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人形  作者: 香山
1:目覚め
4/4

「もしもし――――」

 私の言葉を遮るように、スピーカーから高い声が響いてくる。

「絢子? 絢子なのね。大丈夫? よかった! LINEも返さないし、どうしてるかと――――」

「ありがとう」

 短く答える。叶絵は大学入学当初からの友達である。友達の身を案じ、冷や汗を浮かべて電話をかける叶絵の姿が、私には容易に想像できた。


「心配してくれて……。えーと、家にいるの。もう出ようかと思ってるけど、さっきこの騒ぎを知ってね」

「うそ、大変」

 息をのむ気配がする。叶絵にとって私は、大勢の友達の1人なのかもしれないが、私にとっては数少ない信頼できる友達だった。地方から上京し、大学近くのアパートに下宿している彼女は、東京育ちの人間とは一線を画する雰囲気があった。叶絵は、他の人たちが気恥ずかしいと思うような親切を、いつもあっけからんとこなしてしまう。交友関係を広げるのが苦手な私が、大学でそこそこ居心地よく過ごせているのは、叶絵が輪の中に引っ張り込んでくれたおかげだった。

 しかし、そんな信頼感、好意はあるにせよ、彼女と相対した時に起きる気まずさはごまかしようがなかった。こちらが身構える前に、懐に入り込んできてしまう人懐っこさは、私のような人間にはありがたい反面、時に恐怖だった。彼女の親切に応えるには、私はあまりに親切心が欠けていたし、それに気付かれるのが嫌だった。


「私もまだ、絢子や、他の子も、ちょっと心配でうろうろしたりして、避難できてなくてね。もう、ほとんどの人が避難したとは思うけど」

 叶絵の声は平静を装いつつも取り乱している。もっと早く連絡を返してあげるべきだった、と悔やまざるをえなかった。叶絵の声には決定的な響きがあり、一連の騒動に現実味を加えるなにかがある。

 私は、改めて隣家を見上げる。ほとんどの人、の中に、この山中さんは入っているのだろうか?

「何が起こったのか、簡単に説明してくれない? 私まだなんにも知らなくて……」

 私が言うと、叶絵はしばらく黙った。

 やがて、話しだした。


「そうなった原因は分からないの……。今は、報道機関もパニックになってるみたい。ただ、最初は水道水を伝って、人間のもとにやってきたらしいわ。それをどう呼んでいいのか分からないけど、要するに赤い虫のようなもの。それが、どんどん湧いてくる……」

 暗闇の中で、なにか物音が聞こえたような気がした。

 そちらに注意を向けようとしたが、叶絵の声がそれを打ち消した。


「あいつらは単体では生きていけないから、生き延びようとする。人に寄生するの」

「寄生?」

 予想もしなかった説明に、思わず聞き返した。叶絵が注意深く、「そう」と答える。

「それもおそらく脳に。寄生された人は必ず数十分以内に異常が出て、言動がおかしくなる。私も何人かとすれ違ったけど、……なんていうか、本能に忠実になるの。なんでそうなるかは分からないけど、とにかく、そうなった人がいたら近寄らないほうがいいわ。距離をとって、逃げるの」

「危害があるってこと?」

「そう言えるかな……。私からみたら、寄生された人は、もう人間じゃないみたいで……。それに、虫は人から人へ転移して、どんどん卵を産み付けていくわ」

 およそ信じられる話ではなかった。しかし、LINEの「バスで、変な乗客がいる」という一文を、思い出した。ともかく、なんらかの寄生虫のようなものが人の脳をのっとり、人格に影響を与えているというのは間違いないようだ。


 私が次の質問を投げかけようとしたとき、今度こそはっきりと物音が聞こえた。


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