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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第一章 舞い降りる災厄
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5

 営業しているのかどうかも不安になるような店が立ち並ぶ商店街を、空を見ながらゆっくりと歩く。商店街には老舗のたこ焼き屋や駄菓子屋といった、老人たちが戯れで続けているような店舗が軒を連ねている。彼らは静かで趣がある。経済的利益を貪欲に求めていない点では、商売人としてどうかと思うこともしばしばなのだが……。昔から一人歩きに何度も使わせてもらったコースだ、つまらないことは言うまい。

「明晴ちゃん明晴ちゃん!」

 右後方から誰かに呼び止められた。散歩中に誰かとの会話に入ることをひどく嫌う僕ではあるが、それが今回のような、聞き慣れた老婆の声となれば話は別である。

「ん? おぉ! おばちゃん!」

 振り向いた先で手招きをしていたのは、小学生の頃からお世話になっている、たこ焼き屋の店主だった。

「今日は学校早いんだねぇ!」

「えぇ、期末考査だったんで。今日でやっと終わりましたよ!」

「あら! そうかいそうかい! 良かったねぇ! なら、どうだい? 自分にご褒美ってことで、たこ焼きでも?」

 口の中を唾液が踊り狂う。食べたい……、滅茶苦茶食べたい……。

 しかし、今月のお小遣いをたこ焼きで消費し始めて良いのだろうか。

 たこ焼きなんか贅沢品だ。しかも、この婆ちゃんの店のたこ焼きは相場より若干高め……。恐らく金銭感覚が昔のままなのだろう。六個入りで五百円も取ってきやがるのだ……。

 いや、確かに、確かにだよ? 確かにおばちゃんの作るたこ焼きはかなり旨い。だからって、冷静に考えてもみろよ……。言い方は悪いけど、所詮は一人の婆さんが作るたこ焼きだぞ? それに五百円も払うなんて……、正直、どうかしてる……。

「おばちゃん。悪いけど、今ちょっとお財布が寂しくって……」

 これは嘘。実のところ財布の中には野口さんが三人ほどスタンバっている。

 先月は月初めに使い過ぎて後悔したんだ……。同じ過ちは繰り返さないっ!

「あら、幾らぐらい?」

 なっ……! お財布事情を聞いてくるだと……⁉ いくら中学生相手だからって、それは失礼じゃないのか? だが婆ちゃんとも長い付き合いだ。『それは失礼ですよ』なんて面と向かってなかなか言えない……。考えろ。何て答えれば正解だ? いや、考え過ぎても駄目だ……。会話をスムーズに進めないと違和感が発生する。自然に……。どれくらいだ? どれくらいが中学生財布の相場だ? どうする……? どうするっ⁉

「え~っと……」考えろ……。

「んん?」考えろ……!

 …………。

 そうだ!

「ちょっと今、三百円くらいしかなくって……」

 勝った! 切り抜けた! 現ナマが商品を購入する分に足りてないことを証明する。ベタな手法ではあるが、正攻法な筈……。まだ野口さんを手渡すわけにはいかないんだ……。ごめんな、おばちゃん……。

「三百円かい。お小遣い、貰ってないのかい?」

「そ~なんすよ~。母さん忘れちゃってるみたいで~」へへへっ。

 勝利の雰囲気を味わいながら、余裕を醸し出す。勝者。勝ち組。

「この後、何かお買い物?」

「…………。いえ、別に。今日は散歩ですんで……」なんだその切り返しは?

 その時、空気が微かにざわついたように感じた……。

「なら、今日だけサービスで、三百円で売ったげよっか?」

 ……は?

「いいんすか? なんかサラッと四十%オフしちゃいましたけど」

「いいのいいの! 明晴ちゃんはお得意様なんだし! テスト終わりで疲れてるだろうしさ!」

 どうしよう。一個八十円だった高級たこ焼きが、一個五十円で食べられるチャンスを手に入れてしまった……。

 これは本格的に考えなくてはいけなくなってしまったようだ……。買うならば今だ。明らかに。しかし問題は財布。まだ今月使い始めていない小遣いに手を付けるか? 一度手を付け始めたらもう減る一方だぞ? それでもいいのか? これは取引の問題じゃない。自分との勝負なんだ……。

「いや、またの機会にするよ、おばちゃん」

 ……。自分に勝ってこそだ。僕は自分にだけは決して負けたりしない。

「そうかい? 残念だねぇ……。折角テストお疲れ様記念で二個オマケしてあげようと思ってたのに……」



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