王子様の特権
こんにちは。いつも読んでくださってありがとうございます。
目まぐるしく日は過ぎた。リルティがジュリアスの妃になるための支度は、ジュリアスとゲルトルードが嬉々として行っていたし、勉強についてはグレイスとシェイラが名乗りを上げて教師を務めた。
リルティの実家のレイスウィード男爵家も古くからある家系であったが領地に重きをおく貴族だったこともあり、テオが自身の父親の跡継ぎとして戻り、グレンハーズ伯爵家が後見となることになった。元々父親には、グレンハーズに戻れとは言われてたので『リルティの後見になるためだったらもどってもいいかも』と軽く言ってみたら、あっという間に『テオ』が『テオバルト』になり、グレンハーズの後継者となってしまった。
「まぁいいけど――」
今更、兄や兄の家族への気持ちが名前ごときで変わるとも思っていなかったので、父親が一月半という速さで国王からの許しやレイスウィード家への根回しを終えてテオを後継者にしたときは、多少は驚いたが笑っていられた。
それからテオには後悔の毎日が始まった。父親がお見合いの相手を見繕ってくるからだった。そうだった、貴族の継嗣には世継ぎ問題とかがあったのをテオは忘れていたのだった。
「叔父様、大丈夫?」
すっかり体調もよくなったリルティは、ジュリアスとの仲の良さが顔に表れていて、テオが今まで見たなかでも飛び切りの可愛らしさだった。
「リル、ああ――。親父があんな風になるなんて、思ってもみなかったけどね」
テオの父親は浮気が原因で母と別れたと聞いていたが、マメな男だった。テオが嫌がるので、極力近寄らないようにはしてくれていたようで、テオが後を継いでもいいと言った後は、毎日のように息子を構いにくるのである。
「優しそうな方よね」
そう、父親は優しかった。そして、困ったことに『何でもしてあげたくなる』タイプの人間だった。浮気は、そう、肉食女子に喰われていたのだと気が付いた。
だからといって父親に非がないわけではない。黙って喰われている時点で母にすれば同罪だろう。そして父と関係をもった女達が季節の便りのように訪れるのに疲れて、実家に戻り、その後に誠実であると評判だったリルティの祖父の後添いとしてレイスウィード家に入ったのだった。
「まぁ、優しさだけでは男は駄目ってことだ。その点、ジュリアス様はリルには優しいけど、他には厳しいから大丈夫だろう」
ジュリアスは、反乱が終結したことで自分を偽ることは止めると決めたらしい。
「でも私にも厳しいのよ。昨日だって、アルハーツ国の産業について教えてもらっていたんだけど、中々おぼえられなくて、イライラさせてしまったわ」
リルティは、あまり器用ではなかった。指先は器用なほうだけれど、覚えろと言われると全部覚えようとしてしまうのだ。
「ジュリアス様がリルにイライラなんてするわけがないだろう」
「だって、眉間に皺が寄っていたわ。何回も咳をして、イライラしていたのが喉にきたのかしら・・・・・・」
「ちなみに、何回ジュリアス様に『凄いわ、ジュリアス様』っていったの?」
テオは見ていたのだろうかと、リルティは訝し気に見つめた。因みに人前ではジュリアスのことは『ジュリアス様』と呼んでいる。
「覗いてないよ」
「だって、本当にジュリアス様は凄いのよ。これから王子として外交を主にするって言ってたけれど、あの記憶力の良さと説明の丁寧さは、もって生まれたものなのかしら」
尊敬の眼差しでリルティが『凄いわ、ジュリアス様』と言えば、ジュリアスもにやけそうになるのを堪えて眉間に皺くらい寄るだろう。その口を塞いでやりたいと思って、我にかえれば咳だって出るだろう。
テオは少しだけジュリアスが不憫に思えた。
「ダニエル様が宰相閣下の元に戻っていらして、本当に良かったね。ジュリアス様は宰相に向いているけどあまり好きではないようだし」
ダニエルは、宰相とリリーマリージュの息子でセージの父親だった。
「ええ、本当に」
テオは知らないことだが、シェイラが名前を変えて国内を探っていたように、ダニエルも妻と息子を連れて家を出た後で同じように裏で働いていたらしい。どうしても家を継ぐことに納得できなかったダニエルだけれど、セージを後継にしたいと願った父親の気持ちを汲んで、帰って来たのだそうだ。さっそく働かされていて、その辣腕ぶりは、宰相と血が繋がっていないとは思えないほどだった。家を継ぐことはないかもしれないけれど、宰相は継がされるだろうなとジュリアスが言っていたが、リルティはそれをテオにだって言えない。
