第15話 4層から5層へ、そこで見たものは…!?
俺がこの階層で見たものは俺にとっての地獄だった。
ああ、ゴキブリがいっぱいいるんだよ!!
何なんだ、ここは…どう、考えても俺を精神的に追い込みたいとしか思えないんだがな。
まあ、人間を辞めた今なら余り精神的には来ないんだがな。とはいえ、気分が悪い。俺が一番嫌いなものが多くいるのだから。よく見ると蝙蝠も飛んでいるし、地上を見れば鼠だってたくさんいる。不愉快な気分は俺の胸の奥底から立ち上ってくるようだった。気分がすぐれないし、何かを壊したくてしようがない。この階層は心を鍛える階層でもあるような気がする。殺意を研ぎ澄まして活動できれば合格なんだろうけれども、俺はとっくの昔にそれはできているんだなあ、これが。大体、このダンジョンで生活していればいやでも精神を研ぎ澄まさなければやっていけなかったのだから。殺意を燃料に変えて、魔力を燃焼させながら、俺はさらに自分の魂の中から憎悪の源泉を引きずり出す。
この世界に俺を連れて来て、俺の意志を無視したまま打ち捨てた屑どもの顔を思い浮かべる。それだけで怒りは増し、体の奥底から力が湧き出てくるようだ。体の表面から静電気が四方八方に飛び散っている。スパークが起きるほどに俺の魔力は高まっているようだった。
だが、まだだ。
まだ、足りない。
ここで開放してしまうにはもったいない。このダンジョンごと全てを破壊するような魔法を思い浮かべる。闇属性の中には何もかもを破壊できる魔法もあるのだ。とはいえ、使い手の魔力やイメージ力に威力が調整されるが。闇の魔力を魂の奥底から引きずり出す、イメージを膨らませる。憎悪の源泉はここに勝手に連れてきた存在に対してはあまりない。
そいつが連れてきたにしても、俺を利用しようとしたのは別の勢力だからだ。ただ、どこにいるかはわからない敵を待ち構えるのは殺意を抑えておくには辛い。だから、今回の件は良い機会になった。
俺の体内に溢れ出そうな殺意をこのダンジョンにおいて全力で開放すればいいのだから。イメージは身体の中心に魔力を集める感じだ。そう、スーパーロボットと呼ばれるアニメヒーローの必殺技のビームのようなものをイメージしている。そのためにはまだまだ威力が足りないし、時間も足りない。一撃でこの不愉快なダンジョンを崩壊に持ち込むにはやはり圧縮に圧縮を重ねたものを急激に開放するのが良いと思われるのだから。限界まで膨らませた風船に思い切り何かを叩きつけて破壊する感じが理想だけれど。
かなり派手に割れてくれるだろうしな。それに男なら一度は一撃必殺に憧れるものだしな。俺は魔力を練りながら、同時に虫や蝙蝠たちから逃げていた。逃げつつも相手を喰うことは忘れていなかったし、自然にスキルを会得していた。スキルの確認はどうでもいいから後回しだ。とにかくここを一撃で破壊した場合はダンジョンがどう反応するのかを確認したい。そのまま壊れてくれるのか、自己修復を始めて中にいる俺を逃がさない仕掛けになっているのかを確認したい。
殺意に魔物が死ぬ際に出す恐怖の感情も重ねておく。俺の魔力、俺の憎悪だけでなく、俺に恐怖する存在の感情を闇の魔術に組み込むのは有効な気がしたのだ。なんだか、呪いみたいになってくれれば嬉しいのだけれどなあ。
俺がここに来てからの苛立ち、絶望、喪失感、挫折の感情などを俺の心の中から表に出す。自分の中にあるすべての感情を使って、このダンジョンを俺は否定したいのだから。自分のためでなく、勝手に異世界から連れてこられた勇者を一方的に熱愛して、ダンジョンまで用意して自分に括り付けようとした光の女神のやり方に俺は腹が立っている。
