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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第四章 うねり狂うビート
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 二年二組の教室は、僕ら一組と同様に清掃活動の真っ最中だった。

「あ! 君一組の! なぁに? 織媛ちゃん?」扉越しに織媛の姿を探していると、頭の悪そうな女子が話しかけてくる。名前は知らない。自分のクラスの人間も全員憶えていないのだ。隣のクラスなど以ての(ほか)である。

「あぁ、もう帰ったかな?」僕は必死の思いで敬語を抑える。知らない人を相手にタメ口を利くのは僕の倫理上憚られて然るべき行為ではあったが、経験上学内においてはこちらの方が普通のコミュニケーションらしいのでそれに従った。

「んやぁ、どうかなぁ……」彼女は教室内を見回す。「教室には居ないみたい……。あっ、でも机に鞄が掛かってる。まだ居るのかなぁ? 玄関掃除、とか? いやでも……」

「解った。ありがとう」僕はそれだけ言い残し、駆け足で一階へと繋がる階段の方へと向かっていった。彼女の言葉の続きは大体予想が付いた。どうせ、「班が違うかもしれない」だとか、「帰宅部だから、玄関掃除のときは鞄を一緒に持っていくだろう」だとか、その程度のことだろう。細かいことはいい。憶測など確率の前では無力。行けば全てわかるのだ。


 目の前には玄関を掃除する生徒達。その中に織媛の姿は無かった。

 ――何をそんなに嫌がってるのさ明晴。あの子のことに関しては今晩私が全部解決するって―― ペペさんは突然意識を発する。彼女のバッジが装着された鞄は教室に置いてきた筈なのだが、魂は依然僕の周りを浮遊していた。距離は関係ないのだろうか。

 ――ビートを用いての解決は、なんか嫌なんですよ――

 ――なんかってなにさぁ……――

 ――あれは相手の心を斬ってる。そうでしょう?――

 ――そりゃあそうだよ。存在の継続を賭けた生存競争のひとつの形なんだから。でも今回殺しはNGみたいだから、まぁ揺さぶりながら頑張ってみるよ――

 ――揺さぶるって、具体的にどうするんですか?――

 ――言葉と視覚的ショックで心をビートから切り離して、そこに修正を掛けようかな……――

 ――彼女の心は?――

 ――当然ずたずただよ――

 僕は歯をギリギリと鳴らす。しかしこれに関してはペペさんを責めるのは筋違いだ。そんなことは解っている。

 ――勘違いしているようだけど明晴。今回の件の罪人はあの子一人なんだ。償って当然でしょ?――

 ――違うんです。これは僕が……――

 ――明晴に何が出来た? 彼女の心は彼女のものだ――

 ――もっと早く気付いてやれれば……――

 ――明晴は十分早かった。彼女がそれを許可しなかっただけだ――

 ――見つけてやれなかった……――

 ――そんな責任君には無いよ。本気でそう思っているのなら傲慢だけれど、明晴は賢い子だ、本当は解っているんでしょ?――

 彼女の言うとおりだ。あぁ、解っているとも……。

 ――でもせめて……、せめて心だけは……――

 ――それじゃあ辻褄が合わないんだ。今回はゴーストというスペースが無い。その奇跡は飽和した世界に対しての冒涜だよ?――

 議論の余地は無い。未来人は至極合理的だ。

 ――……まだ掃除指定区画にトイレがあります――

 ――女子トイレに乗り込むつもり? やめときなって。それに、掃除する班くらい決まってるでしょ? 何のための班分けなのさ。それを確認すれば一発だろうに――

 ――もしかしたら掃除してる友達と喋ってるのかも……――

 ――かぁ~、そんな小さな確率まで当たっていくのぉ?――

 ――でもまだ鞄があるんです。絶対話せます――

 踵を返し、僕らの教室のある二階に戻ろうとしたとき、僕は何者かに背後から腕を強く掴まれた。

「何をしているんだい安倍くん。今週君の班は掃除当番だった筈だけれど」

 振り向くと、そこには担任の賀茂先生がいた。ほどほどに整えられた長髪に黒縁の眼鏡。髭はいつも通り丁寧に剃られてあった。

 ――あちゃ~。怒られちゃうね~――

「せ、先生……。今回は見逃してくれませんか?」

 賀茂先生は僕の返答に呆気に取られる。

「驚いた……。君のような優等生がそんな聞き分けのないことを言うなんてね」

「お叱りは後で受けます。でも今だけは、僕に時間をくれませんか?」

「残念だがイレギュラーはいけない。それを教えるのがこの施設だ。君なら解るね?」

 あぁ解るさ。ここが社会という名のシュレッダーに過度な負荷を掛けない為に予め子供達を細かくしておく場所であることくらい。だから僕はあなた達大人が嫌いなのだ。

「……先生!」

「駄々をこねないでくれ。時間の代わりにヒントをあげるよ」

 この期に及んで訳の解らないことを……。何がヒントか。あなた達から学ぶことなど勉学以外にあるものか。

「リヴァイアサン」先生は言う。

 僕は耳を疑った。

 不意にコーヒーの香りが鼻の先を通り抜け、頭に上っていた血が引いて行く。その正体は彼の口臭で間違いないだろう。

 ――ありゃりゃ、こんな近くにも――

 僕は途端に彼に対する拒絶を止め、その手が引かれる方向へと無気力に歩を流していった。

 その先にある抜け道を信じて。

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