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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第二章 ファンクの鼓動
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「うう……、あ……、ああ……」

 七月四日。その日は、異様な女の呻き声によって目が覚めた。


「あ……、ああ……」

 理由などはない。ただただその声は、僕にとって、どうしようもなく怖いものだった。自らの生命活動を阻害されるような、そんな声だった。

「うう……、あああ……」

 どうしよう……。瞼を開けたくない。現実を見たくない。何故朝からこんな不快な音を聞かなくちゃならない……。僕が何か悪いことでもしたか?

 その考えを起点とし、昨日起こった出来事、起こした出来事を、一つ一つ、瞼を固く閉じたまま思い出す。

 未来人との遭遇。喋るフクロウ。男児の成仏。同居。

 そうだ。昨日は奇妙な出来事ばかりだった……。いろいろと常識や道理にそぐわないことをしたんだ。なにかしらのキックバックはあって当然か。くそっ……。

 ピピピピッ。ピピピピッ。ピピピピッ。

 その時、目覚まし時計が突然甲高い音をたてて、呻き声をいい塩梅に掻き消した。

 ベストタイミング。ありがたい……。今日は土曜日。学校か。

 初めて土曜日に授業があることに感謝した瞬間である。今のこの事態が二年前にでも起きていたら、僕は目覚ましをこの時間にセットしたりはしなかっただろう。

 ありがとう、文部科学省。

 アラームのおかげで時間も割れた。七時ぴったりか。深夜ではないことを知れただけでもかなり大きな一歩だ。少なくとも暗闇に対する恐れはない。

 それに、今気が付いたがこの声……。

 意を決し、両目を力強く開く。呻き声は依然鳴り止むことはない。しかし、もう恐ろしくはない。声が聞こえる方向に視線を向けると、思った通りカーテンが目に入った。カーテンの隙間からは外の光が漏れ出している。そしてこの段階で、僕の恐怖は心配へと変貌を遂げる。

 開いたばかりの瞳を擦り、カーテンの向こう側にあるだろう二つの箱を目指し、よたよたと歩く。

 窓際に近づくにつれ呻き声が次第に大きくなる。

 朝の陽ざしに目を眩まされながらカーテンを一気に開くと、その音量は最大になった。

「ああ……、ううっ……」

「ペペさん。大丈夫ですか?」僕は声の方向を頼りに向かって左側の箱に話し掛ける。

「うう……。ああ……」

 声に変化は無い。

 防音機能でも備わっているのだろうか……。もしそうなら、僕はどうやって彼女にアプローチすればいい……?

 箱を窓際と平行な状態に保ちつつ、ゆっくりと持ち上げ、箱の様子を確認する。

 前の面、上の面、右の面、左の面、下の面に何かしらの交信手段を探す。

 そして、僕から向かって後ろの面に、それはあった。

「自爆ボタン……、じゃないよな……」

 押したら凹みそうな突起。大きさ的に、『ボタン』というよりかは、『ポッチ』という感じではあったが。

「うう……」

 いや、テントといっても仮の住居……。チャイムだ。チャイムの筈。

「ああ……」

 箱から依然鳴り響く怨嗟。迷っていても仕方がない。

 僕は彼女の苦しそうな声に、堪らずポッチを強く押し込む。

 カチッ。

 …………。

 ボタンを押し込む音がしてから、三秒程の間が開いた。

「不発か?」

 もう一度試してみようとポッチを指で探してみるが、既にそれは奥に押し込まれてとても押せる状態には無かった。

 そこに残るは凹みだけ。

「うう……」

 呻き声も止むことは無い。

 もう一方。ハセガワさんの箱も調べてみようと、ペペさんの箱を窓際に置いた瞬間、僕の視界から日差しが遮られる。

「ん?」

「むにゃ……」

 この声。この香り。

 そう、気が付いたらペペさんは僕の目の前に突っ立っていたのだ。

 視線を真っ直ぐに泳がせると、彼女の艶のある唇がはっきりと見える。寝起きのせいか、小さく、ぽかぁっと開いたその口は、どこか幼さを感じる不思議な印象を僕に与えた。

 超至近距離により証明された身長差に、僕の自尊心はズタズタに引き裂かれてしまったが、今はショックを受けている場合ではない。

「ペペさん?」

「ん……、んん?」空色の虹彩が瞼の裏からゆっくりとその姿を覗かせ、追って漆黒の瞳孔が見え始める。

 ギョロギョロと左右に動くペペさんの瞳。

 お恥ずかしながらその高さに僕は居ない。

「あの、大丈夫ですか? うなされてましたけど……」

「んえ?」ペペさんはようやく僕を捉え、言葉を続ける。「うなされてたぁ……? そうだねぇ。なんだか怖い夢を見ていたような……」

 彼女はだらしなく眼を擦りながら、そう話した。

 まだ寝ぼけているようだ。時間移動とやらも大変なんだな……。

「ふわぁぁぁ……」大きく口を開け、欠伸(あくび)を一つ。

「何も異常はないんですね?」

「いじょう? なんのいじょう?」

 かろうじて返答は出来ているものの、既に彼女の(まぶた)は落ち始めていた。

「……起きてます?」

「おきてますー」なんという棒読み。アクセントが単語のどこにもついていないではないか。

「まぁ、夢なら大丈夫でしょう」そう言って僕は右手で彼女の入っていた方、僕から向かって右側のミクロゲルを手に取り、左手で彼女の右手を掴む。

「まだ睡眠時間が足りていないようですし、学校が終わってからでもまた訊きますよ」今日は午前授業だし。

「ん~……」

 意識の有無が解らない状態の彼女の右手に、箱をぎゅっと押し付ける。

「さ、ミクロゲルですよ」

「むにゃ……」わざとらしい程の寝言を漏らしながら、ペペさんはミクロゲルを心臓の位置に持って行く。

「あとじゅっぷんだけ……、だから……」呂律が回らない状態でそれだけ言い残し、彼女の姿は昨晩と同様、余韻も無しにふっと消える。

 

 快晴とまではいかないが、いい具合に天気が良い。雲も多過ぎるわけでもない。まずまずといったところである。

「まぁ、自転車が使えるだけいいか」朝から風を浴びられるだけで十分だ。

 自転車も使えるし、昨日に次ぎ午前授業。ルンルン気分である。朝から変な緊張で精神面はズタボロだが、この分なら回復も時間の問題だろう。

「ふっふ~ん……」漏らすような鼻歌を交えながら、寝巻のまま部屋を出て、階段を下り、リビングへ向かう。


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