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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第三章 復讐のビート
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「みんな一緒……! 私は此処に存在してる……!」ペペさんは、追加されたビートの分延長された刀身をうっとりとした目付きで眺める。

 ――ペペ……。やめろ、危険だ。振るんじゃない―― ハセガワさんの説得は、怒鳴るようなものから諭すようなものに変わった。アプローチを変え、彼女の心へと近づく。

「駄目だよ。こんなに気持ちいいんだもん……」しかし、ペペさんは依然ハセガワさんの説得を聞こうとはしなかった。

 彼女は比較的マモンの群れにボリュームがある方向に向けて刀を振るった。振るった刀から空色の波動が打ち出されると、その方向の群れは断末魔を発しながら綺麗に壊滅した。

「ははっ! 必要ない奴等!」ペペさんは吹き飛んだゴースト達を指差して笑う。彼女の笑みは爽快なものだった。

 ――ペペさん。一旦落ち着きましょう……? ね?――

「明晴の心には何もこもってない……。 仕方ないか。まだ知識が追い付いてないもんね」

 僕はペペさんの指摘に言葉を失う。仕方ない。確かに僕はハセガワさんの言うことを聞いて、それに従って動いているだけなのだから。現実のものとして危機を感知していない人間の言葉に心はこもらない。

 僕は状況を端的に捉える。今一番念頭に置くべきはペペさんの心だ。

 ――確かにあなたたちの時代の事や、霊域の事は良くわかりません。でもペペさんの心が危ういんでしょう? これ以上はやめてください。こんなところで自分を壊すべきじゃないです――

「私の心を求める人はいないよ。私は今ここで私を感じられることが幸せなんだよ」

 ――やめてくださいよ。そんな露骨な中二病発言……――

 ――踏み込み過ぎるな明晴。今ペペは建前が使えないのだ。三重奏のトリガーを引いてしまった私が言うのもなんだが、もう少しオブラートに包まないとまた刀を振るってしまう――

 ――……わかりました―― 脳みそをクールダウンさせると、僕自身今なぜペペさんを諭すことなく、暴力的な発言をしてしまったかよくわからなかった。

「中二病ってなにさ……。恥ずかしいこと言ってるってこと? 意味わかんないよ。私は私の心を語ってるだけだよ!」 彼女は自分の心について熱弁する。確かにこれはペペさんであってペペさんではない。きっと人間は建前まで含めて一人前と数えるべきなのだ。今の彼女は他者との摩擦を一切考慮に入れない半人前。今のペペさんは彼女のコアの部分ではあるのだろうが、きっとこれは彼女一人と数えるべきでは無いのだろう。しかし、今の問題は瘴気の影響や彼女の心を理解することでは無い。本題はその先。彼女を説得する部分まで辿り着かなければならない。

 ――ペペさん……―― こういう時は何を言うべきなのだ……。人は本来こうなればほっとくのが一番いいんじゃないのか? いや、対処の方法云々よりも、こんな状態の人間に自分の人生の時間を費やしたくない……。

 ――ハセガワさん。お願いしますよ……――

 ――私だってなんとかしたいが……。人はこうなっては盲目だ―― きっとハセガワさんも僕と同じく、頭の中で彼女への返答を考えては消して、考えては消してを繰り返しているのだろう。

「なんだよ二人とも黙っちゃって……」彼女はそう言うと再び刀に力を込めはじめる。刀身が空色に光り、先程の波動の射出準備が完了する。

 ――ペペ!―― ハセガワさんの叫びは虚しく、彼女は刀身に込められたエネルギーを、くるりとその体を一回転させながら周囲のマモンへと打ち出す。地上を間抜けに歩き回るマモン達は一掃され、その一瞬で目標はベエルゼブブのみとなった。三重奏の反動が酷いのか、ペペさんは刀を引き摺りながらふらふらと立っていた。

 ――もう二回も使っちゃいましたけど……。リミットは何発ぐらいなんですか?――

 ――……三回も使えばマズいのだ。これ以上は危険。しかし説得は効かない。なあ明晴。ペペの中から出られるか?――

 ――出ていいんですか?――

 ――出られたらすぐに回収する――

 ――……わかりました―― 三重奏の状態を抜けられればそれ以上のことは無いので、僕はすぐさま彼女の中から抜けるイメージをした。が、僕のビートの形は刀から変わることは無かった。

 ――ハセガワさん……。これって……?――

 ――ペペの意識に囚われた。こいつは私達と同化することを望んでいる。それが弱い怨念となって私達を抜け出せなくしているのだ――

 僕は先程から言わないように心掛けてきたことを口に出す。

 ――……万策尽きたということですか?――

 ハセガワさんの返答は遅かった。

 ――……ペペの三重奏できっと全部吹き飛ぶ。そのまま帰ろう――

 ――ペペさんは……?――

 ――駄目だ。どうにもならん――

 ――見捨てるってことですか?――

 ――我々の時代の同胞は、皆最後はこんなものだった。皆四次元空間での計算外によって昇って行った。こんな別れもある――

 僕はハセガワさんがなぜそこまですっぱりと彼女との別れを割り切れるのかが分からなかった。いいや、理屈は今彼が話した通りなのだろう。だからこそ、この割り切りはこの時代の人間が理解出来てはならないものだ。

 ――……僕は納得してませんよ。こんな事故みたいなことで人が死んでいい筈がない――

 ――事故は起こる。珍しいことじゃない――

 ――知りませんよ。僕がそれを許さないって言ってるんです――

 僕は心に強く、強く力を込める。

 ――そんなことをして何になる――

 ――さっきハセガワさんが言ったじゃないですか。四次元空間では計算外の事が起こると。なら僕はこの空間を心で揺らしてみせます。瘴気が酷い分イレギュラーも起こり易そうな気がします――

 誰か! 誰でもいい! ペペさんを……。ペペさんの心を救ってくれ!

 ――無駄だ明晴――

 ――無駄じゃないです!――

 ペペさんはよろけていた体を立て直し、ゆっくりと刀に指を滑らせ、その刀身を空色へと変える。


 助けて! ぺぺさんを助けて! 僕は、僕はまだ彼女と一緒にいたい!

 誰か、彼女を一発ぶん殴ってくれ!

 僕は思いつくだけの頼りになる人の顔を思い浮かべる。


 瞬間、空間全体がぐにゃりと歪んだ気がした。

 ――混線!―― ハセガワさんがそう叫んだ瞬間、彼女の視点が大きく揺れ、ぐるぐると回り始めた。

 ペペさんがダメージを受けた先に反射的に視界を向けると、一人の少年が仁王立ちで立っているのが見えた。

 少年は僕と同じ中学校の制服を、ボタンを一つも付けることなくその身に纏っていた。逞しい胸板の形が浮き出す白のタンクトップの上で制服がマントのように揺れ、その姿は正しくヒーローのようだった。

「明晴が呼んだ……。女ァ! お前を殴れと、そう言ったァ!」

 いつも僕の隣の席に腰を掛けて部活の愚痴を言っているヒーローは、鋭い目つきでこちらを見据え、そう言った。


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