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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第二章 ファンクの鼓動
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 事件はその日の昼下がりに起きた。いや、細かく言えば、綱介からその話を聞いた時点でもう始まっていたのかもしれないけれど。

 まぁ、兎にも角にも胸糞悪い一件だった。


「なぁなぁ、知ってるか? 明晴」

 二時限目の休み時間。綱介が僕に対して、唐突に話題を提供する。お互い机に突っ伏し目だけ合っているという、どうにも気だるい構図での会話ではあったが。

「多分、知らないと思う」

 二人して突っ伏している理由はただ一つ。暑いのだ。しかも蒸し暑い。登校し始めた時に既に嫌な予感はしていた。その時はなんとなく、温度が高めだなぁ……、程度のものだったが、今はそんなものじゃない。いや、温度自体はあまり変わっていないかもしれないけれど、ひたすらに湿度が高いのだ。空が雲で一杯になり、霧雨が景色を薄くぼやかしている。快適な温度を求めて窓を開ける者も少なくはないが、その行動の先に救いは存在しない。ただ、静かな雨が教室内の湿度を押し上げていくだけだ。一、二時限目が体育だったということもあり、教室内の湿気には汗の臭気も内包されている。まさに泣きっ面に蜂である。教室内の汗の臭いと、ワイシャツが肌に纏わりつく感触が最高に気持ち悪い。

 どうせ降るならじゃんじゃん降りやがれ。そして明日には晴れろ。

「あぁ、知らないのも無理は無い。なんてったって二十年前の出来事だからな……」僕の冷たい対応にもめげずに話題を続ける鋼介。

「じゃあ、なんでお前はその出来事を知っているんだ?」

「昨日先輩から聞いたんだよ。部活の帰りにな」

「ふうん……。面白いのか?」

「あぁ……。いや、面白いかどうかっていうと、微妙かも」

「面白くないのかよ。どんな話だ? ジャンルは?」

「ジャンル? どうだろう……。怪談というよりかは、都市伝説に当たるのかな?」

「いや、怪談も都市伝説も大して変りはないだろ」

「そうなのか?」

「都市伝説が出世して怪談になるようなもんなんだから」

「……オカルトとか信じてない奴の典型だな」

「信じてるよ」信じざるを得ない環境に置かれているしな。「ただ、噂話として世間に出てくるものはあんまり好きじゃないんだ」

「好きじゃないってなんだよ。つまり信じないってことだろ?」

「信じないとまでは言ってないよ。ただ、リアルじゃないんだよな」

「リアルじゃない?」

「あぁ。だって、本当に幽霊の類が見えてる奴がいたとしたって、そいつが噂を流すことで受け取れるメリットってのは無いわけじゃん?」

「なるほど、だからそういった噂は嘘からしか出てこないというわけか」僕の考えを先読みする綱介。

「嘘は金になるからな。見える奴が本当を話したって、それこそ金にでもしない限りデメリットだけだ。霊感がある奴だって人間、余程の馬鹿じゃない限り、多数決の時代、民主主義の時代に自分たちが生きていることぐらい理解してるだろ」

「どうせ握り潰される発言なら、しない方が摩擦も生まないだけマシって訳か。デメリットオンリーなら尚更だ」

 はぁ……。と一息綱介が溜息をつき、僕から目線を逸らす。

「じゃあコイツも嘘っぱちってわけかい。ガッカリだぜ。ちょいとは面白いことになると思ってたのにさあ。季節も季節だ。肝試しのネタとかで使えば絶対盛り上がっただろうに……」

「肝試しで使おうとしてる時点で、お前の信心の底の浅さも丸見えだがな。オカルトの衰退が垣間見えて、時代の物悲しさを感じるよ」

「ったりめえよ。幽霊なんて見えてない奴等からしたら娯楽以上の何物でもねえさ。だからっつって心霊スポットとかわざわざ行く奴等はアホだと思うけどな」綱介は予防線のようなものを張る。

「まぁな、被害の前例が出てるところにわざわざ足を運ぶなんてどうかしてる。そんなことをするのは、よっぽどのアホか、人生に退屈している奴かのどちらかだ」

 窓の外からふっと涼しい風が一筋流れる。

「さあてどうするか。ここまで噂話を毛嫌いする奴に対して、噂話を今から始めようってのも、なんだか詰まらない気がしてきたなあ」

「気にしなくていいから聞かせろよ。湿気と熱気でイライラしてるんだ。涼しくなる可能性が一厘でも残っている限り聞かせろ」

「なんだその一厘ってのは、野球ギャグか? 俺も今度使おう。笑うほどでもないけど、若干知的に見える」

「人がイライラしているときに挙げ足取りはタブーだろ。いいから早く聞かせろって」

「ああ? あぁ……、あれだよ……。先輩の母親のクラスメイトがな、昔クラス全体から苛めを受けて、ここの屋上から飛び降りて自殺したんだよ。んで、そいつの霊障がひでえひでえっつうんで、屋上が封鎖されたって話。だからウチの屋上が立ち入り禁止だっていうオチだよ。閉鎖する前に二、三人事故ったらしいぜ。とにかくやべえんだと。噂だからって間違っても行くなよ。間違いは起こってからじゃ、どうしようもねえからな」

 ――ふむ、そうか。それならこの学校の最上階からゴーストの反応がする説明になるな。やはり勘違いでは無かったか、朝から鬱陶しいのだ。おい明晴。お前の好きな時間でいい、後で昇華させに行くぞ。昨日の奴よりは厄介そうだ。マサカド討伐に必要な基礎の基礎を叩きこんでやる――

 先程まで空気を読んで静かにしていたハセガワさんが、急にベラベラと僕の脳内に意識を投げつける。

 厄介ってなんだよ……。霊障とか喰らうんじゃないだろうな……。

 死んだりしないだろうな……。

「どうした明晴、黙りやがって。シラケたんなら謝るよ。しゃあねえよな、先輩の母ちゃんからっつったって噂は超えない。根も葉もないのは変わらないんだ」

 チャイムが鳴り、三時限目がスタートする。

 僕は先生が到着する前に綱介に無礼を詫びることにした。

「でも、案外本当かもしれないよな」

「は?」

「そういう噂って……」

 汗が冷え、ワイシャツから伸びた僕の両腕は、情けないくらい、万遍なく鳥肌になっていた。


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