そこまでして、どうして異世界の勇者を自身に括り付けておきたいのかを俺は理解できないからだ。人間なんてしょせん、利益とか世間体とかそんな柵などでつながっているものだから。本当に心から誰かと絆を築くことなんて俺にとって儚い根拠も無い幻想にすぎないのだ。だって、この世界に来て最初に俺を迎えたのは「化物」という言葉と共に俺を捨てるような人間だったのだから。自分の価値観を脅かすような存在は即排除というある意味実に人間らしいクソ野郎のおかげで俺はこの世界の人間を信じる気をなくした。
そんな苦い思いと共に、俺はダンジョン内を駆けまわりながらあちこちに魔方陣をしかけていく。今度のダンジョンは何となくサイズが分かる。走り回っているせいか、何となく縦横の長さを把握したのだ。恐らくは縦横ともに5キロメールの正方形によって構成されたエリアだ。殺して殺して、殺し尽くすべく俺はそれでもダンジョン内を走り回る。俺が殺した魔物の数は少なくとも千は超えているだろうから、ステータスの上がり方が楽しみになってきている。もう楽しみにするくらいしか、この狂いつつある自分自身のステータスを確認できる心構えまでに持って行けないのだから。
そして、今度のダンジョンはだだっ広い迷宮そのものだった。レンガ作りでところどころに松明が飾られているような典型的なダンジョンそのものといったイメージを基に作られているのかもしれなかった。どんなダンジョンであれ強くなれればそれでいい。たとえ、そこが俺にとっての地獄であってもだ。俺は必ずやり遂げなければならないことがあるのだから。
復讐である。ここに来てすぐの俺から人間らしい考えやありとあらゆるものを奪ったあの憎い7人をぶち殺すにせよ、生き地獄を味わわせるにせよ、力が必要なのだ。今の俺でも、この世界ではかなり強い方に入るのだと思うのだけれども。念には念を入れて、もう何も怖くないくらいに鍛えておきたい。もう、何も怖くないなんて言葉は口にはしないけれど。
怖いものはあった方が良いからだ。何も怖いものが無い=全能感に包まれている→死亡フラグに全力疾走!という方式はアニメでいくらでも見てきているのだから。小説でも、そうなのだ。恐怖感を無くしたキャラクターほど早く、それでいてあっさりと死んでいくのだから。うむ、恐怖は安全確認の基準でもあるから、あってくれないと困る。自分の力の限界を知らない人間は本当の意味で強いといえるかは微妙だと俺は思う。
自分の限界を超え続けている人間はまれな存在だ。そんな人間はめったにいないから、参考にはできない。
俺は今でも怖さは感じているのだ。魔物ではなく、人間の悪意というものに対してだけれど。むしろ魔物の方が人間よりもよほど自然で健全な気がする。悪意はほとんど抱かないからな、あいつらは。嗜虐心程度で収まっている気がする。分かりやすい悪意と人間が練り上げてしまう分かりにくい悪意はどちらがより好ましいかといえば、魔物の方がずっといいと俺は思っている。
昼からずっと走りづめで魔法を練りっぱなしで体力の限界も近い。だが、自分の能力の限界はまだまだ先そうで嬉しくなってくる。
俺はまだまだ進化して行けるし強くもなれると証明できているようで嬉しいのだ。この階層は壁もなく外と同じような広がった世界だったのは俺にとって良かった。俺がこれから使う魔法は極大範囲魔法なのだから。壁や建造物などがあると正しい威力を出すことが困難になってしまう。
