第14話 巨人狩り
俺は今日も逃げる巨人を追いかけてダンジョンを走っている。
第4層に入ってから、魔剣を渡された俺は魔剣を使いこなすために巨人を狩り始めた。だが、巨人を見かける確率はだんだん減り始めていったのだ。どうも、避けられているらしい。鬱蒼とした果てしなく緑の森が広がるこの第4層で、俺はいつも真っ赤な血の花を咲かせていたから、悪目立ちしていたのだろう。
人型の魔物を殺すことにも心理的な抵抗をほとんど感じない俺はいよいよ駄目な気がする。闇に相応しい精神構造なんだろうな、これが。
間違っても勇者向きの人格ではないだろう。そういう訳で俺はあのクソ野郎の正しさを証明してしまっていることに絶望感を覚えつつ巨人を殺していった。まったく、世界が違えば俺はかなりの英雄になれていたんじゃなかろうか?巨人殺しの達人なのだから。今ではただ巨人を殺すのではなく、周囲の森を使った地形トラップを仕掛けてから相手をしとめるようにしているのだ。木を強化して巨人を縛り付けたり、雑草の強度を激しく上げてから。巨人の足首を縛って転がし、首を切り落としてみたりといろいろ工夫して巨人を殺している。その甲斐あってというか、そのせいというべきか、巨人は俺を見かけると逃げるようになってしまった。
魔物からも逃げられる俺の人間性は、もう塵ほども残っていないかもしれない。それにしてもダンジョンは広い、広すぎて嫌になるほどに広い。第3層よりも明らかに広くなっているダンジョン内で俺は愚痴をこぼしたくもなる。
背中に翼を広げて空を飛ぶと、やはり覚悟していた通りのものが見えた。果てしない森である。面積はどのくらいあるのだろうか?さすがに面積を図る頭脳は持っていないらしい。それでもちょっとした市街地程度の面積はありそうだとげんなりする。何せ、今回は空を飛んで一生懸命に飛んで入るもののボス部屋らしきものが見当たらないのだ。3階層までははっきりわかりやすいボスの部屋があって、そこには階層主がいて倒せば終わりだったが、今回は勝手が違うらしい。
「森ごと焼き払うしかないかな?」
環境破壊を真っ向から肯定する考えに俺は苦笑する。
いやはや、ずいぶん過激な発想ができる悪になってしまったものである。炎の魔法の最大威力なら焼き払うことができるのではないだろうか?ただし、俺の魔法はまだ二式でしかない。五式まではまだまだ遠いのだ。ちなみに五式よりも上の位階は存在している。五式以上は霊式に昇格するのだそうだ。人の位階を超えたものは霊としての扱いを受けるようだ。そして霊を超えれば神の式に至るそうである。神式の魔法使いは歴史上では古代にしかいないらしい。今の世では五式まで行けばかなりの良い暮らしができるそうだ。頭にいつの間にか植え付けられていた知識がそう、告げていた。恐らく魔法の使い方と共に植え付けられていたのだろう。位階を上げるには魔法を使えばいいのだから、俺は決意した。
「焼き払おう。」
酸素を集める術式と炎を出す術式を同時に展開する。そしてイメージも進めていく。広範囲に炎をばら撒きたいので散弾みたいなイメージをする。更に手を創り出して魔剣を握りしめる。魔剣にも俺の魔力を存分に流し込む。MPの五割を魔剣に注ぎ込み燃焼材としての役割を果たさせる。集中して魔力を流す。
炎と酸素は存分にたまっている。右手には巨大な炎の塊、左手には濃縮され圧縮された酸素の塊。両手の下付近から作り出された巨大な二本の腕は同じく大きな魔剣を支えている。三方向に魔力を流すことは難しかったが、やってみるとなんとかなるものだ。
集中するために深く強く呼吸をする。脳内に酸素を行き渡らせるイメージで呼吸をする。深呼吸をして精神統一。ちょっとしたアスリートの気分だが、やろうとしていることは森林破壊である。なんだかなあ。
「豪炎時雨!!」
魔法の名を叫ぶ。同時に大剣を全力で振り抜いた。剣を降ると同時に発動するようにイメージして作った魔法なのだから。オリジナルの魔法なので若干の気恥ずかしさがある。だが、イメージするにはどうも、名前を与えた方が良いらしいから仕方が無い。厨二臭い方がわくわくしてしまうのでそちらよりの魔法名になるのも仕方が無い。いつまで子供らしさが抜けないなとぼやく。だが、人間らしさが残っていることに少し安心する。
