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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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王子様の贈り物

こんにちは。読んでくださってありがとございます。

 リルティはマッサージのせいか血色も良く、輝くような白い肌がピンクに染まって初々しい花嫁そのものだった。迎えに来たジュリアスは、扉を握ったまま動かず後ろに控えていたトーマスに「ジュリアス様?」と訝し気に呼ばれるほど放心してしていて、グレイスの咳払いでやっとリルティに近寄った。。


「アス――」


 ゴットホルト王国の結婚式は、花婿が花嫁を迎えに行く。神殿に行くまでに豊穣の神に酒を捧げ花冠を、水の神に歌を捧げてベールを受け取るのだ。もちろん、花冠もベールも先に人が用意しているのだが、それは昔から変わらない風習だった。


「こんな時期に――。しかもこんな色の薔薇の花は見たことがないわ」


 美しい薔薇の花冠をジュリアスはリルティの頭に乗せて満足げに頷いた。


「秘密の温室があるんだ」


 少しオレンジ掛かったピンクの花は、光源によっては黄色に見えたり白く見えたりする新種のものだ。薔薇にしては小ぶりで、見るものに豪華というよりも可憐な印象を与える。


「可愛いわ」


 緊張して少し強張っていたリルティの顔が少し和らいで、ジュリアスはそれだけでこの花を作ってよかったと思った。この薔薇は、ジュリアスがリルティをイメージして作っていた新作なのである。ゲルトルード曰く「凝り性」なジュリアスは、薔薇の花をそれこそ何年も前から育てていた。小さなリルティを花嫁にしたいと決めた時から、時間がある限り薔薇を専門に作っている庭師を師匠に土にまみれるのはライフワークといってもいい。王宮が攻撃された時に駄目になったかと思ったが、温室は何とか無事だったのだ。


「良かった、気にいってもらえて」


 手袋をはめた指にそっと口付けると、リルティの頬が薔薇と同じ色にうっすらと色づいた。


 王宮の神殿の横には、豊穣の神とされる大木と水の神とされる泉があって、花嫁と花婿、花嫁のドレスの裾をもつ女の子二人と付き添いの女性(グレイスが志願した)だけが動いているようだった。


「人が誰もいないわね」

「そうだね、中々こんな光景は見ることがないな」


 結婚式だといっても勿論国を上げてのもので、今日はどの地域でもお祝いに沸き立っているはずだった。

 動くもののいない王宮というのは、少しだけリルティには心細く思えて、ジュリアスの袖を引いた。


「どうしたの?」

「人がいない王宮なんて――夢の中かしらと思って・・・・・・。アス、私夢をみているのかしら?」


 クスクスと小さな女子たちが笑い声を上げたので振り返ると、「リルティ様、私たちがいます」とリルティは諭されてしまった。


「そ、そうね。大人なのに、駄目ね」

「リルは、記憶喪失になって戻らなかった思い出もあるから、不安になるのは仕方がない――」


 ジュリアスは、突然ギュッとリルティを抱きしめた。


「アス?」

「俺だって不安だ。でも抱きしめていたら、リルの体温を感じている間だけは・・・・・・、リルが側にいるって安心できるんだ」


 リルティがジュリアスの顔を見上げると、嬉しそうなそれでいて少し困ったような顔をしてジュリアスが呟いた。


「私も、安心だわ」


 ジュリアスの身体はリルティよりも少し熱くて、寒くなり始めているこの時期にはずっと寄り添っていたくなる。


「さぁ、皆さまがお待ちですし、私たちは寒いので早く参りましょう」


 グレイスは、そう言って二人を促した。


 泉の前で祈りを捧げると、その側に用意されていたベールの箱をグレイスが捧げもって、ジュリアスの前に差し出した。


「どうぞ、ジュリアス様」

「ありがとう、グレイス――。・・・・・・ずっと感謝している」


 小さな時から乳母としてジュリアスを育ててくれたのはグレイスだった。母であるシェイラのことも尊敬はしているが、やはりグレイスには感謝の念しか湧かない。ジュリアスが頼んだからだけではない愛情を持って、リルティを優しく厳しく導いてくれた。

