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七月七日。早朝より降り始めた雨は、登校の時間になろうと止む様子を見せなかった。
――明晴のバカ……―― 雨傘の下、ペペさんが突然意識を飛ばす。
「すいませんでした……」周りに人が居ないことを確認し、僕は謝罪を口に出す。意識の中にハセガワさんは居ない。
――どうして勝手なことしちゃうかな……――
あれはハセガワさんの意向で……。自分がそう考えていることに気付き、僕は慌てて頭を振り乱し思考を消す。彼のせいにしては駄目だ。今回の責任は誰にも無い。
――過ぎたことは仕方ないです。今日成功させればいいんですよ。慌てちゃダメですって―― 僕は意識を造り、彼女に手渡す。
――私はなんで君らがああいう無茶なことしちゃうか気になってるの。執着じゃなくて反省の為。過去の話じゃなくて未来に対しての軌道修正なんだよ。ハセガワもなんで止めないかな……。ベルフェゴールで凝りたろうに……。今回に至ってはロンリーまで使ってちゃって、訳解んないよ――
こっちだって解らないさ。ただハセガワさんの行動を僕の独断で晒す訳にはいかない。干渉はともかく暴露は明確な罪だ。
――でも倒せるかどうか心配ですよね。ハセガワさんがあそこまで自分を棄てたのに勝てなかったんですから―― 僕は急遽話題を変える。
――勝てなかったって……、明晴は事の顛末を知らないんでしょ?――
無論知らない。ハセガワさんの変身を見届けた後の記憶は無く、気付けばいつも通り、ベッドの上で目覚ましに叩き起こされていたのだから。
――それにロンリーは棄てるビートじゃ無くて閉ざすビート。ロクなもんじゃないから、ハセガワが凄いことした、みたいな言い方は間違ってるよ――
彼女の意識は依然冷たいままだった。そちらの時代のシステムがどうあれ、ハセガワさんの熱意は本物だっただろうに……。
しかしここで彼の話に戻してしまうと話題を変えた意味が無い。
――そ、そうなんですか。で、胸の痛みは続いてるんですよね?―― 僕は無理矢理に話題の方向を調節する。
――苦しいよ。ズキズキする。やられてることを認識しちゃったせいか、今までと違って明確に感じる――
――……倒せるんですかね?――
――私をちゃんと起こしてくれれば倒せるよ―― 彼女は事も無さげにそう言う。
――ハセガワさんがダウンしてるんです。三重奏になれないですよ?――
――だから大丈夫だって。トンネルの時みたいに変則的な勝利条件にならない限り私は負けないよ――
――そんなに強いんですか? ペペさん――
――私達の時代では人工の領域内で戦う、『セッション』って遊びがあるの。ビートを使ってね。私はエウロパの中学生チャンプなんだ――
また新しい要素が増えてしまった。
――つまりビートを使った争いにおいて、ペペさんは同年代の中では最強ということですね?――
――そういうこと。今回の敵は一体みたいだし、ぜ~んぜん問題なしだよ!―― ペペさんは自慢をきっかけに機嫌を戻し始める。
――そんな凄い人だったなんて……。頼もしいですよペペさん!―― 胡麻を擂る。
――まぁ~中学生なんて本来ビートに振り回されるような年頃だし? 実際は私がちょっと扱えればいいだけなんだけどね~―― 彼女は謙遜の奥に慢心を覗かせる。取り敢えず機嫌は直ったようだ。
――二重奏でも大丈夫なんですか?――
――大丈夫。任せて――
幼馴染の暴走くらい僕が止めてやるべきなのだろうが、僕はビートに関しては技術も知識も不足している。任せる他あるまい。何度も自分に語り掛けるんだ。これは僕だけの問題では無いのだと。
――わかりました。じゃあ今晩、お願いしますね――
――お願いするのはこっちだよ。ちゃんと起こしてね?――
――目覚ましとか掛けてくださいよ……――
――嫌いだもん。嫌いなものは嫌なの――
返答がまるで駄々っ子のようで呆れたが、彼女のその正直さは少しだけ羨ましかった。
――わかりましたよ。任せてください――
――うん! お願いね!――
お願いするのはこちらだ。




