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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第三章 復讐のビート
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「電車に乗るのなんて三年振りだね」

「小学校の修学旅行以来か」

 チケットを指の間で遊ばせながら、駅のホームで適当な会話を繋げていく。目を合わせることはない。

 青空の中を細切れになった雲たちがゆっくり流れていく。風は柔らかく、肌に纏わりつくような湿気を感じることは無かった。

 天文駅の周りにはこれといった商業施設は無く、たまに酷い悪臭を放つ大きな工場が一つ二つ点在しているだけである。周りに雑音は無く、プラットホームには僕たちの他にカップルが一組と、ジャージ姿の高校生が十人ほどいるだけに過ぎなかった。

 ――電車っ! 電車っ! 電車っ!――

 ――えぇい! 五月蠅いぞペペ! 少し寝かせろ!――

 外とは違い、僕の中では雑音が二つほど踊り狂う。だけど僕は必死で無視を続ける。

「ドキドキするね。自分たちだけで電車乗るのなんか初めてじゃない?」

「あぁ、なんか悪いことしてるみたいだな」

「え? なんで悪いこと?」織媛が焦った様に僕の顔を覗き込む。

「いや、保護者無しって辺りがさ」

「やだなぁ、たかが電車で二、三駅だよ?」

「距離じゃないだろ、問題は」

「明晴はお母さん大好きだからね~?」彼女はそう言って柔らかく笑う。

「……まぁ、気にし過ぎだとは思ってるけど」

「ううん。明晴はそれでいいの。それがいいの」彼女は軽く微笑みながらそう言う。

 ――ハセガワハセガワ、明晴のビートが早くなってるよ?―― ペペさんは僕の脳内で嘲笑混じりの声を飛ばす。しかしハセガワさんからの返答は無い。寝てしまったのだろうか。寝るために無視という選択を取ったのだろうか。

「ねぇ明晴、一つ聞いてもいいかな……?」彼女は不安な響きの篭った声で僕にそう問いかける。

「……なんだ?」

「うん、あのさ……。ごめん、ちょっと待って……」織媛は気持ちを一旦自分の中に沈め、口から息を大きく吸い込む。それと同時に胸に手をやり、瞼を下ろす。やがて彼女は口を閉じ、吸い込んだ空気を体の中に押し込め、その眼球を露わにする。僕は彼女を見つめるが、彼女が僕を見ることはない。穴の開いた風船のように溜めた空気を一気に鼻から噴出すると、彼女は再び口を開く。

「あのさ、そのフクロウのバッジ……、誰から貰ったのかな?」彼女は右手で僕の鞄に付いているバッジを指さし、上目遣いで僕に問う。フクロウのバッジ。言うまでもなくハセガワさんの変身したバッジの事だろう。

「昨日から気になってた。私があげたバッジの隣に付けてたから……。今日は青空のバッジまで増えてるみたいだし……」彼女の右手が僅かに移動する。ペペさんの変身した青空のバッジを指差しているのが分かった。

「あぁ、これはかあ……」母さんから貰ったもの。そう誤魔化そうと口を動かし始めた途端、僕の脳みそは脊髄反射にも近い速度でその行動を中断する。

 咳を一つ。言葉をリセットする。

「そんな大層な物じゃないよ」僕は返事を曖昧なものに急変させ、台本を考えるための時間を稼ぐ。そう、母さんと彼女は繋がっているのだ。先程のような安易な嘘ではメール一つで簡単に暴かれてしまう。指先ごときに開示されてしまう嘘など付くわけにはいかない。

「何ワケ分からないこと言ってるのさ。誰から貰ったの?」

 織媛の瞳が時間の経過につれてゆっくりと曇るのを確認し、僕は焦る。彼女は昔からどこか嫉妬深いのだ。独占欲が強いと言った方が的を射ているのだろうか。かいつまんで言えば、彼女は僕の単独行動をあまり好まないのだ。

 鼻から空気を抜き、脳を冷却させる。

「ごめん。あんまり胸を張って言えることじゃなかったから」僕はメロドラマの主演男優さながらに言葉に余韻を残す。

「どういうこと?」彼女は目を丸くする。

「ただの雑誌の付録だよ。センス無いならすぐにでも外すさ」

 ――ぷぷっ、センスないって。言われてるよハセガワ―― 彼はまたも答えを返すことはなかった。結界とやらの調査はそんなにも長時間に及んだのだろうか。僕はそんなことを考える。

「明晴が自分で付けたの?」

「……缶バッジぐらい自分で付けられるよ」

「そうじゃなくって! 明晴が良いと思って付けたの?」

「……まぁ、な」

「嘘っぽい……」

「なんだよ。そんなにセンス無いか?」僕は台本の中に正直な疑問を織り交ぜる。

「いや、シックなデザインだし無難だと思うけど……」

「じゃあなんだよ」自分のセンスで付けたという設定を生かすため、少しの怒りを言葉に混ぜ込む。

「明晴、こういうの興味ないじゃん」

「え……」

 電車の運行についてのアナウンスが流れだす。どうやらまもなく電車が到着するようだ。

「それに昨日はスクールバッグに付けてたし……。わざわざ付け替えて来たの?」

「お、女の子と出掛けるんだ。おしゃれな方がいいかなぁと思ってさ」無理がある。これじゃあ僕じゃない。

「ふぅん……」

 視界の果て、お目当ての電車が小さく姿を現し始める。長い胴体を震わせながら、呑気な顔で彼方からこちらに向かい近づいてくる。

「ま、何でもかんでも疑う方がおかしいか……」間も無くの電車到着に対しての行動か、織媛は僕への興味を失ったかのように線路の方向へ向き直る。

「どうせすぐに分かることだよね」

「織媛、昨日から少し変だぞ……? 一昨日まであんなに元気だったじゃないか」少なくとも他人の金的に大ダメージを喰らわせられるだけの元気はあった筈なのだ。心配もいい加減しつこいように自分でも思うところではあるが、だからと言って彼女に崩れて欲しくもない。

「電車の中で聞いてやる。せっかくの動物園なんだから嫌なことは忘れて楽しめ」

 見ると、先程まであんなに遠くにあった電車は既に到着の準備を始めていた。レールの凹凸を音で伝えはじめる。速度は十分に落ちており、空気の振動を感じることはない。何も動かない世界の中、鉄屑は僕らの前でゆっくりと足を止める。

「嫌なことで辛くなんてならないよ」織媛は言う。呟くような言葉だった。それはきっと僕に向かって言った言葉ではないのだろう。

 電車の扉が開くと、彼女は軽く合掌して音を鳴らす。「はい! この話はやめっ! 今日は一日楽しませてよねっ!」

「うわっ!」

 そう言って彼女は僕の背後に回り、僕を電車の中に押し込める。僕ら二人の体は鉄屑に飲み込まれ、天文町から断絶される。


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