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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第三章 復讐のビート
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 探索を一通り済ませた後、僕らは園内に適当な食堂を発見したので、そこで足の休憩がてら腹ごしらえをすることにした。今すぐ食べなければ、というほどの空腹を感じていたわけではなかったが、まぁ、記念というやつである。食堂は屋外に屋型テントを立てただけの簡単なものであり、壁は無く、依然テナガザルの異常な奇声を聞くことができる造りとなっている。

 適当な席に座り、織媛はカレー、僕はラーメンを注文した。織媛は注文を済ませると、すぐにお手洗いへと駆けていった。そのため現在僕はテーブルで一人メニューをぼんやり見返している最中である。追加で何かを注文するためでは無く、ただの暇つぶしである。

 ふと前方に目線をやると、子供連れの父親がラーメンを勢いよくすすり、その子供が不器用な手付きでラーメンを口へと運んでいた。

 ――明晴おっは~―― 織媛がトイレに行っている間にペペさんが的外れな意識を僕へとぶつける。何故彼女がこのタイミングで朝の挨拶をしたのか僕には瞬時に理解することができなかった。が、脳を何秒間か回転させることによりその謎は即座に解決された。

 ――随分静かだと思ったら、寝てたんですか?――

 ――寝ちゃってたよ~。昨日の作戦会議が響いてるのかな~……―― 彼女の意識は僕へと上手に伝わらない。ぼんやりとした意識そのものははっきりと伝わっているため、ノイズというわけではなさそうだ。恐らく寝起きで頭が上手く回っていないだけなのだろう。ただでさえ寝起きが悪い彼女である。睡眠不足まで加わればこうなるのは当然だろう。

 ――何時まで起きてたんですか?――

 ――何時までっていうか、昨日帰った後すぐに寝て、二十三時頃からずっと起きてたよ――

 ――うわ……。あんまり無理しない方がいいですよ?――

 ――でも睡眠時間としては九時間オーバーだし、むしろ寝すぎてる方だよ。気にしない気にしない……――

 ――夜起きてるとそれだけで体に悪いんですよ? ペペさんも育ち盛りなんですから気を付けないと――

 ――ゲルの中だから体は平気なんだけど、どうしても脳みそがやられちゃうよねぇ~。てか、育ち盛りって、あれ? もしかして歳訊いちゃったの? ハセガワのヤローまた勝手なことして……――

 ――ナリに対してどこか子供っぽいなぁとは思ってましたけど。まさか同い年だとは―― 僕は心の中でほくそ笑む。

 ――馬鹿にしちゃってさ。それを知った後でも敬語を止めなかったくせに――

 ――いずれは止めますよ―― そんなに気になるものなのだろうか、と僕は思う。

 ――明晴は私を見てくれないんだね――

 ――は?―― 驚きにより漏れた僕の意識に彼女は返答しない。彼女の言わんとしていることを僕には理解できそうになかった。

「おまたせ~」織媛がハンカチで両手を拭いながらお手洗いから戻る。しかしそれと同時にペペさんの音は止む。

「明晴? どうかした?」僕の向かいの席に腰を掛け、彼女は僕の顔を覗き込む。

「あ、ああ。なんでもないよ」頭の中にペペさんの意識がこびりつき、とても不快だった。見てくれない、とはなんだ……?

「お待たせしました~。味噌バターラーメンで~す」「あ、はい」店員さんの突然の声に軽く手を挙げて応える。

「明晴も考え事?」店員さんがカウンターに戻るのを見送った後、彼女は僕に問いかける。

「いや、考え事っていうほどのことじゃないよ」軽いジェスチャーも交え、出来る限り彼女に心配させまいとした。

「私が言うのもなんだけど、ご飯食べる時に考え事はダメだよ? 消化に悪いんだから」織媛は僕より早く箸を一膳手に取り、体を乗り出し、丼から少な目にラーメンを箸で掬う。

「頼んだ本人より先に食べようとするなよ……」

「してないよ~」そう言って彼女は掬い上げたラーメンに息を吹きかけると、「はい、あ~ん」と言って僕の口にそれを寄せる。

「ば、馬鹿! やめろ!」僕は彼女の振る舞いにそっぽを向き、それを拒む。

「いいからいいから! 早くしないともっと沢山の人たちに見られちゃうよ~?」

 僕は咄嗟の判断で彼女の言い分に正しさを感じ、彼女の箸を勢いよく咥えこんだ。麺を啜り、咀嚼する。当然バターはまだ溶かしていない為、バターの味はしなかった。それを一瞬残念にも思ったが、それがなくともラーメンは充分に美味しかった。

「美味ちい?」彼女はわざとらしく首を傾げ、僕に感想を求める。明らかに弄ばれている。

「……旨いよ」僕は彼女から視線を逸らし、出来る限り無愛想に見えるようにそう言った。

「うむ! よろしい!」そう言って彼女は微笑み、「じゃ、じゃあ! 私も一口……」と、身を乗り出したまま僕のラーメンを許可なく少量掬い上げ、わざとらしく息を吹きかけはじめた。

 なぜそうなる。……いや、ツッコミ待ちか?

 頬を僅かに紅潮させながら上目遣いでこちらをちらちら確認する彼女を見て、僕はそう確信した。

「ふ~、ふ~」

 声を出して麺を冷まし始めた。なんて面白い生き物だろうか。僕をおちょくるつもりだったのだろうが、空振ったな。

「……食べちゃうよ?」胸元を露わにしながら、彼女は上目遣いで僕に最後のチャンスを与える。まだ主導権を握っているつもりだろうか……。下ろせない拳を上げるな! 僕はそう心の中でツッコみを入れ、「どうぞ?」と、僕は彼女にショーを続けるよう促した。

「え……? 間接キスになっちゃいますけど……」

 敬語が出てしまったか。僕は今すぐ嘲笑を表情に出したい気持ちでいっぱいになった。口に手を添えて薄ら笑いを隠しながら「いや、いいんじゃないか?」と言った。

 その言葉を聞いた途端、彼女の頬は紅をさしたように真っ赤になった。若干のためらいを見せたが、瞬間、たかが外れたように「そ、そうだよね! 間接キスくらいどうってことないよね! じゃ、じゃあ! いただきま~す!」と一通り言葉を発すると、目を瞑り、箸を咥え込んだ。

 あ、間接キスだ。僕は改めてそう思うと、なんだか自分まで恥ずかしいことをしているように感じてならなかった。

「おまたせしました。カレーライスです」

 声に気が付き、僕はそちらを見る。気付けば僕らのテーブルの隣で店員のおばちゃんが、カレーライスを片手に実に晴れやかな笑顔でこちらを見つめていた。

「あ、こっちです」僕は、身を乗り出して麺をすすっている彼女の方に両の掌の向け、おばちゃんを混乱させまいとした。

 おばちゃんがカレーを置こうとしたその途端。何かに覚醒したかのように織媛は両の瞳をカッと見開き、顔を真っ赤にさせながら勢いよく麺を啜り、急いで自分の席に腰を下ろした。

 おばちゃんは一瞬驚いたような表情を露わにしたが、「ごゆっくり……」とだけ言ってカウンターへ戻っていった。


 おばちゃんがカウンターに戻るのを確認し、彼女は照れ笑いをしながら「お、美味しいね!」と苦し紛れに僕に言った。

 僕は堪えていた笑いを徐々に外へと漏らしつつ、「そうか……。うむ! よろしい!」とだけ言った。

 それから、彼女の顔色がいつもの透明感のある肌色に戻るまでにはしばらくの時間が掛かった。

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