プロローグ
水島高校を卒業したら?
そりゃもちろん音大へ入って、プロオケでガンガン活躍するに決まってる。
ああ、在学中に留学するっていう選択肢も捨てがたい。
何しろ自分は「天才」だし「神童」って昔っから言われてここにきているわけだし。
初めての授業で私が一小節弾いただけで、クラス全員が振り返るの。
やばい、「天才」がいるって。
んでもって、自分が場違いであることに気がつくんだよね。
うん。そんな感じ。
ほんと、入学当初は本気でそう思ってた・・・。
まさか初めての授業で振り返るのが自分だなんて夢にも思わなかったよ。
「場違い」に真っ先に気づくのが自分だなんて、、、さ。
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「D組の坂井さんって知ってる?」
ここは私立水島高校音楽科、1年C組。
一番窓側の後ろの席でぼんやりと校庭を眺めていた高田奏の耳に隣で話す女生徒の声が聞こえた。
「知らない。どんな子?」
「う~ん。私もわかんないんだけどさ。辞めるらしいよガッコウ。」
隣のクラスの知らない女子が、入学して2週間で学校を辞めると・・・。
だからなんだって言うんだ。はっきりいってまったく興味がない。
奏はふぁっとあくびをすると、机にふした。
「でもその気持ちわかる。なんかさぁ、ここにいると自分が凡人だってことを嫌でも思い知らされるっていうかさ・・・。」
「ほんと、ほんと。授業がウツになるし、私最近ぜんぜんバイオリンに触ってないよ。」
女生徒2人がはぁっと大きくため息をついた。
そう、この学校に入る奴らはたいてい外の世界で「天才」とか「神童」とか呼ばれてやってくる。
幾つものコンクールで入賞したり、何人もの有名な先生方の指導を受けていたり。
だけどそういう奴に限ってつぶれるのが早いんだ。
『挫折』・・・をしらないから。
『挫折』を知らない自称『天才』のままではここでは生きていけない。
「もったいない。」
真っ先に『挫折』を知ったD組の坂井さんは、もしかしたら自分の隣でため息をつく女生徒たちよりこの学校に向いていたかもしれない。
そう思いながら奏はまぶしそうに瞳を閉じた。