体の中には不思議な力が漲っている。未だかつてここまで本気で魔力を練り上げたことも、誰かを許せないと思い続けたことも無いのだ。いつしか俺は冷静に殺意を調節してコントロールできるようになっていた。闘気の扱い方も覚えたし、肉体強度は今までよりもはるかに増した。魔剣を振るい、魔物の命を吸わせ続けながら、俺はそんなことを考えている。魔法は常に待機状態にしてあるので、だんだんつらくなってきた。けれども、強さを増した俺の肉体は悲鳴を上げることはしないようだ。悲鳴を上げそうなのは俺の心の方である。だが、ここで弱さを克服しておかないと、この先の道のりが危ぶまれるのだ。戦って、戦って、戦って、自分の望みを兼ねるために他人を蹴落とし続けると心に深く刻み込んだのだから。
それを証明するためにも今から使う魔法にも耐えることができると判断した。ただひたすらに捕食する魔法をこれから使うのだ。ありとあらゆる生物、俺の目の前に存在する全てを捕食するだけの魔法。徹底的に相手を破壊することしか考えていない魔法だ。人間に使えばほんの一瞬で喰い尽くしてしまうであろう、魔法だ。はっきり言って俺の嫌いなものであふれているこの世界は俺にとっては不要な世界だ。
だからこそ完全に破壊してしまいたい。破壊に特化した闇の魔法ならばそれが可能と俺は感じているし、俺を気に入っているであろう神も肯定してくれるはずだ。相手をひたすらに否定して、自身を絶対的に肯定する思いで魔法をくみ上げ名前を付けた。
「全てを喰らえ、貪れ、噛み降せ!-界蝕-!!」
ありとあらゆる闇が地上から噴出した。全ての闇が、俺がこれまでずっと抱いていた思いの結晶だ。殺したい、痛めつけて踏みにじりたい、八つ当たりしたい、俺だけがこの場所に送り込まれたことへの怒り、悲しみ、苦しみ、痛み、絶望、狂おしいほどの憎悪、殺意など俺を構成するすべてが詰まった魔法を俺は今発動した。
これだけの思いを俺は持ってきたんだなあと感慨深く見つめる。まあ、ほとんどすべてが破壊衝動だったのはご愛嬌だけど。一番壊したい相手は名前も所属する国も分からないままだから殺意だけが暴走しそうで困っていた。
だが、ちょうどいいガス抜きに機会が与えられて俺は感謝した。当然、光の女神などではなく、俺を見ているであろう闇の女神に思いは捧げるけれど。彼女のおかげで俺はここまで強くなれるきっかけを与えてもらっている。
俺の抱え続けてきた負の感情が巨大な漆黒の狼の形を取ってありとあらゆるものを喰らい始めた。北欧神話のフェンリルがイメージの基盤となっているのは明らかである。うむ、アニメ好きは殺意に狂いそうになっても、消えることは無かったのだ。漆黒の狼の容赦無い一噛みでゴキブリ型の魔物が消滅し、二噛みで蝙蝠が全て肉片と化した。あくまで俺の目に見える範囲でだ。狼に俺は世界を駆け巡るように命じてしばらく待った。
結局、この極大魔法一発で第5層は終わった。ボスも喰い尽くして能力が手に入っていたし、レベルもかなり上がったのを感じた。はっきり言って今の魔法でこの階層内すべての魔物を喰い尽くしたのだから。ダンジョンの一つのフロアの魔物を喰い尽くすというのは簡単ではなかったが行った甲斐はあった。自分の力がこれまでになく高まっているのを感じている。アイテムホールを広げて宝箱をすべて回収して中身を確認する。12個ほどの宝箱には良いものが多く入っていたので俺は満足した。ボスの姿を見ること無く終わってしまったが、まあいいや。
結局、ダンジョンは壊せんかったな。
眠気が限界を超えて俺は地面へと倒れ伏した。
『素晴らしい素質ね。貴方はここまで、闇の魔法を使いこなしているのね。本当、これならこの忌々しいダンジョンを完全攻略してくれるかもしれないわねぇ。』
