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――……ペペさん――
「ん? なあに明晴?」喋りながら、ペペさんはマモンを一体切り捨て、そのまま勢いを殺すことなく、背後から急襲する一体のベエルゼブブを踊る様に叩き斬る。
――あの……、もう霊域に入ってから随分経ってると思うんですけど……―― ペペさんがゴーストを切り付けはじめてから、体感で(いや、どちらかといえば『体』でなく『魂』で感じているということになるのだろうけれど……)もう既に十分は経っているように思えた。
「ん? 向こうでは一秒も経ってないよ?」彼女はまたマモンを一体刀で昇華させる。
――いや、それはいいんですけど。さっきから……、あの……、減ってます?―― 僕は、まさに今昇華活動の第一線に立っているペペさんの前で、その文の主語を口にするのが忍びなかった。
「ん? なにが?」
――ゴ、ゴーストの数が……―― 僕は意を決し、素直な疑問を文として完成させる。そう、先程からかなりの時間を昇華活動に消費している筈なのだが、まるでその領域の斑点が減っているように思えないのだ。いや、明らかにペペさんは確実に一体一体数を減らしており、瞬間的には斑点の数が減ることはあるのだか……。
――ペペ! 混線だ!―― ハセガワさんが強い意識を飛ばす。『混線』。まさにハセガワさんがこの言葉を発する度に、ペペさんが折角増やした白の空間が、その都度黒の斑点で一杯になるのだ。
「チィッ! まったく大所帯だこと!」ペペさんの精神に若干のストレスを感じる。そのまま彼女は昇華に集中し始めたので、僕は問いかけの先を彼女からハセガワさんに変更することにした。
――ハセガワさん。専門用語にいちいち突っ込まないように敢えて今までスルーしてましたけど、一体その『混線』ってなんなんです?――
――混線とは、本来この領域にいるべきではない者たちの意識の侵入をいう。場が悪いと言ったろう? そのせいで侵入が際限なく起こってしまっているのだ。だから数が減らない――
――この数を片付けるのに目途は立っているんですか?――
――残念だが目途は立っていないよ。どれだけのゴーストがどのくらいのスパンで混線するか分かったものでは無いからな――
――ていうか、それならゴーストの増加は永遠に止まらないですよね。ならこのバトルに勝利はないんじゃ……?――
――いいや、このゲームにも勝利はある。なぜなら、場の具合はその中に閉じ籠っているゴーストの質、量に比例するためだ――
――……つまりどういうことです?――
――察しが悪いな少年。つまり、混線スパン内のゴーストの減る数が、増える数を上回り続けることができれば、必然的に我らの勝ちとなるということだ――
――……なるほど―― 僕は言葉を噛み砕き、勝利条件を理解する。そして僕に考えられるだけの方策を頭の中で立て、それを意識として飛ばしてみた。
――なら、一度昨日の三重奏を発動してみるのはどうですか? あれで爆発力を上げましょうよ。そして場の調子を一気に良くするんです。そうすれば確実に勝てるでしょう?――
「さっすが明晴。賢い賢い」ペペさんが僕の方策を声に出して誉める。しかしそれは同時に、そして反対に、賛成の意思表示でないことはすぐに分かった。人は普通、今まで思いつかなかった良策を打ち出した人間に対して、誉めるという行動を真っ先にしたりはしない。普通は飛びつくものだ。それこそもっと貪欲に。
――三重奏は危険なのだ―― ハセガワさんが僕の策を謎の理由にて却下する。
――危険? なぜです?―― 僕は理由が知りたかった。決して策が却下されたことに腹を立てて訊いたわけではなく、霊域での危険を、理由を含めてしっかり把握するための問いかけだった。
――あれは我ら三人に出せるパワーの現時点での限界だからだ。現時点での我々の底。それを我らが把握することは限界を知ることになりかねない。もしそれでこの群れに想像以上の被害を与えられなかった場合、我々のビートに歪みが生じる可能性が大いにある―― 僕は再び難文を噛み砕こうとしたが、今度はその必要は無かった。
「つまり、私達が自信を無くしちゃう可能性があるってこと。自分への失望ほど生きるのに厄介なものは無いでしょ?」ペペさんはハセガワさんの言葉を噛み砕き、僕に伝える。
――なるほど、理解しました。ただでさえ人間は元々底を見せないように生きてますしね―― これは少し意味が違うと自分で言っていて思ったが、まあ、きっとゆとりもメリットの一つだろう。
――三重奏は今のところ最終兵器だ。昨日のような状況にならない限り出来る限り使わないほうがいい――
結論は出た。
――ならせめて二重奏でいきましょうよ―― 僕は特に力の入っていない次の策を打ち出す。
――それは……―― ハセガワさんはその答えを渋った。
「駄目だよ明晴」
――馬鹿! 口に出すなペペ!―― ハセガワさんはペペさんの次の言葉を食い止めようとしたが、彼女は止まらなかった。
「これは多分二重奏でも減り始めない」
僕はその言葉に若干の失望を感じ、自分がとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。




