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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第一章 舞い降りる災厄
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 黄泉返りという現象は、僕の考えていたそれとは大きく異なっていた。なんでも、三次元空間ばかりを求めていた幽霊たちが、一度『自分が既に死んでいること』を理解するという行動に出たらしい。そして、四次元空間で強力な力を持つ『認識』を発生させ、ほぼ実体と大差のないほど体を濃厚な認識によって三次元に産み落とす、といった作業のようだ。

 まさしく呪いみたいな話だ。それ程の知恵とエネルギーを兼ね備えた強力な霊である平将門を、果たして僕なんかがどうこうできるのだろうか。果てしなく不安である。

「ねえ、母さん。幽霊って信じる?」僕は自宅のリビングでソファに座り、母にそう問いかける。ビスケットをかじりながら、もう一方のソファに寝転び、テレビを眺める母に。

「ゆ~れ~? 信じる信じない以前に、とても時間を無駄にしそうな質問だね。まぁいいけど、お母さん、今ゴロゴロしてるだけだし」

 この程度の質問に、いちいち嫌味を絡ませなくてもいいじゃないか。まったく性格の悪い母だ。遠回しに勉強しろということなのだろうか。

「信じるわよ、お母さんは。だからといって気にもしないけどね」

 まぁ、十分な回答というか、なんというか、というところだった。

「変なこと訊いてないで、適当に勉強もしちゃいなさいよ」

「へいへい……」

 ストレートに勉強しろと来たか。

 しかし、母さんの言う通りだ。解らないことに頭を抱える時間があるならば、少しでも自分が前に進む為の時間に充ててやる方がよっぽど生産性がある。ちゃんとした趣味の一つでもあれば、勉強から逃げる口実にもなるのだろうけれど、生憎僕の趣味は青空を眺めることぐらいだ。そんなもの胸を張って趣味だとも言えない。

 勉強だ。未来への投資。それをしよう。

「さぁて……」

 時間を潰すために淹れた、残り少量となった紅茶を一気に飲み干し、ティーカップと、空になったたこ焼きのパックを、それぞれ仕舞う場所に仕舞い、捨てる場所に捨てる。

「ビスケット、食べ過ぎないようにね、また太るよ」

「ん~」

 そんな会話を残しながら、僕は自分の部屋のある二階へ向かい、階段を上る。

 

 あの後、僕は彼らとの契約を受託した。日常生活にも極度な影響は出ないみたいだし、僕自身、以前から暇を持て余している感も否めなかった為である。勉強もいい加減飽和状態が続いているといった状況だ。当然である。毎日のように暇さえあれば予習復習を欠かさずしているのだから。別に勉強が好きなわけではない。ただの暇つぶしである。それが積み重なった結果、『継続』という形で結果が現れているだけの話だ。趣味が無いというのも、あながち悪いことでもないのかもしれない。正攻法で人生を謳歌していく点においては。

 まぁ、そんな感じにボランティア精神で契約を受託したという訳である。未来からの来訪者が、僕しか頼れる人がいないと言って泣きついて来ているのだ。まったく心が躍らないと言ったら、それは嘘になる。

 

 契約が完了した後はチュートリアルと称し、公園に住み着いていた男児の霊の昇華を強要させられた。と言っても、今僕の鞄の中に入っている朱色の数珠、ハート・ビーヅでビンタしただけなのだが。

 無論僕に霊感と呼べるものは無い。ペペさんからサングラスのようなものを借りて霊を視認したのだ。そのことについてもっと驚いても良かったと今となっては思う。ずうっと訳の解らないことを聞かされ感覚が麻痺していたのか、僕の生まれて初めての霊の視認はとても淡白な反応に終わった。

 男児の霊は、終始ジャングルジムに登っては飛び降りて、登っては飛び降りてを繰り返していた。それはとても異様な光景であり、昇華に対する躊躇を僕の中に生み出すには十分なものだった。

 もっといい成仏の仕方はないのだろうか。母と出逢えることが出来れば、それは最高の成仏になるのではないだろうか。そんなことを考えた。

 しかし、ペペさんはそんな僕に対し、こう囁くのだった。

「この子がこの世で幸せになる道は、事故死を遂げた時点でもう残されちゃいないんだ。たとえこの子の母を捜し、出逢わせたところで、それに意味は無いんだよ。なぜならこの子が今ここを彷徨っていることに利用している『認識』は、ただただ『遊びを続けること』だけなんだから。遊びの最中に死んだんだ。当然っちゃ当然だよね。今ここで君が昇華させてあげないと、このジャングルジムでの玉突き事故が多発するだけだよ。訪れる子供たちに対して、『遊び』とかこつけて、背中を押したり、服を引っ張ったりもきっとする。普通に過ごしていれば大したことない影響かもしれない。でもそれが最悪のタイミングで訪れたら?」

