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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第四章 うねり狂うビート
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 刀がダガーと交わる。

 二つの凶器を挟んだ先、彼女の笑顔は消えなかった。これが彼女の幸せなのだろうか……?

「人魚姫はね。王子様の血で元の姿に戻れるんだよ?」

「知ってるよ。あの頃お前が毎日夢中になって読んでたから僕も読んだ」

「じゃあわかるよね。私の痛み」彼女はダガーを大きく振るい、鍔迫り合いの状態を解く。続いて向かって来ると思ったが、彼女は優雅に領域内を泳ぎ出した。

「人間のままでいるのは辛いんだ。一歩一歩歩く度に、足にナイフで抉られるような痛みを感じるの」

「人魚姫の話はいい。お前の話をしろ」

「私の話だよ。好きな人に振り向いて貰えない、私の話」そう言い切ったと同時に、彼女の泳ぎの速度は急激に上昇し始める。僕を中心に円軌道を描き始めたかと思うと、二秒と経たずに僕は彼女を見失う。

「ハセガワさん! 防いでくださいよ!」

 ――あのくらいのダガーならどこから来ても通さないさ――

「誰と話してるのかな?」瞬間、彼女の吐息が僕の右耳を掠める。

「いっ…! たああああああああ!」背後から彼女の左腕が僕の体を優しく包んだかと思えば、僕は右脇腹を何かによって抉られる。

 考えるまでも無い。この距離、この痛み、あの短剣で間違いは無い。

 ――何故私の拒絶を受け付けない! 何が起きている!―― 頭の中をハセガワさんの焦燥が駆け抜ける。

 僕は痛みからの解放を求め、刀を持っていない左の手で自らの死角に彼女の右腕を探し、それを掴む。

「っあああああああああ!」渾身の叫びと共に彼女の腕を脇腹と反対の方向に移動させようと試みるが、まるで巨大な岩を押しているかの如く、ピクリともしなかった。

「明晴可愛い……。ほら、頑張らないと、もっと奥に入っちゃうよ……?」

「この……、野郎!」体内に侵入したダガーの処理を諦め、僕はその左手を刀の方へと持って行き、逆手に持ち替え、死角に居るであろう彼女目掛けて刃を思い切り突き立てた。が、僕の両手に肉を貫く感触が伝わることは無かった。僕の必死の攻撃は、刀が水中を少し移動しただけに過ぎなかった。

「駄目だよ? それは私じゃないもん」再び彼女の吐息を感じたと思うと、ダガーはゆっくりと脇腹への侵入を再開する。

「あああああああああああああ!」痛みが増す。体が熱い。

「感じる? 私は明晴をこんなに感じさせてあげられるんだよ?」

「やめろ…! やめてくれ!」僕は必死の思いで彼女にそう懇願する。きっとこれも通じない。そんなことはわかっていた。

 

 しかしその瞬間、意外にもダガーから伝わる圧力は弱くなる。

「いやああああああああああああああああああ!」突如彼女は僕の背後で悲鳴を上げる。零距離であったことも相まって、その叫びに僕の全身はビリビリと振動する。

「はっ! 当たるじゃないか! どういう仕組みかは知らないが、私からの攻撃は有効のようだな!」得意げなハセガワさんの声が、彼女の叫びの中を縫って走る。

「ううあああ!」彼女が怯んでいるうちに、僕は脇腹のダガーに左の手を掛け、渾身の力で体から引き抜く。

 脇腹から漏れ出た血が領域を汚す。大量の出血により貧血の症状が見られたが、あのまま体の深部までダガーが行き着くよりかはまだしも救われた方なのだろう。

 僕は彼女との距離をある程度取ったのち、体を翻し、状況の把握に努める。

「ハ、ハセガワさん……。いつの間に僕の外に……」見ると織媛は魚の尻尾から大量の血を噴き出しており、その出血の根源には何かが噛みついているようだった。血飛沫で正体が確認し辛かったが、僕はそれを直感的にハセガワさんだと認識する。

 彼女の尻尾から嘴を外し、彼はこちらを向いて僕に話し掛ける。嘴は若干延長され、光を放っているようだった。どうやらビートが込められているようだ。

「明晴よ、これより(おれ)は『底』を見せる。修羅に堕ちるぞ」

底? 修羅?

「な、何のことかわかりませんけど、何かをするなら僕のビートを使ってくださいよ!」僕は脇腹の出血を左手で押さえながら、必死にそう叫ぶ。

「お前のビートではこの女を探し当てることは出来ない。任せておけ、直ぐに終わらせてやる」彼はそう言うと翼を目一杯に大きく広げ、己の存在を強く強く世界に刻み付ける。

「ロンリービート! Ver(ヴァージョン).Funk(ファンク) !」

 合図と同時に、彼はその全身をビートが発するものと酷似した光に包み、その存在をむくむくと膨張させていく。

「な、なんなのさこの鳥……」織媛は状況が把握できていないようで、泳ぎ、膨張する光から幾分か距離を取る。あのような反応になるのは当然だ。同軍の僕でさえ、彼の行動の先にあるものが解らないのだから。

 手乗りサイズだったハセガワさんは、遂にその全長を5メートル程にまで膨張させる。光は球体であり、その姿はまるで大きなタマゴの様だった。

 光がギチギチと膨張を拒否し始めると、二つの翼がタマゴの殻の中から這い出てくる。それぞれ大きな翼の先には鉤爪がついており、その爪が一気にタマゴの殻の全体を引き裂く。

「ピヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 太く大きい嘴を開き、彼は天に向かって鳴き叫ぶ。

 翼もまた天を仰ぐように目一杯に広げられ、後ろ脚は太く、それはまるで恐竜のものの様だった。

 翼と後ろ足がどちらも立派に育っており、空で生きる生物なのか、はたまた陸で生きる生物なのか判断しかねるフォルムだった。

「ハセガワ、さん?」名前を呼んでも彼はこちらを振り向かない。

 二つの瞳は獲物を探す狩人のそれであり、フクロウの面影は全くと言っていいほど残ってはいなかった。

「ピイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

 二度目の叫声を合図に領域全体にノイズが走り、僕の足の下には土で形成された明確な地面が発生する。

 天を仰ぐと、空の色は僕好みの澄んだ青色だった。

「海が……、私の海が!」織媛は空中に浮遊したまま、頭を抱えて混乱する。尾ヒレから垂れる血液が、遥か上空からぽたぽたと土の中へと消えていった。

 僕は近くにあった巨大な岩に身を寄せ、体を休ませることにした。

 地上で鳴き叫ぶ恐鳥と、青空を泳ぐ人魚姫。

 彼らの世界にはとても付いて行けそうに無い。

 貧血で意識が朦朧としている。

 僕はゆっくりと瞼を閉じ、彼らの世界から自分の世界を切り取った。

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