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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第三章 復讐のビート
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「ありゃ、近場だから期待はしてなかったけど、意外にしっかりしてるね」隣町の駅に着いた後、僕ら二人は十分程の徒歩移動を済ませ、お目当ての動物園に到着する。未だ外観しか見えてはいないが、この時点で彼女の言う通り想像していた分のボリュームは確かに超えていた。

「動物園って名乗ってる時点であまりハズレは無いのかもしれないな」

「どうかな? 私はまだまだ信用しきってないよ? 中に入って化けの皮を剥がしてやろう!」

「お前は隣町の動物園に何の恨みがあるんだよ……」

 そんな会話を織り交ぜながら、僕と織媛は動物園の入り口に差し掛かる。僕らは受付のお姉さんに学生証を提示し、入場料無払いのままに施設の中へと入っていく。入口から見て段階で、園内には親子連れがほとんどであり、僕らのような中高生くらいの若者は全くと言っていいほど確認することができなかった。

 遊園地にすべきだったのだろうか、と僕は少しばかり後悔する。

「子供の特権ってのは凄いよね。偉い人にでもなったみたい」織媛は学生証に映った自分をしばらく見た後、学生手帳をぱたりと閉じ、鞄に仕舞う。

「僕は甘やかされてるみたいでいい気分はしないけどな」僕は手帳を携帯電話の入っていない方、ジーンズの左ポケットに仕舞う。

「何言ってんの。甘やかされてなんぼだよ。さ、回っていこう? どこから見ていこうかな?」

「メンフクロウは後に取っておくのか?」

「一発目には流石に見ないよ。勿体ない勿体ない」

 彼女の希望に合わせるためにパンフレットに書いてある地図を確認し、フクロウのコーナーを出来る限り無視できるようなコースを組み立て、お喋りをしながら動物園を回り始める。

「明晴はさ、将来の夢とか決まってるの?」彼女は言う。

 何故動物園に来てまでそんな話を? とも思ったが、それが彼女の悩みの正体かも分からなかったため、一応その話題に付き合ってやることにした。

 僕としても頭を抱えている問題ではあることだし。

「決まってないよ。難しくて考えられないんだ。現実味が無いっていうかさ」

 僕らは猛禽類の檻の前で立ち止まり、そんなことを話し出す。檻の中では大きな鳥が木に留まり、明後日の方向を見て静かにしていた。檻に装着されたネームプレートを見てみると、それはイヌワシという名前の鳥のようだった。

「私もだよ。未来の事なんて考えたくない。未来が嫌いな訳じゃないよ。むしろ好き。でも、将来って言葉にしちゃうと、やっぱりどうしても職業の話になってくるじゃない? それが堪らなく鬱陶しいんだ」

「分かる気がする」

「世界っていう組織から抜け出せない。そんなこと思わない?」

「一人になりたいのか?」

「そう。あ、一人が好きな訳じゃないよ? 他人の温もりは間違いなく心地良いし、体だってそれを求めてる。好きな人のそれを求めてうずうずしてる」

「そんなに慌てて説明しなくても言いたいことは分かるよ。独立した存在になりたいって事だろ? 誰にも縛られない独立した存在になった上で他人を求めたいんだろ?」

「ひゃ~、人の意見纏めんの上手いね明晴。頭良いからかな?」

「単純にお前と考えてることが似てるだけだよ」

「明晴もそんなこと考えるの?」

「そんなことばかり考えてるさ。勉強するときは別だけどな」

「そうやってどんどん何も考えなくなっていくのかな……」

「それを言い訳に勉強しないってのは無しだぞ」

「わかってるよ。わかってるけどさ……」

「辛いのか?」

「悔しいんだよ。私はこのまま私じゃなくてもいいものになっていくのが悔しいんだ」

「難しく考えない方が良いらしいぞ。大人は皆そう言う」

「解決策としてそれはきっと正しいんだと思うよ。でもそれは社会で生きるにあたっての妥協っていうかさ……。つまり幾分かオリジナルの自分から離れろってことでしょ?」

「オリジナルのままでいたいか?」

「オリジナルでいることが綺麗なことだとかそんなことは思ってないけど。でも、私が居なくなるのがとっても哀しい」

「どれだけ上手に殺すかだよ。自分にも気付かれないように殺していくんだ。ぷちぷちと凹凸を潰し、ゴツゴツとした世界で自分を平らにしていく。その作業の繰り返し」

「明晴はもうそれでいいの?」

「どうだろ。今の僕だってどんどん変わっていくだろうし」

「変わらないでよ」

「そういうわけにもいかないだろ」

 フクロウの檻は何故だかその檻の近くには無い。動物園の目玉の一つなのか、彼ら専用の檻が動物園の奥にあるらしい。そういうわけで僕らはまず思う存分猛禽類の檻を見回すことにした。

「こいつらって、飛びたいときはどうするんだろ」歩き出したと思ったらすぐさま立ち止まり、イヌワシの隣、オオワシの檻の前で彼女は思いついたようにそう言う。

「檻の中で飛ぶんじゃないか? そこそこ広いしさ」

「馬鹿だなあ、空を飛びたい時ってことだよ」彼女の人差し指が天を指し示す。

「イメージを押し付けるなよ。こいつらが空を求めてるとは限らないだろ。動物はそんなに軟弱じゃない。もしそれを求めていたとしても、きっとこいつらはもう自分の空を見つけてる」

「本物の空は忘れちゃうのかな……」

「忘れてもいいのさ。自分の分だけ空があれば」

 彼女は一瞬だけ納得したような表情を浮かべた後、寂しそうな顔でオオワシを見つめていた。

「君はこんなに綺麗なのに……」彼女は木に留まったオオワシに語りかけるようにそう呟くが、彼はこちらを一瞥することもなく、羽毛を風になびかせ、ただ目を細めるだけだった。

「……悩みはそれか?」僕は意を決し、彼女にそう問いかける。

「え?」彼女は聞き返す。

「悩み。それか?」

「あぁ、その話か。これじゃないんだ。これもしっかりとした悩みなんだけど、こっちは正直どうでもいいことだよ」彼女は笑う。「例の悩みは明晴の前じゃ話さないって」

「ならここで重い話はするな。しっかりと楽しめ」

「今思い付いちゃったんだもん。ごめんね心配ばっかり。こっからは最高に楽しむよ!」織媛はそう言って気合を全身で表現する。僕はそんな彼女を見て、行き先はやはり遊園地にすべきだったなと、明確な後悔の念を抱いた。


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