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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第四章 うねり狂うビート
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 校舎の一階。職員室の更に奥まった場所に進路指導室なるものが設置されていることを僕は忘れていた。入学式の当日か翌日かに実施された先生による校舎案内以降、そこに訪れる機会が無かった為である。そこへと繋がる通路に陽が当たることは無く、まるで洞窟の中を歩いているようだった。

 ひどく重い空気だ。この薄暗さには生徒に罪悪感を覚えさせる効果でもあるのだろうか……。先生の後を追う最中、僕はそんなことを考えていた。

 賀茂先生はいつの間にか僕の腕からその手を離していた。僕との距離は2メートルほど空いている。僕が逃げ出したりすることを考慮に入れてはいないのだろうか。綱介だったら逃げるだろうな。いいや、担任から逃げるほど愉快な奴でもないか。


「ここだ、入ってくれ」賀茂先生は指導室の前で立ち止まり、扉を開け、執事さながらの身振りで中に入るよう僕を促した。

「……失礼します」僕は軽い会釈を残し、指導室の中へと入っていった。内装は、長机が二つくっ付けて置いてあるのと、それを挟むようにしてパイプ椅子が六脚あるだけの質素なものだった。

「適当に座ってくれ」先生の言葉に従い、僕は入って奥の方の椅子に適当に腰を掛けた。

 扉の錠を掛ける音がした。「よし……」先生はそう呟くと、僕の真向いの席に腰を掛け、眼鏡の位置を調節した。それらの所作は、まるで彼が僕の従順さに満足しているかのようにも感じ取ることが出来た。

「さっ、てっ、と……。僕は君が何の理由も無くイレギュラーを犯すような阿呆だとは思っていない」先生の話は唐突に始まった。「何か理由があるんだろう?」

「全部知ってるんでしょう? じゃなきゃリヴァイアサンなんて単語、口にするわけがない」

 先生は五秒程考えると再び口を開いた。「そうだね。きっと君は未来人から口止めされている。僕から歩み寄らなければブラフの掛け合いで有限な時間が無駄になってしまうな」その返答から、彼の長考が僕の言葉そのものに対するものではなく僕の反応に対するものだったということが判り、僕は少し苛立った。

 未来人……。やっぱり知っているんじゃないか。

「実は先生は官職に二つ勤めていてね。教師と声聞師(しょうもんし)の二足の草鞋な訳だ」彼は右手の人差し指と中指を立て、自らの務める職の数を適当に示す。「まぁ、声聞師の方が給料はいいわけだけど……」

 急に速度を上げた彼のトークに僕は付いて行けなかった。

「いや、しょうもんし? ってなんです?」

「あぁ、そっか、そこからか。声を聞くに教師の師。それで声聞師。詰まるところ陰陽師だよ」彼は指で宙に漢字を描く。

「陰陽師……、ですか……」未来人と肩を並べる程のトンデモ人間が出てきてしまった。これではいよいよ話の行き先に見当がつかない。

「陰陽師って言っても君がイメージしているような堅苦しい役職じゃないよ。ただただビートに精通しているだけ。わかるだろう?」

 僕は返答に困った。ここで本当にビートの知識を有していることを曝していいのか判らなかったためである。

「信用して貰ってないか……。なんなら彼女を呼ぶといい。未来人が傍にいた方がやりやすいだろう」

 この時代の人間である彼が、時間移動についての知識をどれだけ持っているのかが僕には判らなかった。

「だんまり……。あぁ、今度はあれか。時間崩壊を恐れている訳か。大丈夫だよ。君は能動的生命体(モーター)なんだ。君が許可すれば世界はどこまでも広がっていく」

「え?」彼のこの発言に僕は気が変わった。どうやら時間についての知識は充分のようだ。しかし気になるのは最後の発言である。その知識は未来人のそれを凌駕してしまっている。「……彼女達はこの時代の受動的生命体(ギア)との接触を良しとしませんでした」

「だから大人の僕がこうして抜け道を教えてあげているんだろう?」

「未来人より貴方の知識を信用しろと?」

「未来人と言っても子供は子供。何時の時代も大人は子供に全てを与えたりはしない。危険だからね」

 ――うおぉ⁉ 何だお前! 離せぇ~!―― 突然ペペさんの意識が流れる。

「……何をしたんですか?」僕は彼女に意識を伝えることなく、彼の飄々としたその面を睨む。

「これじゃあ話が進まないから。(せがれ)にビーヅを持って来て貰おうと思ってね」

「卑怯ですよ」倅……?

