歌を歌うお姫様
こんばんわ。読んでくださってありがとうございます。
「何もこんな冬に結婚式をする必要はないとおもうのよ」
メリッサの言葉にゲルトルードが頷く。
「そうよね。いくら自分たちはアツアツでホカホカだからって、周りに求めるのはどうかと思う」
「ご、ごめんなさい――」
いたたまれなくて、リルティは思わず謝ったが、文句を言っている二人は本当に怒っているのかと聞きたくなるくらいの笑顔に艶やかなドレスが眩しいくらいだった。
「リル、そこは熱くてごめんなさいって謝らないと――」
「惚気ていいのよ」
二人は勝手なことを言う。
リルティは、本日、何度目かになる溜息を吐いた。
「リルティ様、花嫁様がそんな溜息なんて吐いたら駄目ですよ。幸せが逃げていきますよ」
「アンナ・・・・・・。何故かしら、今日はアンナとメリッサとトゥルーデしか見ていないのだけど」
「そろそろ美容部員がやってくるわよ」
朝からジュリアスの離宮は誰もいないのだ。
「お父様達も朝にはいなかったわ」
久しぶりに会った父や母、兄だけは領地を護るために残っているが他は総出でやってきて、離宮に泊まっていたのに、朝になって、目が醒めたら誰もいなくなっていのだ。家族がやって来た日からジュリアスは王宮のシェイラ様のところにいて、一日に何度かしか会うことが出来なかった。結婚式のために来てくれた沢山の祝い客をもてなすのに精一杯だったけれど、ずっと側にいてくれたジュリアスがいないのが少しだけ寂しいのだ。
「皆さま、今日の準備にお忙しいのですわ」
それなのに自分だけがこうやってメリッサとゲルトルードとお茶を飲んでいるというのが、リルティには居たたまれないのだ。いっそ忙しくて仕方がないというほうがリルティの性にはあっている。
「ジュリアス様、どんな技を使ったのかしら? まさかこんなに早く結婚出来ると思ってなかったわ。どんなに急いでも春かなって」
「私もそう思うわ・・・・・・」
ジュリアスと結婚出来るのは嬉しかったが、王族の結婚としては異例の速さだということをリルティでもわかっていた。普通なら一年は準備にかかるはずなのだ。
リルティには内緒で進めていたウェディングドレスだが、あれが仕上がったのはつい最近で、それだけでもどれだけジュリアスが綿密に計画を立てていたかわかるというものだ。神殿に許可をもらって直ぐにとジュリアスは息巻いていたが、収穫祭の間際の時期だったこともあり、リルティは人の迷惑になるから嫌だときっぱりと断った。普段は戸惑いながらも反対しないリルティが酷く冷静な目でジュリアスを見て、『何を馬鹿なことを――』と言わんばかりの態度だったため、ジュリアスは目に見えて落ち込んでしまった。
リルティが、この国の冬は雪も少ないし人の迷惑にならないなら、そちらのほうがいいんじゃないかと提案したところジュリアスは何とか浮上したのだった。
そんなジュリアスが少しだけ可愛いと思ったのは内緒のことだけれど。
「リルが命を取り留めた時から、色々計画は進んでたのよ」
ゲルトルードは、リルティの側付きという位置にいるが、ジュリアスの直属でもある。
「記憶がもどらなかったらどうするつもりだったの?」
メリッサが、苦いものでも食べたような顔で訊ねる。
「それでも、リルを自分の妻にしたかったんでしょう――」
ニヤニヤと笑うゲルトルードだが、ジュリアスがリルティには見えない影で自分のせいでリルティを苦しめたと酷く後悔していることを知っている。
「リルは・・・・・・それでよかったの?」
もうメリッサだって、リルティがジュリアスを愛していることを知っている。それでも訊ねずにいられなかったのは、自分だったら許せないだろうと思っていたからだ。リルティはメリッサが知る人間の中でも驚くほど懐が深い。だからこそ、幸せになって欲しいのだ。
「ええ――」
リルティはそれ以上は言わなかった。それでもきっぱりと迷いのない口調だったから、メリッサは、「ごちそうさま」とお道化たのだった。
「リル、神殿の子供達に歌を教えているんですって――?」
「そうなのよ。リルは、子供達に慕われているから、帰るときが大変なのよ」
「教えてると偉そうに言えるほどのことは知らないのだけど。私の領地のコーラス隊は有名なのよ。神殿にとても上手な先生がいらっしゃって、私も小さな頃からずっと歌ってきたから・・・・・・」
王都の神殿でも孤児の子供達がいることをリルティは知っている。仕事があるのでそう頻繁にはいけないのだが、王都に来たときから何度もボランティアをしているので実は顔見知りが王宮よりも多かった。
ボランティアでは、煮炊きやお菓子作りなどを手伝ったりしていたので歌を教え始めたのはここ最近のことだ。ジュリアスが、折角なのだから教えて上げてと言うので、久しぶりに歌うと、子供達が喜んでくれたので神官の許しを得て、週に何度か教えに行っているのだ。
「ねぇ、少しだけ歌って――。私、リルの歌は鼻歌しか聞いたことがないわ」
「・・・・・・今?」
「ちょっとだけ――」
「メリッサは言い出したらきかないから、リル少しだけ歌ってあげたら?」
「私も聞きたいですわ」
アンナまでが顔を輝かせて、リルティに詰め寄るものだから、リルティは「少しだけね」と歌い始めた。リルティの発声は、喉ではなくお腹の底から。元々肺活量は多くて、高い音も途切れることはない。主旋律を歌い始めると、知っている歌だったからかメリッサとゲルトルードも一緒に歌い始めた。
「素晴らしいですわ」
アンナの称賛を受けて、リルティは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「リルの声って、凄く聞きやすいわ」
「高音も擦れないし、声量もあるし――。神殿の歌姫にだってなれたでしょうに――」
三人の賛辞にリルティは、「そんなに言ってもらえて、幸せだわ」と笑った。
実際故郷では、神殿の歌姫の話がなかったわけではない。けれど、王都に来てジェフリーに会いたいという気持ちもあったし、同じように歌姫の候補になったのは一緒に育った孤児の女の子だったのだ。リルティは、その子を押しのけて歌姫になるには、優しすぎた。
「そろそろ時間ですわね」
ここ最近は、毎日美容部員と言われる王族の女性達をいかに美しくするかという使命に燃えた人々にリルティは磨き上げられていた。その繊細力強い腕前にリルティは何度意識を失ったかわからない(気持ちよすぎて)。
時間ぴったりに現れた五人は皆女性だ。
「リルティ様、今日の良き日に携われましたことを私どもは誇りに思います」
その中には、リルティが侍女をしている間に親しくしていた女性もいる。色々思うところはあるだろうけれど、彼女達のプロとしての意識の高さは、リルティに居心地の悪い思いをさせることはなかった。
「ありがとう――」
リルティの感謝の言葉を号令に「さあやるわよ!」と美容部員は本気の腕まくりをして、リルティに微笑みかけた。微笑んでいるというのに、まるで今から獲物をどう調理しようかと舌なめずりする肉食獣を前にしたかのようにリルティは足が竦んだ。
「お手柔らかにお願いいたしますわね」
アンナが、リルティの怯えを感じたのかそう代弁してくれたが、「まかせてくださいませ」と勢いよく返されて、アンナとメリッサは手を振った。ゲルトルードは、護衛も兼ねているので、どんな時でもリルティの側を離れることはない。
絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたのは、それからしばらくたった後のことだった。