第18話 彼の思い出
俺が勇者として召喚されたのは500年と少し前だった。
高校生だった俺はいきなり見たことも無い世界に放り出されて呆然としていた。周りの人達は皆俺の知らない言葉で喜んでいたというのが分かった程度だ。
中世ファンタジーのような、お城の広間に俺はいた。制服のままで、学校に向かう途中だったのだ。そして、召喚されてしばらくすると俺の身体が光り輝いたかと思うと、言葉が分かるようになっていた。
それからはひたすら、訓練に次ぐ訓練漬けの日々だった。
魔王を倒して欲しいと言われた時は、こいつらは正気だろうかと俺は思った。真顔でそんなことを言ってくるんだぞ。良い歳をした大人が、俺よりも年齢も、身分もはるかに上の人間がだぜ。おまけに、訓練は大変厳しいものだったが、俺の身体は変化していたのか、訓練に適応できたんだ。
そこまでは、ああ、強くなってラッキーくらいに思っていなかったんだよな。
そういえば、あのころからずっと、光の女神はいつも俺の傍にいた。
俺の何が気に入ったのかは知らないけれど、ずっと俺の傍にいた。すごい美人だけど、どこかずれている彼女のことを俺は、好きでも嫌いでもなかった。元の世界に還してくれるなら、それでもいいと思っていたからだ。
そして、俺はついに魔王を倒すことができた。
仲間になってくれた人が大勢死んだ。獣人も、エルフも、ダークエルフも、ドワーフの仲間も皆、死んでいった。みんな、すごく良い人だったのにな。暴走した魔王を止めるために皆、死んでしまった。戦後は、仲間たちが居た大陸が荒れていたので元の緑に満ちた大陸に戻すのに女神の力を借りた。
俺の修行用のダンジョンに据え付けられた、食糧生産機の中から作物を選び改造したうえで大陸に植えたものだ。米、トウモロコシ、大豆、白菜、ニンジン、ジャガイモ、俺の知る限りの野菜を創り出して植えていった。
無論、ここの世界の植物を荒らさないように気を付けながら。外来種の方が強いからな、在来種の植物と比べてなあ。あれは何でかは分からないが、テレビとかでもよく取り上げられていたっけなあ。
いつしか、俺は勇者としか呼ばれなくなっていった。
本名である〈神宮 迅〉という名前はほとんど知られていなかった。そして、俺はある日気が付いてしまったのだ。歳をとっていないことに。
女神に聞いたところ、人間だったら年を取って死んでしまうんだから神様にしてあげた、と答えられた。だって、あなたは何処にも帰れないんだから、とも言われた。俺は女神に叫びながら言った。
「俺は元の世界に帰りたいんだ、還してくれ!!」
それに応えたのは女神の心底分からないという響きがたっぷり込められた返事だ。
「どうして、あなたを返さないといけないの?私はあなたの事を愛してる。だから、あなたはずっと私の傍に居るのよ。」
その返事は俺の望んでいたものではなかったし、何度話しかけても俺の言葉には耳を貸さなかった。人間の考えを理解出来なかったんだろう。
それからは俺の堕落の日々が始まった。
酒を飲み、地上をほっつき歩き、悪人を殺してストレスを発散した。ついでに金品はくすねた。
女を数えきれないほど抱いた。
エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、人間、獣人、ありとあらゆる種族の女を抱いた。
生き続けなければならない苦痛から逃げ出すように、女たちに慰めてもらった。でも、同じ女を二度抱くようなことはできなかったのだ。
なぜなら、俺が抱いた女は皆殺しにされていた。あの女神がやったらしい。そのことで俺はまた絶望を深めた。どうして、あの女神は俺に執着するのが分からなかった。そこまで執着される理由に心当たりがない。
尋ねると、答えは簡単に帰ってきた。
「だって、あなただけだもの、私が何かをしたらお礼を気軽に言ってくれたのは。」
誰かに何かをしてもらったなら、お礼を言うのは普通だと思っていたが。女神にとってはそうでなかったらしい。俺は失敗したことを悟った。
この女神は壊れている。
どうして、ここまで依存心が強いのかは知らないが。それからの俺は帰ることを諦めたから、酒に逃げた。死ねないのなら、ずっと酒を飲んでいても良いわけだろう?人間や他の種族が使う麻薬のようなものやってみたが、俺の身体は勝手に浄化してしまった。
神でも酔う、龍種たちが作った酒だけが、俺の心の安らぎになった。ドワーフの作る酒もそうだったが。ずっと酒を飲み、起きているのかいないのか、現実か妄想か、幻想か、そんな状態を繰り返していたらいきなり呼び出されたのだ。まあ、戦神としては一応仕事もしたがな。人間界の天候の運用が恐ろしく滞りがちになったので、光の女神に仕事をさせたくらいだ。酒に逃げるのも飽きて来ていたから、暇つぶしにはなった。
どこかは知らないが呼び出された、俺が見たのは普通の青年に見える日本人が一人。ただ、纏っている雰囲気は女神と似ていた。
双子のような美女が二人。纏う雰囲気は二人ともこの世の物とは思えないほどに禍々しかった。それでも、俺と戦えそうな方は人間的な雰囲気が残っていた。俺の事を探るような目線で見ていたから。もう一人の方は、あれも女神と同じ種族だろう。俺には関心が無さそうだったしな。戦う以前の問題で、戦いにすらならないことが予想できたのも初めての経験だ。人と神が同じ場に居るのは不思議だったけれど。
そして、美人なライオンベースの獣人さんがいた。だが、彼女は人間的な怪物さんに惹かれているようだったのでスルー。寝取り趣味は無いしな。