炎の雨が広範囲にわたって降り注いだ。酸素と魔剣によって大幅に燃焼力を強化された魔法は森林を焼き尽していった。あちこちから悲鳴が聞こえてくる。無差別に焼き払う選択肢を取ったのは俺だが効率は良い。後味はあまり良くは無いけれども。剣を交えることも無く一方的な殺戮劇を繰り広げているのだ。空爆をする側みたいな感じだ。された方はたまらないが、する方は案外何も感じないものだ。せいぜいちょっとした罪悪感というか後悔みたいなものだ。空爆は人を殺すが、俺は巨人や魔物を殺しているところに罪悪感を減ずるものがある。魔物は人間にとって天敵であり、殺したり倒したりすることは推奨されているのだから。魔族にとっては便利な駒扱いみたいだけれども。獣人族にとっては一応、同朋らしい。ただし、自分達に害をもたらさない種族に限るのだそうだが。ま、当然だろう。
こんな感じで、この世界における魔物の扱いは種族によって異なっているようだ。俺がこんなことを知っているのはたまに交信できる死んだ人の残留思念から読み取れる知識が基になっている。闇魔法の研鑽を積んだところ、死霊と交信できる術を覚えることができたのだ。エンシェントキングゾンビを倒したことも大きいだろう。あいつは基本的に霊体を扱うスキルを持っていたから。俺もそのスキルの恩恵にあずかっている。鑑定スキルが中級に上がったからか、スキルを認識できるようになったのだ。どうも、倒した敵のスキルは基本的にすべて獲得できているようだ。だが、適正が低ければ使うことはできないし、レベルの問題もあるようだ。
俺は基本的に低レベルで高位の魔物を倒してるので、レベルが足りないのだ。これは魔物を捕食することを繰り返したおかげで能力がガンガン上がっているため仕方が無いことである。低レベルだが、高レベルの魔物以上のステータスを誇ってしまうのが今の俺のありさまだ。巨人のレベルは400を超えていたのに俺から逃げ出すのだから察してほしい。ボスでもないのに400以上である。だが、俺からは逃げ出す。相性の悪さを感じ取っているのだろうか?空から地上を見下ろすと、面積の2割は焼き払えていた。
「そして、魔物のスキルもゲットできて一石二鳥だな。ここいらにはボスらしきものは確認できないな。」
そこで俺はエリアを移動することにした。ここいらを出発地点としてここから四方へと焼き払うところを広げていくとしよう。しっかりと映像を記憶の中に残しておく。ダンジョン内の木を再生された時に困らないようにするためだ。本当に知性が上がって楽になったものだ。映像を完璧に記憶できているので、木が生えそろっても間違えることは無いだろう。
こうして、俺は森林破壊が日課となった。
まったく、生きているころには想像もしなかった日々を送っている。とにかく、魔物を殺し、スキルを取り込み、レベルを上げることの繰り返しとなった。森を灰にして、魔物を殺して、殺して殺しつくすのが俺の日常となっていた。いつのころからか、魔物を殺したのを確認しただけでスキルや能力が手に入るようになっていた。少なくとも、この階層だけで10日は経っている。今、ついに森林を破壊し尽したところだ。総面積がいくらくらいかは知らないが、現実世界であれば町一つ分は焼き払った自覚はある。
「ようやくお出ましみたいだな?」
俺は主の存在を感じ取った。どうも、この階層で求められていたことは殲滅力であるらしい。相手を殺戮することにも躊躇が無くなり、敵を見つけた瞬間に攻撃を仕掛けるようになっていた。ちなみに敵意が感じられない場合は攻撃しない…と見せかけて奇襲で仕留めたりもしていた。この階層では戦うことをずいぶんと嫌な方向から学べた気がする。
敵も隠れたり、罠を仕掛けたり色々と仕掛けてきたのだから。だから、最終的には森ごと、罠ごと、敵の思惑ごと焼き払うのが手っ取り早いと学んでいた。そして、経験値が一気に入手できて、俺はさらなる成長を遂げていたのだった。まあ、ステータスプレートは当分見たくないから見ないけれども。どうせ、俺の化物ぶりが更新されているだけなのだし。
今は、とにかくずいぶん待たせてくれた主を殺しに行くことに専念しよう。お宝もすべて回収したので、もうこの階層には何の用もなくなっているしなあ。