紫の髪に銀色が混じった不思議な髪色をした女性が俺に語り掛けてきた。言うまでも無く完璧なバランスをした肢体を見せてくれていた。さすがは神と思われる存在である。顔は整い過ぎるくらいに整っているし、体つきも太過ぎず、細過ぎずに出るところは出て、引っ込んでいて欲しいところは完璧に引っ込んでいる。胸の大きさも俺好みの大き過ぎず小さくも無いが平均以上という俺の好みを把握しきったバランスだ。そんな邪まなことを考えながら女神らしき女性と話す。
「貴方が俺に魔法を与えてくれたのか?今までは声だけだったのに、何で今回は姿を見せてくれるんだ?」
俺は不思議な存在に向かって質問した。どうせ夢なら聞きたいことを聞いておきたかったのだ。いつ話せるかなんてわからない相手なんだしな。相手は俺の全てを見透かすような笑みを浮かべつつ答えてくれた。どうも、卑猥な考えまでも御見通しであったらしい。まあ、開き直ろう。男だから仕方が無いと割り切ってください、お願いします。
『貴方が独自に魔法を創り出したことへの称賛を伝えるためにね。あの、-界蝕-という魔法は素晴らしいわね、相手の存在をとことん否定して、叩き潰すという発想。今までの闇使いにもここまで苛烈な意思を持った人はいなかったわ。いえ、耐えられる人間はいなかったと言い直した方が良いわね。』
紫銀の髪に紅い瞳を持った絶世の美女は楽しそうに言った。そもそもどういう意味なんだろうか?耐えられるというのは?
『あんな魔法を制御してのけるには相当な魔力が必要なのよ。それと精神力ね。今までどちらか片方を持った人はいたけれど両方持っていたのは貴方くらいなのよ。両方、持っていた人も過去にいたけれども、その人は貴方ほど強くなかったしね。貴方は偉業を成し遂げたのよ。だから、私は貴方を讃えるし、新しい加護を貴方に上げるわ。』
目の前の美女は闇の女神ということで良いのだろうか。ついに俺の前に姿を現したのは気まぐれか、何かだろうけれど。だが、強くなれるならなんだっていい。でも、一番ありがたいのはこうして話をしてくれることだ。本当に俺は会話というものに飢えていたらしい。人間性を維持するうえでの最後の砦のような気もしていたのだから心からありがたい気遣いだった。これで俺はもう少し、人間でいることができると確信を持てたのだから。
「ありがたいことなんだな。誰かに見てもらうってのはさ。本当、ここまで会話に飢えているとは思ってもいなかった。新しいことに気付いたよ。強くしてくれてありがとう。何が恩返しになるかも知らないけどな。できれば、いつか返したいな…ぁ。」
精一杯の感謝を込めて俺は女神に行った。ああ、俺はもう少し話していたいのに、夢の中ですら意識を保てなくなっている。あと少しでもいいのに、せっかく話せているのだからもう5分だけでも話していたいのに。だが、体が限界を迎えつつあるのも分かる。魔力を使い過ぎたのだろう。こりゃ、結構眠るかもしれないな。
『ふふっ。面白い子ね、貴方は。私と普通に会話をしておまけに恩返しをしたいと言うなんてね。普通の人間の子ならここまで会話が成り立たないのに貴方は違うのね。負の感情にまみれてもなお、自我を失わずにこうしているからこその態度なのかしらね?さあ、貴方に新たな祝福を上げる。』
女神はそう言って俺に近付いた。名前聞いてなかったな。俺も名乗った覚えはないけれども。次に会えたら必ず、名前を聞こう。俺も名乗るけど。うん、人に名前を尋ねるときには俺から名乗らないといけないからな。だが、もう意識……ない、か…。
…闇の女神から祝福をもらえたのは良いんだが。また知らない間に体がずいぶんと変わってるなあ、おい。本当、俺の体の変化が留まるところを知らない件について誰かに問い合わせたいな。
どうせ、無駄なんだろうけどさ。