さらに、闇の女神様もいた。姿だけは知っていたが、ここまで間近に見たのは初めてだった。同じ神様でも、彼女は俺の知っている光の女神とは違う。そんな雰囲気だ。きっと、俺の話でも聞いてくれるのではないだろうか。
最後に、あの女神がいた。忌々しいこと、この上ない女神だ。酒に溺れながらも平和にした大陸の事には興味があったので、情報を集めていて知ったんだが、あの女神は零落していて俺を元の世界に還すどころか、人間たちすら従来の様に守れなくなってしまっているそうだ。
バッカじゃなかろうか。
勇者を召喚し過ぎたんだそうだ。
俺達勇者は麻薬か、酒か、そんなもの扱いなのが腑に落ちなかった。理由は分からないが、光の女神の力は俺を勇者として召喚した時がピークだったらしい。興味があると言えば、あるので闇の女神様に聞いてみようか。
「すいません、闇の女神様に聞きたいことがあるんですが。」
一応、神様としては遥かに先輩だからな。丁寧に話しておこう。酒は抜けていないが、まあ、それくらいの判断力は残っている。
「何かしら?」
声は低いが、光の女神と似たような感じだ。やはり、姉妹神としてあるんだなあと思いつつ俺は尋ねる。
「なぜ、光の女神の力は、俺が知っている頃よりも落ちているんでしょうか?勇者を召喚し過ぎたせいだとは聞いているんですが、それが原因で力が落ちる理由が分からなかったんですよ。」
「ああ、それは神格を召喚される側の世界に居る神に対して払い過ぎたせいね。私達が勇者を召喚するときは必ず、異世界の人間を召喚するのよ。そして、異世界の神が治めている人間をこちらの世界の都合で呼び寄せるわけだから、対価を支払わねばならないということ。一回呼び寄せれば、こちらの世界に馴染むように、改変してしまうから、元の世界からは人間が減ってしまうからね。」
さらりと告げられた言葉の中に改変という穏やかでない言葉があった。俺が反応を示したのに気が付いたようで、闇の女神はさらに詳しく説明をしてくれそうだ。良い女神様で羨ましいな。美人過ぎる二人組(尚、二人ともあれだけの美貌を持ちながら男性であった事に俺は絶望した。)は、闇の女神が担当している勇者的存在なんだろうから。
「私達がこちらの世界に召喚した勇者に対して行う改変は、まず生物を殺すことに忌避感を持ちにくくなるようにすることね。魔物を殺せない勇者なんて話にならないから。そして、魔力やステータスを見ることができるように、体の中に魔力生成器官を設けること。貴方達の世界には魔力を作る必要が無いから、その器官は存在しない。だから、私はその器官を勇者に与えねばならない。そうでなければ、魔族との戦争なんてできないわ。
そして、強靭な肉体ね。元の世界の肉体よりもはるかに強靭な肉体することで、魔物との戦闘が可能になる。そして、成長限界を現地人よりもはるか上に限界はあるけれども、こちらの世界の人間よりもずっと強く設定できるのが異世界の勇者が持つ最大の特徴ね。
世界が異なっているからこそ、こちらの思う通りに設定できるのよ。当然、その権利は私達二柱の神しか持っていないわ。
そして、光の女神は人間世界を守るのが担当で、人間が勇者召喚を求めるたびに気軽に応じていたの。だから、神格を払い過ぎて今では、立派な素寒貧よ。貴方でも彼女を殺そうと思えば、殺せるわよ。」
にこりと笑いながら闇の女神は言ってきた。
そこで青年が口をはさんできた。何者かは知れないが、俺よりも強いというのだけは分かっている青年だ。平均的な容貌に、懐かしい黒髪黒目の、日本人顔である。イケメンでもなく、不細工でもなく、普通の日本人なんて久しぶりに見たな。
「君が望むのであれば、ディヴァイナを殺させてあげてもいいんだけど、どうする?」
どちらでも構わないという顔をしている元は人間だったのだろうけれども、この意見の求め方は神様っぽいな。
俺は少しばかり考える。人間の事が分からない、女神に対して人間というのを分からせるにはどうすれば良いのかを。まあ、相手の立場になってものを考える、ということが必要なんだろうな。
だから、あの女神を人間にしてやればいいんじゃないだろうか?俺は未だに神としての気持ちが良く分からないように、あの女神もさぞかし悩むだろうが、それぐらい悩んでもらわないとな。
「そいつを人間として生まれ変わらせてもらう事はできるんですか?無論、その女神が生きてきた年月と同じ時間、人間に転生させることもできればいいんですが。」
人間の気持ちが分からない彼女には、人間として生きてもらうのが一番理解させるのが手っ取り早いと俺は思うのだ。今までは不死で不滅に近い、神様だった女が、人間になってどんな人生を送るかに興味がある。脆弱で、貧弱で、有限の命、何かあればすぐに死ぬ体。そんなものを与えられて、どう生きるかは見物だろうな。
「く、くくくっ、あはははははっっ!!!」
いきなり、青年に爆笑された。
「良い!良いよ、それ!最高の罰になる。人間が大好きと言っておきながら、結局好きなのは万能に近い自分を崇める人間の信仰だったからね。力がゼロになった自分になんて価値は無いと思うはずだから、最高の罰になる。いやー、苦労させられた分だけえぐい罰を考えるねー。俺好みだけどね。うんうん、じゃあ今から実行してあげようか。」
その後はうるさいことこの上なかったが。
泣き叫ぶ女ってのはたまらなく、うるさいんだよな。ま、良い気分転換にはなった。これからの俺はどうしようかな。