「君が僕を敵視していること自体筋違いなんだよ」

 ――いやぁ~! 痛い痛い! 引っ張らないでぇ~!――

「ちょっと! 彼女に危害を加えないでくださいよ!」

「アイツの独断だからその辺はなんとも……。早く彼女を呼ぶといい。ビーヅの状態なら認識で世界が崩れたりはしないだろう?」

  僕は彼の提案を名案と信じ、机の下にある右手に強く彼女の存在を呼んだ。

 ――ふえぇ~……―― 右手にビーヅを握ると同時に、彼女の安堵の意識が流れる。

「ほら、見せてごらん」先生は右手をこちらへと差し出す。

 僕は彼の言葉による提案の方に乗り、机の下からビーヅの姿だけを彼の視界の中に晒した。

「ふぅん、綺麗な空色だ。満くんのビーヅより幾分か目に優しい」彼は顎を手で擦りながら、鑑定士さながら僕のビーヅを見つめていた。

「それで、さっきの時間崩壊の話ですけど……」

「そう、問題はそこだ。僕もどう証明したものか考えているところだよ。それこそ満くんが居ればいいのだけれど……。彼は気分屋だからなぁ……」先生は頭に手をやり、目を瞑って考える。「あ、そうだ。交換条件にすればいいんだ」先生は突然目を開ける。「君、瀬津織媛ちゃんを無傷で助けたいんだろう?」

 なんという慈悲のない一手だろう。まさかその方法でも持ち合わせていると……?

「……いい方法があるんですか?」

「あるとも。心の一部を綺麗に切り落とすいい方法が」

 呆れた。結局傷を与えるんじゃないか。「無傷で、とはいかないんですか?」

「いくわけないだろ。恋心だぞ? 切り落とすのが一番だ。どうせ君は受け取る気がないんだろう?」

 呆気に取られる。時間が止まる。

「アイツ、恋してるんですか?」

「あら。そんな感じな訳ね。なるほどなるほど」先生は何かを理解したように軽く頷く。「まぁ今回彼女は憑依されてるから、無かったことにでもしてやることだ」

「憑依? あれは織媛のビートが暴走しているわけじゃないんですか?」

「参ったな。未来人はそんなこともわからないのか……。案外使えない子達なのかな~。やれやれ……」


「使えないとはなんだ!」

 ペペさんの声を脳の代わりに耳が受け取る。一瞬の内に冷や汗で全身がぬめる。当然だ。この現象は世界の崩壊を意味する。

「うわあああ! うわああああああ!」僕はパイプ椅子ごと綺麗に倒れ、目の前の光景に絶望した。右手にビーヅの感触は無い。代わりにそこには先生に人差し指を向けたペペさんの姿があった。

「あっちゃ~……。これは明晴くんの歩み寄りに重点を置いたシナリオだった筈なんだけどなぁ……」

「アンタみたいな殿様面の大人がいっちばん嫌い! さっさと情報を全部寄越せ!」ペペさんの咆哮は全力だった。

「ペ、ペペさん……。隣に職員室があるから……、静かに……」僕は変化の無い現状を世界からのセーフ判定と判断し、次の危険に備えて彼女に警告する。

「音は遮断してあるよ。しかし参ったな。交換のカードは織媛ちゃん攻略と明晴くんの未来人認識にする予定だったんだけど、望まぬ形でカードを出されてしまった……」

「いいから教えろ! 明晴はいい子なんだ! あの子を助けたくてしょうがないの!」

「解ってるよ未来人ちゃん。教師たるもの生徒の前で嘘は付けない。しっかり攻略法を教えてやる。但し、この形は先生納得してないからね、明晴くん」

 すっかり腰を抜かしてしまった僕を見つめる先生の目は冷たく、それは間違っても教師が生徒に向けて良い視線では無かった。何故ならそれは紛れも無い失望の視線だったからだ。

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