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気になることは二つあった。
一つ目は、藁人形の制作者が何故彼女の容姿を把握できているのかということ。
二つ目は、目標を定めているのにも関わらず、何故、無関係であろう小学生を一人閉じ込める必要があったのかということ。
強くその存在を証明する死の前に、彼女はしばらく咽び泣いていた。
橋の上を車が一台通り過ぎる。
「ペペさん。通りかかる人に不審に思われちゃうんで、もう少し静かにしたほうが……」
「ひっぐ……、うん…、わがったよ……」ペペさんはすすり泣く。
「すいません……。ハセガワさん! これ、中に人が居るってことは霊域があるということですよね? いつもみたいに侵入できないんですか?」
藁人形の前で膝を抱えてすすり泣く彼女の頭から、ハセガワさんは片翼を人形へと寄せる。「駄目だな。領域の主人が留守にしている」
「留守?」
「そうだ。この人形は人の恨みを乗せるものなのだろう? その情報から察するに、つまりこれは、当人の強い想いだけで霊域が維持されているということだ」
「そんなことまで……。中の子供とコンタクトは?」
「……駄目だな。やはり主人でなくては」
考えを巡らせる。まだまだ方法は沢山ある。
「じゃあ、その主人を待伏せましょうよ! 藁人形、丑の刻参りなら深夜の一時から三時の間ですし!」
「ほう、少しは知っている様じゃないか。タイムリミットなどは知らないのか?」
「タイムリミット?」
「効果が実際に発動するまでだよ。今ペペが生きているということは、それなりに時間が掛かるのだろう?」
「そうですね……。一週間くらい掛かるものだとはどこかで聞いた気がします」
「一週間…。七日間か。どのようにして呪うのだ?」
「えっと、殺したい人を思い浮かべながら、一日一日さっき言った時間にハンマーでこの釘を叩くんです」
「そんなのビートが籠り過ぎたらホントに死んじゃうよ~……」彼女は嗚咽で声を震わせながらも作戦会議に参加する。
「え、ホントに効果あるんですか?」
「うむ……。ハンマーからビートを伝わせ人形の中に入れ続ける。それで一度でも世界にバグを発生させることが出来れば、中には小さな霊域が発生する。それからは三次元空間を四次元空間から折り畳み、対象の心臓を直接突けばいいだけだ」
「つまり、あなた方の時代から見れば有効な殺傷の手段だと……?」
「あぁ、私達の時代の人間ほどにビートを理解出来るようになれば、きっとこれは確実に……。なぁ明晴。お前、昨日はペペの呻き声を聴かなかったと言っていたな? 何故だ?」
「何故って、聞こえなかったんですよ。ペペさんは決まって七時頃に呻き声を上げるんです。僕はその日九時起きでしたし……」
九時起き。それは何故?
「それは何故だ?」ハセガワさんは僕の疑問を言葉にする。
「えっと、あの日は屋上のゴーストを退治した後でとても疲れてて……!」僕は思い出す。「そうだ! あの日何故か深夜に起きたんです! それで織媛と電話しました!」
「ほう、あの女と。彼女はいつもそんな時間に掛けてくるのか?」
「普段はそんなことしないんですけど……」
そうだ。彼女はそこまで浮世離れはしていなかった筈なのだ。
「また異常が増えてしまったな」ハセガワさんは何かを考えている。それはきっと僕にとって好ましいことでは無い。
「織媛は関係ないですよ」
「その言葉を君が先に口にしたということは、君も疑っているのだろう?」
「ハセガワさんが変な言い方するからですよ」
織媛は関係ない。そう思いながらも、記憶の中のおかしな点に僕は既に気付いていた。
なぜ彼女はあの時間に外出していたのか、である。
ハセガワさんはこちらを見つめ、僕の中に何かを見る。
「ペペの命が掛かっている。持っている情報は全て寄越せ」ハセガワさんの口調が変化する。「ペペだけでは無い。子供も関わっているのだぞ」
迷っている暇など無い。ここでの黙秘に意味は無いのだ。命が掛かっている。彼女が関係なければそれで話は終わりじゃないか。
「あの……」言葉が詰まる。ハセガワさんの眼光は鋭かった。
「……はい。織媛、その日外にいたんです」
ハセガワさんはにやりと笑う。「それは何時だ。この時代のものでも受信した時間くらいは残るだろう……?」
僕はポケットから携帯を取り出し、正確な時間を調べる。
本当はその必要など無い。あんな不吉な時間、忘れるものか。
これはただの時間稼ぎ。真実を伝えるまでの時間では無く、僕が真実を受け入れるまでの時間。
「夜中の二時、四十七分です……」
ハセガワさんの笑みは止まない。
「ペペ、大丈夫だ。助かりそうだぞ」
「えっ? ほんと……?」ペペさんの瞼は赤く腫れ上がっていた。
「あぁ、どうやらあの『占い』はよく当たるようだ……」




