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「ピイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアア!」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
二つの咆哮が領域全体を揺らし、彼らは雄々しく対峙する。
「おいおい、心配して来てみりゃあなんだいこれは。動物園か何かか?」瀬津 織媛が創った領域の遥か上空にて、蘆屋道 満は彼らの様に呆れていた。
「この時代の動物園にはあんなのがいるの?」彼を利用する未来人は言う。
「いるわけあるか。あれはハセガワくんだろう? あーあー、あんなに逞しくなっちゃって……」彼の使う単眼鏡は、ビーヅを変形させて作ったものだ。
「ミツル。お姉ちゃんがいない」
「おや本当だ。ファンクが二つにブルースが一つ……。風邪でもひいたのかな? あんな夜中に寒いトンネルでゴースト狩りに興じていたんだ。同情の余地なし、だね」
「グワァー! グワァー!」未来人の大きな胸と腕の間で、一匹のアヒルが鳴き声を上げる。
「ガーちゃん。五月蠅くしちゃ駄目。あの子たちにバレちゃうよ? あんなのに食べられたくないでしょ?」
「心配要らないさティアラ。あれはどちらもロンリービート。孤独は孤独と共鳴する。今の彼らの耳に僕らの音なんて届かないよ。拒絶の音は五月蠅いからね」
「でもねミツル。あの喧嘩は危険だと思うの。あれには能動的生命体が関わってない」
「どちらが勝ってもパラドックス。よろしくないねぇ」
「グワァー!」
「ガーちゃん駄目だよ」未来人ティアラは、アヒルの口を胸の谷間に埋めた。
「止めるべきか。止めるべきなんだろうねえ。あんなに楽しそうなのになぁ。ほら、二人とも口から火球なんか吐いてるぜ?」
「はやく止めようよ。世界が壊れちゃう」
「変に止めなくても、明晴くんを起こしてこの状況を認めさせてもオーケーなんだろう?」
「ミツルが認識してもいいんだよ? ミツルも能動的生命体なんだから」
「御免だね。認識したら認識されちまう。僕は潔癖症なんだ」
「ミツルは認識されるのが嫌なの?」
「出来る限り勘弁して欲しいかな。だから僕は仮面を外さない。あの女は三流だ。結局女なんかどこまで行っても構ってちゃんだってことだな」
「女の子が嫌いなの?」
「期待してないだけだよ。アイツ等ときたら口を開けば交尾の話だろう? 行動パターンが少なすぎる。飽きるんだ」
「私も女の子だよ? 嫌い?」
「お前は女の子である前に未来人だ。面白すぎる」
「好き?」
「好きだよ」満は顔色を変えず単眼鏡を覗き続ける。その言葉の先に繋がる、人間として、という言葉を彼は故意に口には出さなかった。未来人の反応を観察するためだ。彼は如何なる時でも他人の底を見つけたがる癖があった。
「そっか、よかったぁ……」未来人ティアラは安堵の声を落す。満は単眼鏡から彼女の方へ視界を流すが、彼女はアヒルを優しく抱きしめ、彼の言葉に本当に安心しているようだった。
「フッ……」満は彼女の反応を鼻で笑い、単眼鏡の奥へと視線を戻した。
本当に面白い女だ……。
出逢って以来底の見えない彼女に対し、彼もまた深い安心感を覚えていた。彼女とずっと一緒に居たいと、そう思うほどだった。
「それじゃあミツルの好きな人からのお願い。あの人達の喧嘩を止めて欲しいな?」
この女はこんな詰まらないことを言ったりはしない。この言葉はきっと本心からでは無く、遊びで発せられたものだ。しかし、僕が遊びでの会話を好むような人間だということを理解しているからこそ、きっと彼女はそんなことを言ったのだろう。
僕のような人間がこんなことを言われては、好きじゃない、などという詰まらない選択肢を選ぶことが出来なくなることを良く理解している。
行動を縛られた。詰みである。
阿呆を動かすのが上手いな阿呆め。まるで心が躍るようだ。もっと僕を振り回せ女。くれぐれも僕を退屈させるなよ。
満は彼女の底の深さに酷く満足した。
「好きな人の頼みとあっちゃあしょうがないな」満は単眼鏡の形を大鎌へと変化させると、それを未来人目掛けて勢いよく振るった。
手ごたえは無い。大鎌が体に触れる寸前に、彼女はその存在を大鎌に潜り込ませたのだ。
――好きな人を殺そうとするかな普通―― 満の脳内を未来人ティアラの意識が巡り出す。
――グワァー!――
――ほら、ガーちゃんもプンプンだよ?――
「信用の現れってヤツさ。あれくらい解ってくれなきゃあお前もそれまで。その瞬間に僕の世界には必要ない」満は、彼女らの侵入により肥大化した大鎌を肩に乗せる。
――お誉めに預かり光栄の至りだよ。それじゃあ私の為に頑張ってね――
「あぁ、お前の為に頑張ってやるさ」大鎌の中には少年と未来人とアヒルのビート。それは紛れも無い三重奏。
「ソウルビート三重奏。ビートを刈り取るカタチ」
満は空中を軽く蹴り、頭の向きを下方へ修正すると、青空を強く蹴りつけ、遥か遠方で喧嘩をする彼らに向かって急加速を開始する。