 リルティと一緒になれるのはグレイスのお蔭といってもいいくらいだった。


「ジュリアス様・・・・・・。もう二度とリルティ様を手放してはいけませんよ」


 泉の神の啓示のようにジュリアスは感じた。


「勿論だ。これからもよろしく頼む」

「はい。リルティ様、とてもお似合いです。ジュリアス様のこと、お願いいたします」

「グレイス――」


 リルティが感極まって泣きそうになるのを、ジュリアスは額に口付けることで何とか防いだ。


「ジュリアス殿下は、何かと理由をつけてますが、リルティ様に口付けしたいだけですのね」


 まだ十歳を超えたくらいの少女に言われて、ジュリアスは少しだけ眉を上げた。


「そうだが、何か問題でも――?」

「お兄様に聞いていたのと違うと・・・・・・思っただけですわ」

「リルティ、この前紹介したマルクスの妹達だ。双子らしい」


 幼馴染のマルクスの妹は可愛らしいと聞いていたのに、こちらこそ聞いていたのと違うとジュリアスは思ったが、何とか口に出さずにすんだ。


「まぁ、マルクス様の――」

「ええ、ご挨拶の時に言おうかどうか迷ったのですが・・・・・・」


 二人は双子とはいうものの性格が違うからだろうか、姉妹にはみえたが双子には見えなかった。


「さぁさぁ。ミリア様、マリア様裾が汚れないようにしっかりともってくださいませ」


「「はい、グレイス様」」


 ニッコリと笑うと、やはり似ているとリルティは思った。


 ベールは、花冠で止められているが、風が吹けば飛んでいくくらいに繊細なものだった。重なったところは見えないが、顔の部分を隠している前面は誰がそこにいるかくらいはわかるほど薄くて、軽い。


「ベール、素敵だわ」

「気にいってもらえたなら嬉しい。アルハーツ国で見つけた職人に頼んだんだ」

「良く間に合ったわね」


 自分の国ならともかくよその国に発注したとしたら、一年もない準備期間でよくできたと感心する出来栄えだった。


「ベールはサイズがないから・・・・・・アルハーツ国にいる時に作ったんだ。リルに似合うと思って」

「え、アルハーツ国にいるときって」

「・・・・・・ジュリアス様・・・・・・」


 グレイスの言ってしまったのかという責めるような声に、ジュリアスは苦笑する。リルティにこの王宮で出会う前のことだからだ。


「リルは俺の顔を覚えてなかったけど、俺は覚えてた。会うことも名前を出して手紙を出すことも許されなかったけど、何故だか、リルは絶対に俺のお嫁さんになると疑うこともなかった。リルが故郷にいたなら、もう婚約者くらいはいたかもしれないけど」

「叔父様が呼んでくれたの」

「テオは、俺がリルのことを好きなのを知っていたからな。幸運の神様に愛されている男に応援されていたんだ。成功しないわけがない」

「叔父様は何も言わなかったわ」

「もし――、婚約者がいても・・・・・・俺はリルを諦めたりしなかった」


 ジュリアスの想いの深さを知って、リルティは驚きに瞳を瞬かせた。

 グレイスのげんなりとした顔からは、ジュリアスの執着の凄まじさに呆れているのだと双子は気付いた。


「・・・・・・アス、ありがとう。ベール、一生大切にするわ」


 グレイスは、ジュリアスの重すぎる想いを普通に受け止めてくれるリルティが相手で良かったと、神に感謝せずにはいられなかった。


 神殿の大扉の前に立ち、ジュリアスはリルティの手を握りしめた。


「リル、皆が待っている――」

「ええ、行きましょう」


 リルティがベールの向こうでフワリと微笑んだのをジュリアスは感じた。

 長い、長すぎる想いがやっと叶うのだとジュリアスは扉を押し開いた――。

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