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「な、なんだアイツ……。なんであの女と手を繋いだんだ……? お前が女を殴ってくれって言ったんじゃないか……。女は女で消えちまったし……」殴った女の姿が突然消えたかと思うと、明晴の右手には女の代わりに日本刀が現れる始末。
「ファンキー・ビート! 二重奏!」明晴は空を見ながらポーズをとり、何かを叫んだかと思うと、一度の跳躍で空の彼方へ消えていった。俺の頭はもうパニックだった。何が敵で何が味方なのかわからないなんて、ヒーローが一番動きづらい状況じゃないか……。
「しょうね~ん!」青空をぼんやりと眺めていた俺の視界は、謎の声と衝撃と共に、突如として閉ざされることとなった。
「少年! 我々を助けてくれ!」衝撃と共に俺の視界を覆ったその物体は、全身が体毛に覆われていたようで、幾つかの毛のようなものが俺の鼻孔を物理的にくすぐった。
「ヘックションッ!」顔面に張り付いていた何かを俺のくしゃみが引き剥がした。
「なんだ? フクロウか?」人差し指の第二関節を使って鼻の先を掻きながら、俺は顔からボトリと落ちたその茶色の物体の正体を探った。羽を広げて俺の視界を覆っていたのか、羽を広げた格好のまま地面に落ちていた。
「少年!」
「うわぁ!」フクロウの口元が大きく動いたかと思えば、そいつはいきなり日本語を喋り出す。
「な、なんだお前! 喋れんのか⁉」
「それは後で説明する! 少年名前は⁉」
「な、名前⁉ ……渡辺綱介だけど」
「渡辺の綱……。そうか、その名の持ち主か……! 混線のタネも掴めたぞ。いいビートを奏でそうじゃあないか」
「ツナァ? ちゃうちゃう。こ・う・す・け。人間の言葉は難しいか? 可愛いなお前」俺は地上に立つそいつと目線を合わせるように、しゃがんで、顔を覗き込みながら、首元をくりくりといじってやった。
「あぁ~……」そいつは目を細め、快適そうに俺の指を味わっているようだった。その声にはビブラートが掛かっていた。
「や、やめろ少年!」フクロウは急に目を見開く。「少年! お前は明晴の知り合いか⁉」
「知り合いどころの関係じゃねえよ。盃を交わした仲だぜ? 小学生の頃、給食のなめこの味噌汁でな」
「ハハッ。面白いことをするじゃないか。つまり明晴とは友人ということだな?」
「兄弟同然よォ。フクロウちゃん」俺はもう一度そいつの首筋をいじってやった。
「あぁ~……」さっきと同じリアクションだった。
「そんで? 俺は誰を殴ればいいわけ?」
「ハッ! そうだ! あの空に無数にいる変な奴等を殴って欲しいのだ!」フクロウは素に戻り、片翼で天高くを示す。
「変な奴等ァ? あの遠くにちょっとだけ見えるカラスみてえなのを言ってんのか? いくらなんでも遠すぎだ。俺はこの腕が届く距離の奴しか殴れねえぜ?」そういって、注意を空からフクロウに戻すと、既にそいつの姿はそこに無かった。
「……ありゃ?」
――綱介。もう一度カラスに目を凝らしてくれ――
「ん? どこ行った? どっから喋ってるんだ?」
――今、私と綱介は一心同体。君の中から喋っているのだ。君の胸のバッジが私だ――
「うわっ! 学ランにバッジが付いてる……」気付いた時には学ランの胸ポケットの辺りに趣味の悪いバッジが装着されていた。
――趣味は悪くないだろう――
「うわあ! 考えを読まれた!」
――ハッ。反応がいいな。さあ上空を見るのだ――
「お、おう……」状況に納得のいかないまま、俺はフクロウの言う通りに青空の方を見上げた。
「……やっぱり、見えねえぞ?」
――自分で限界を決めるな。見ようとするのだ――
「気合いを込めろってか? ば~か。気合いで物事がどうこうなるかよ」
――いいからその気合いを込めるのだ――
「……仕方ねえなぁ。わかったよ」俺はそう言って一旦目を瞑り、再び目を開ける瞬間に「フンッ」っと声に出して気合いを入れた。
「……うううううううおおおおおおおおおおおおおおおお!」俺の視力は途端に限界を際限なく超え始め、遂には遥か上空に無数に存在するカラスの中の一羽にフォーカスが合う。
「なんじゃありゃあ! 蠅⁉ 気持ち悪!」
――君と明晴の敵はあれら全てだ――
「な~んで明晴はあんなもんと闘ってんだぁ?」
――知りたいかヒーローよ―― フクロウは、まるで洋画とかに出てくる知的なキャラの日本語吹き替えのような声を出した。安っぽい演技だったが俺にはそれが堪らなく愉快だった。
「知りたいねぇヒーローは」
――あれが悪の軍団だからだ――
面白い。愉快極まりない。
「この世に悪をのさばらせておくわけにはいかないよなぁ?」
――その通りだ。そして君には奴らを倒す力がある。右手を開け―― 何を言い出すのかと思ったが、その右手には確かに何かが握られていた。
「なんじゃこりゃ。数珠?」
――それは君の好きな形に変化するぞヒーロー――
「な、なんだって~!」なんだそれは! 面白すぎる! 最高だ! スーパーヒーローに相応しい武器じゃないか!
「じゃ、じゃあ明晴みたいに刀……とか」喋っているうちに数珠は光だし、俺の右手には日本刀の柄が握られていた。
「ふおおおおおおおおおおおおお! 最高だ! なんじゃこりゃあ!」
――やはりファンクと同系列。なるほどアフロビートか……。いいビートだ。実に心地良いぞヒーロー!――
「アフロォ? 俺の頭のどこがアフロなんだよ。髪の毛なんて全然ねえだろ」俺は自分の短髪を左の手で確かめる。
――ハッハッハ! 実に愉快な少年だ! さあ空を飛ぶぞ! 何が欲しい⁉ なんでも出してやるぞ!――
「馬鹿野郎ォ! 本物のヒーローは、今のアイツみてえに気持ちで飛ぶんだよ!」
――了解したァ!――
フクロウの了承を口火に、俺の全身がメラメラを燃え上がる様に熱くなる。まったくなにからなにまで最高じゃないか。
「フクロウ。お前、名前は?」
――私の名はハセガワ。お前が殴った女の相棒だ――
「ハハッ。そりゃあご主人に謝らねえとな……!」両足に力を込めると、どこまでも遠くに跳んでいけそうな気がした。
「いっくぜえええええええええええ!」地面を全力で強く蹴り、俺の跳躍は始まる。
重力は感じなかった。まるで体が青空の中を泳いでいるようだった。