 ペペさんは最後に、小さな声で呟く。

「彼らはどうしようもなく危険なんだ。幸せにしてあげてよ」

 それを聞いて、僕はすんなりと男児の頬を数珠でビンタすることが出来た。「馬鹿野郎」と呟きながらだったが。

 それを見たハセガワさんが、「ファンキー……」と呟いたことについては全く意味が解らなかったが。


 傍から見たら、かなりおかしい集団だったろうな……。いや、傍から見たら二人だから、集団とはならないか。

 若干の人影も感じたけれど……。

 誰にも見られていないといいが……。

 

 その後は、「また頼む」とだけ二人? から告げられ、すんなりと別れた。


 安請け合いし過ぎただろうか。あんな胸糞悪いことを定期的に続けるとなると、精神面での負荷が恐ろしい。

 僕にメリットは全くと言っていいほどないし。まぁ、それがボランティアってやつなんだろうが。

 

 大きな溜息をひとつつきながら、部屋の扉を開ける。

「やっぽ~! 明っ晴ぅ! 待ってたよぉ~!」

「待ちわびたぞ、ファンクの鼓動を持つ少年」

 扉を力強く閉める。

「明晴~? 誰か居るの~?」

 母が異常に気が付いたのか、大声で僕に問いかける。

「あ~、ごめん! ラジオだよ! 間違えて音量を特大にしちゃったんだ! いっけね~! いっけね~!」

「気を付けなさいよ~!」

「は~い!」

 随分と早い再会じゃないか……。住居の不法侵入は未来では合法なのか?

 扉を一瞬だけ開き、体を部屋内にねじ込み、再び勢いよく閉める。

「ふ~……」一呼吸。

「あの、なんで僕の部屋にいるんですか? 公園に未来のテントだかを張って、住み着くって言ってませんでしたっけ?」正座で僕の帰りを今か今かと待っていたであろう二人に、そう僕は話を切り出した。

「いや~、やっぱ屋外ってのは慣れなくって。それに子供とはいえ、ゴーストを一体人の手で送ったんだ。なにが起こるか解らないし、傍に居ようと思って」ペペさんがにっこりと笑う。

 何かが起こるかもしれないのか……。保険的な意味合いとして受け取っておくか。

「それはありがたいですけど。僕の部屋、見ての通りそんなに広くもないですよ?」

 ベッドだって一つしかないし、布団なんか敷いていたら、それこそ母さんに怪しまれる。

「無断で人を泊めるわけにもいきませんしね。他を当たってくださいよ」

「心配ご無用。ここで未来のテントを広げればいい」

 ハセガワさんはそう言って、ポシェットから五センチ四方程の大きさをした立方体を取り出す。

「なんですか、それ?」

「これが未来のテントである。通称ミクロゲル。これなら場所も取るまい。無くさなければ問題は無いから……、そうだな、その勉強机の引き出しにでも、私とペペの分を二つ入れておいてくれ」

 ゲル。モンゴルでいうテントみたいなものだったか……。

「……体を小さくして入るんですか?」

「まぁ、そういった感じだ」

「へぇ……」便利なもんだ。

 それしかコメントが思いつかない時点で、かなり思考を毒されているような気がしないでもないが。

「まぁ、場所取らないんだったら問題はないかな……」

「ありがとう明晴!」ペペさんがまた抱き付いてくる。

「いいですから。できるだけ静かにしてくださいよ」

「はぁ~い」「了解した」彼女らは小声でそう答える。

 で、どうしよう。勉強する予定だったのだが。

「じゃあ、とりあえずテントの中に入っててくれませんか? 僕も勉強がしたいので……」

「あぁ、おっけ。私達も時間移動で疲れてるし、都合がいいよ。ハセガワは食糧を取りに一回余分に移動しているしね」

「まったくだ。おっちょこちょいめ」

「へへへ。それじゃ、ゲルの中で一眠りするよ。入ったらハセガワが言った通り机の中にでも仕舞ってね」

「いや、窓際とかにしときますよ」

 机の中じゃ息苦しそうだ。

「あ、そう? じゃあ、そこは任せるよ! それじゃ……」

 ペペさんとハセガワさんが、その小さなキューブを心臓の場所に近づける。まぁ、フクロウの心臓の場所なんて知らないけれど。

「おやすみ~」「いい夢を」

 それだけ言い残し一人と一羽は姿を消した。エフェクトとしては、漫画とかでよく見る吸い込まれる感じのものを想像していたが、実際は蒸発でもしたかのように、ふっと姿が見えなくなるだけだった。


 ルービックキューブ程の小さな二つの箱が、フローリングの上に落下する。本当に中に入ったのか確認するために箱をゆすろうかとも考えたが、それの行動はモラルによって阻止された。

 部屋の中が急に静かになる。

 僕はおもむろにそれらを拾い、窓際に優しく置いてやった。

 窓の外は、夕暮れが天文町を包み込んでいく最中だった。


 今必死に考えても仕方がない。なるようになるだろう。


 夕焼けを眺めながら、伸びを一つ。

「よし、勉強するか」

 勉強しよう。


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