族に従うことがあるらしく、数の差はモンスターによって覆されているとクソ野郎は苦しげに言った。
だから、人類側も【冒険者】という戦闘集団を養成してすべての人類の力を結集して魔族と亜人族の連合軍に対抗していると言った。
そして、100年前は勇者の加勢のおかげで人類は生き延びたとも言った。彼らはこの世界にとっての救世主であるとも何度も言っていた。
勇者が特別である理由もクソ野郎が語り始める。男子は興味津々、女子もだんだん興味を示し始めてきた。勇者たちの栄耀栄華の話を聞いたあたりからだ。彼らは男女問わずに人類の救世主として敬われ、大切にされていると聞いてからだ。美人を何人もめとった勇者、美男子を何人も侍らせた女勇者の話。ありとあらゆる願いをかなえた先代勇者達の成功譚は若者の心をつかむのには十分だった。誰からも評価され認められること、それは若者にとっては強い魅力になるだろう。ただの高校生に過ぎない人間が誰からも敬われ、尊敬されることなんて現代日本ではありえないのだから。
だが、この世界ならそんな未来がありえるかもしれない。
そんなふうに俺達はクソ野郎によって誘導されていた。なんか妙に人を誘導することに手馴れている感じがして嫌な感じだ。
そうして、俺達は金属でできたプレートを一人一つずつ渡された。どうも、基礎能力を図るための触媒らしい。ああ、ステータスプレートですね、分かります。こうして、俺達の勇者になるルートが着々と敷かれていった。数人はこの流れに抗おうとしている奴らがいたが、残念ながら強制的に押し流されていた。俺は途中で逃げ出す気だったから、問題ない。
ここから先はサバイバルだと俺は思っているのだから。