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「それでは作戦会議だ」ミクロゲルの中、ハセガワさんは昨日と同じデザインの会議室を作成し、僕らに会議の開始を呼び掛ける。
天井の抜けた会議室。壁には解き放たれた無数の窓。ペペさんの我儘を取り入れた大胆なデザインである。
僕たちは橋の下での情報収集を完了させると、作戦を組み立てる為、そのまま一旦帰宅することにしたのだ。ハセガワさんの言い分によれば、ミクロゲル内での作戦会議は集中力が増すらしい。どうやらここでの情報の整理と予定の組み立ては、彼らの中ではお約束のようだ。
「どうするのさ~…」彼女は依然不安そうな面持ちだった。橋の下で既に話は幾分か纏まっていた筈だが……。相当のパニックだったのだろう。
「ペペが朝方に呻き声を上げ始めたのは一昨日。間違いないな?」ハセガワさんはこちらにアイコンタクトを飛ばす。
「間違いないです。印象的だったので」相当ビビったから間違いない。
「そして昨日は夜更かしのせいで、呻き声を上げていたかわからない、と……」ハセガワさんは片翼で顎を触るような仕草を取る。
ここで僕は、温めていた有益な情報を彼に与える。
「ハセガワさん。あの行為、『丑の刻参り』は、一週間継続的に行わなければならないという条件があります」
「ふむ。ということはその日もペペは呪われていたということになるな。今朝も呻き声を聞いたのだろう?」
「はい。でもハセガワさん。少し気になることがあるんです」
「なんだ?」
「ペペさんが呻き声を上げる時間帯です。普通は呪われている時間に声を上げるべきじゃないんですか? なんてったって釘で打たれている真っ最中なんですから」そうだ。昨日は夜中に起きたが、そんな声は聞かなかった。
「ペペが苦しむタイミングは、悪夢を見るタイミングなのではないのか?」
悪夢? 「それでは呪いと呻き声に関連性が……」
「胸を圧迫すると悪夢を見るというだろう? これは心臓や肺が圧迫されるために、血液循環、呼吸にストレスを感じることから来るものだ。呪いが心臓にショックを与え、その結果としての悪夢が時間差で来るのではないか? うむ……、しかしこれに関しては情報が少ないのでなんとも……」
「そんなに怖いんですか? ここ数日の夢」僕は彼女に投げかける。
「えぇ~、憶えてないな~……。所詮は夢だから」彼女の表情は険しいものになる。「でも、多分やられてると思うんだよね。言われてみれば朝方心臓の辺りチクチクするもん」そう言い終わった途端、彼女の表情は不安そうなものに戻る。「ねぇ~、何とかしてよハセガワ~……」
「心臓がチクチク……。ストレスから来る肋間神経痛……は無いか。お前に至っては」ハセガワさんは笑う。「大丈夫だ。リミットまであと四日もあるのだろう? なんとかするさ」
「今日のハセガワかっこいいよ~……。この前は蹴ってごめんね?」ペペさんは机に身を乗り出し、彼の雄々しい姿に陶酔する。
「あの件は私の興味が先行してしまったせいだから、謝る必要はないんだぞ?」
「過ちを認める姿勢もかっこいいよ~……」彼女は目を輝かせる。
ハセガワさんばかりが称えられているこの状況に、僕は少し嫉妬した。僕だって会議に参加しているのに……。
「で、ここからはどういう動きを取るんです?」
「そうだな……。この時代のゴーストは強力だから、イレギュラーも視野に入れて、今日から動いてしまおう」
「それがいいですね。また誘拐が起きるかもしれないですし」
「ならば今日はもう体を休めよう。二時になったら皆起床だ」
「わかりました」
「おっけ、絶対殺してやるよ~!」
「ペペさん……。相手人間ですから」
「絶対殺してやる……。他の人間を殺そうとしてんだもん……。それくらいいいよね……。八つ裂きにしてやる……!」ペペさんは顔を俯かせ、ボソボソと呟き始める。僕の声はもう聞こえていないようだった。
「あの、ハセガワさん。彼女止められますよね? 流石に生きてる人間を殺されるのは……」
「ふむ……。しかし先に手を出したのは向こう側だしな……」
「そんな言い方しないでくださいよ……。そうです! きっと加害者はこの時代の人間なんですし、接触は危険ですよ!」
「ふむ。確かにそうか……。ペペ! 話は聞いていたか?」
「え、なんか言ったハセガワ?」ハセガワさんの怒鳴り声により、ペペさんの意識は引き戻される。
「加害者はこの時代の人間。よって殺害は駄目だ」
「嘘⁉ 殺さないの? 同胞を殺そうとするような劣等種を?」
「お前が接触すれば世界が崩れる。解るだろう?」
「ふざけないでよ! そんなの平等じゃない……。まともな教育を受けていれば罪の無い同胞を殺しちゃいけないことぐらい解る筈だよ! よってそいつは劣等種なの! 危険なの! 教育なの! 見せしめにすべきなの!」
「この時代にはこの時代の価値観がある。ビートを利用できないのだから、領域内での殺し合いも無いのだぞ? お前は殺し合いが大好きだから、それが無い辛さが解るだろう?」
「……同胞の器を壊したくなるほどに、みんなイライラが溜まってるってこと?」彼女は歯をキリキリと鳴らし始める。
「そういうことなのだろうな」
「……わかった、わかったよ。私は世界を救いに来たんだ。壊すなんて以ての他だよね……。三次元空間でのことは明晴に任せる」
「わかってくれました……?」豹変した彼女に呆気に取られていたいた僕は、やっとの思いで声を吐き出す。
「うん、わかったよ……」僕は彼女のその言葉に胸を撫で下ろす。
「でも……」しかし、彼女の言葉は途切れなかった。「明晴がそいつを許せないと思ったら、私の代わりに殺してね……? 君はこの時代の『能動的生命体』なんだから。奇跡で、そいつを時間軸から消せるんだから……」
笑顔で彼女はそう言った。
窓から侵入した心地良い風が彼女の髪を揺らす。
僕は返事が出来なかった。