「リル、実家には帰らないの?」
「迷ったのだけれど・・・・・・時間がないから、結婚してから一度帰ろうと思っているの」
懐かしい家を想うと、自然と嬉しさがこみ上げてくる。
「ああ、ジュリアス様も一緒にね?」
「ええ、だって初めてジュリアスと出会った場所でしょ。一緒に行きたいって言ってくれて――」
リルティを一人で行かせるのが嫌だったからだなと、テオは思う。
「俺も一緒に里帰りしようかな」
「本当に? 嬉しい、叔父様と帰ったら、皆総出で迎えてくれるわね」
意地悪のつもりで言ったのに、リルティは気付かない。二人が三人になることなんて何とも思っていないのだ。テオは軽く放り出されるだろう、馬車から――。
「嘘、止めとく」
「どうして――。一緒に帰りましょうよ」
一緒に帰ると精神力とかがゴリゴリ削られそうな気がするテオは、笑いながら「また今度、一緒に行こう」と拗ねる姪の頭を撫でて帰っていった。
「今日はテオが来ていたんだって?」
リルティのスケジュールは隙間すらないくらいみっちりと埋まっているので、午後のお茶の時間は友人達が訪れることが多い。夕方に帰って来たジュリアスは、迎えてくれたリルティをそっと抱きしめて、頬に口付けながら訊ねた。
「ええ、最近忙しかったでしょう。やっと時間がとれたって」
「テオの家には今リルティの兄上が来ているのに、兄上は来なかったの?」
「お兄様は、それどころじゃないんですって――」
花を見ては、詩を書いて、夜空を眺めては歌を口遊んでいるそうだ。リルティの次兄であるアンディは、テオのお祝いにやってきたロクサーヌに一目ぼれをして、今は恋に翻弄される憐れな詩人なのだそうだ。
「普段経理をしていると聞いたんだが、そんな才能もあったのか」
「・・・・・・ある意味才能かもしれないわ――」
可哀想な才能が――。いや、捧げられるロクサーヌが一番の被害者だろうか。きっぱり無視をしてくれてもいいと思うくらいアンディの詩は壊滅的なのだ。
「そうか。リル、結婚式まで後十日だね」
「長かったような気がするわ」
ジュリアスのカウントダウンが始まってもう九十回ほど数は進んだ。
「ウェディングドレスの直しは終わった?」
「アスが、毎日お土産を持って帰ってくるから・・・・・・」
毎日毎日美味しそうな、いや美味しいお菓子や果物を持って帰ってくるので、痩せていたリルティが元に戻ったのは仕方のないことだろう。もしかすると増えているかもしれない。
「リルの滑らかな頬を堪能させてくれるなら、俺は毎日だってお菓子屋さんに通うよ」
「そのうちどこが胸かお腹かわからなくなるんだから――」
ただでさえささやかな胸なのに、お腹が進出してくればズドンと大木のようになってしまうだろう。
「それはそれで抱き心地がいいと思うけど、リルが嫌ならもうしばらく買ってこないよ」
ジュリアスが握っていた手を解いて、リルティの頬を撫でた。
「嫌なわけじゃないけれど――ただでさえ、平凡な私が・・・・・・」
「リルは平凡じゃない――。ほら、俺の瞳にリルが映っているだろう? どんな天使に見える?」
「見えないわ――」
「それはリルが目を閉じているからだよ、ほら、俺の目を見て――」
真っ赤になって俯いたリルティの頬から顎に手を滑らせて顔を上げさせると、リルティはやはり恥ずかしいといって目を閉じた。
「リル、目を閉じたら・・・・・・王子様はお姫様に口付けする権利があるって、この前教えたのに――」
「それは絵本の話でしょう?」
「いいや、王子に生まれて唯一の特権だから、それは認めないよ」
「でも私はお姫様じゃないわ・・・・・・」
クスリとジュリアスが笑うから、何がおかしいのかとリルティは目を開けた。視線の先と思っていた場所ではなく、ジュリアスの顔はもっと側にあった。
「俺にとって、お姫様は昔からリルだけなのに――」
ジュリアスの言葉は真摯な響きで、だからリルティは笑うことも茶かすこともできずに、受け入れるしかないのだった。
「アンディ兄様、アスに弟子入りしたらいいと思うわ――」
何度も訪れる唇の合間に、リルティは不憫な兄を思って、そう呟いたのだった。
そろそろですね~。はい、イチャイチャしてます。書きながら笑えて笑えて仕方ないのですが、皆さま大丈夫でしょうか。幸せオーラ全開で頑張ります☆