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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第二章 ファンクの鼓動
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「おぉ? 起きた?」リビングのドアが開く音に気付き、母さんが僕に話し掛けてくる。

「うん。おはよう母さん」母さんへと朝の挨拶を済ませ、食卓の指定席へと腰を落とす。母さんは朝飯の支度を既に終わらせ、ソファに座り、土曜日のニュースを眺めていた。

「おはよ、いまご飯つけるからね。よいしょ……」ソファから腰を浮かせ、母さんは僕の待つ食卓へと移動する。そして母さんは、そのまま僕の前に逆さまになって置いてある茶碗を片手に、しゃもじで炊飯器からご飯を掬い取る。

 いつも通りの母さんの行動。しかし今日は、何故だか一つの疑問が生まれた。

「母さん、ご飯つけるくらいなら僕でもできるから、これからは朝くらい自分でやろうか?」

「かぁ~。なに言ってんだか、この子は」特に驚いた様子も無く、母さんは山盛りのご飯を僕の前に置いた後、味噌汁の器を手に取り、鍋に向かう。

「いや、ご飯作ってくれるだけでも十分に感謝してるし、折角ゆっくりテレビ見てるところ、動かすのもアレかな~って……」

「母さんの楽しみを取らないの」そう言って、母さんは僕の朝飯の準備を終わらせる。テーブルの上には、ご飯と、焼き鮭と、パック納豆と、大根の味噌汁が並んだ。

「楽しみって……」痩せ我慢だろうか……。

「若いうちは自分の事だけ考えてればいいの。はい、いただきますしなさい」そう言いながら、母さんは朝飯をもう一セット用意し始める。

「なんだよその言い方……。子供じゃないんだから」

「子供でしょうが」母さんは呆れたようにそう言う。

「……いただきます」

「うん、いい子いい子」

 ニッコリと零れるような笑顔を浮かべた母さんを一瞥したのち、僕は焼き鮭に箸を入れていく。

「いただきます」自分の分の朝飯をセッティングし終えた母さんは、呟くようにそう言って、手を合わせる。

「おはよ~……」その時リビングの扉が開き、僕の妹、安倍美雪が姿を現す。目を擦りながらの起床、まったくだらしない。

「お、おはようおはよう!」母さんは美雪のあいさつに応えた後、箸をおいて立ち上がり、もう一度先程と同じ行動を始める。

「眠そうだな、美雪」

「えぇ……? 何? お兄ちゃんの方こそなんかシャキっとしてんね。珍しい……」

「そりゃあ……」あれだけ緊張感MAXで起きたらな……。朝からオバケにびびっていたから、なんて兄の立場上言える訳がないけれど。

「中学二年ともなれば朝くらい制さないといかんのだ」

 僕は、美雪との二年間の人生経験の差を振りかざし、全てを知った様な口調でそう言う。

「お前も来年は中学生なんだから、自己管理くらいしっかりできるようにならないとな!」

「うるさいよ。私と同じくらいの身長のくせに」

「おい待て、違うぞ美雪。僕の身長はクラス内ではしっかり中の上をキープしている。僕は正常だ。異常なのはお前な」

「私だって、好きでデカくなったわけじゃないもん」

 美雪は僕の隣の椅子にどかっと座り、口を尖がらせてそう言う。

「大丈夫よ美雪。お母さんだって、小学六年生ぐらいで身長の伸び止まっちゃったんだから」と、美雪に言葉を返しながら、母さんはもう一セットの朝食の用意を終わらせ、再び自分の椅子に腰を落とす。

「え! お母さん、それホント?」

「ホントもホントよ。もうちょっと高かったらいろいろと便利そうなんだけどねぇ……」

「へへっ……」美雪は狡猾な笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん今の聞いたぁ……? 私もう身長伸びないってさ。まだあるよ……。小動物系女子の道残ってるよ……。セクシー路線からの脱却だよ……」

「いや、それに関しては、正直もうセクシー路線しか残っていないと思うけれど……」止まるとは言ったが、縮むとは言ってないぞ。

「私は可愛い路線がいいんだよ! 女の子は可愛くてナンボでしょ! 綺麗系なんてもう流行らないんだよ……。不二子ちゃんの時代は終わったんだよ……」

「不二子ちゃんの時代は終わってねえよ。大丈夫だ」

「そうよ美雪、不二子ちゃんは日本男児の永遠の憧れよ?」

「そうかなぁ……」美雪はむすっとしながら味噌汁を啜る。

「お兄ちゃんはどうなのさ。可愛い系がいいの? それとも綺麗系?」

「ん~……、どうだろうな。自分で言うのもなんだけど、僕は顔より中身で選ぶ派だからなぁ」

「え。お母さん、お兄ちゃんがなんか言ってる。これが中二病ってやつなの?」

「さぁ……、でも、明晴って言うほど格好つけたりしなくない? だから本気で言ってるんじゃないの? 良い男に育ったわねぇ……」

 箸を咥えながら、母さんをじっと見つめる美雪。

「お父さんはどうなんだろう。お母さんって、可愛い系というよりかは綺麗系っていう感じだよね。不二子ちゃん世代だからかな」

「綺麗系って……。あんたねぇ、考えてもみなさいよ。この歳になって可愛い系を貫ける女なんて、そっちの方がおかしいでしょうが」

「じゃあ、お母さんは可愛い系だったの?」

「さぁね。お父さんにでも訊いてみたら?」

「意地悪だなぁ……。いつ訊けって言うのさ。半年後?」

「一年後かもねぇ~。それ以上かも」

 安倍家の父は銀行員であり、単身赴任が続いている。あまり詳しく訊いたことは無いが、学歴もかなり輝かしく、随分やり手のバンカーらしい。そのおかげで何不自由無く過ごさせていただいているのだ。父にはとても頭が上がらない。

「てか、お母さんどうなの? 友達から聞いたんだけど、単身赴任の夫を持つ妻ってさ、浮気とか多いらしいよ~?」

 美雪が舐め回すような目で母を眺める。

「なによアンタ……。母さんに浮気して欲しいの?」母は実の娘の発言にドン引きしているようだった。

「そんなわけないじゃ~ん。ただの思春期の女子の興味だよ~。ただ、そういう感情が芽生えたりとかってあるのかな~って。宅配便のお兄さんとか……、セールスマンとか! カッコいい男の人もたまにいるでしょ?」

 全くとんだ悪ガキである。

「ん~、いるっちゃいるけど……」

「えぇ! いるの⁉ どうなの! 心が揺れたりとか!」

「んん~……」

 味噌汁を啜り、一呼吸置き、母さんは答える。

「結局、お父さんが一番カッコいいからなぁ……」

 母はうっとりとした目つきで宙を見上げていた。

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