ある騎士とある侍女の考察
こんにちは。今日のお話しは、リルティ達を見守る人達のものです。
「あっ! リル!」
メリッサが走って行こうとするのを、アレクシスは言葉なくとめ、首を横に振った。
「だめよ、ほら、今出て行ったらジュリアス様に殺されるわ」
逃げようとしたリルティを捕まえたジュリアスがリルティを抱きしめているのを、バルコニーの影から見ていたのは五人。一緒に来た三人にライアンとミッテンを加えて、どうなるのかとハラハラしながら見つめていた。
「トゥルーデ! あなたそんな落ち着いているけど」
「メリッサ、ジュリアス様はリルのことをずっと想ってきたのよ。メリッサにしたら信用できないかもしれないけれど――」
「リルをあんなに悲しませて、想ってきたなんて、詭弁だわ」
メリッサの顔には怒りがあった。どれだけリルティが苦しんでいたか、一番側で見てきたのは自分だという自負がメリッサにはあった。
「あ、跪いた――」
ライアンの驚きの声に、二人の意識はリルティに戻った。
「求婚しているようですね」
ミッテンの声に、ライアンはため息を吐いた。
「まだしていなかったのか」
「ジュリアス様は、何気にムードとかタイミングとか気にするタイプですよ」
ゲルトルードの言葉は誰のことを言っているのかわからないくらいジュリアスに相応しくない。
「タイミングとしては――遅すぎじゃないか」
「リルに関しては、奥手なんですよ」
「トゥルーデ、お前が誰のことを話しているのか私にはわからないよ」
「ライアン様はジュリアス様のことを色眼鏡で見過ぎだと思いますよ。出来た弟だと思いすぎなんです」
ライアンとゲルトルードは立場も違うからジュリアスに対する見方も違うのだろう。
「抱き上げてどこかへ連れて行くようですね」
「リル!」
アレクシスはメリッサを留めて、「駄目です、リルティ様とジュリアス様は二人だけで話し合ったほうがいい」と諭すように告げた。メリッサの瞳がきつい光でアレクシスを睨む。そんな顔のメリッサを見たことがなかったアレクシスは驚きながらも楽しそうに笑った。
「メリッサ、今日は私のパートナーなんだって覚えていますか?」
「でもっ、リルが――」
「大丈夫ですよ、ゲルトルードさんが見に行く気満々ですから。それに・・・・・・私だってジュリアス様のことはよく存じ上げていますが、あんな必死なあの方を見たことはありません」
普段それほど喋らないアレクシスが自分を説得するのをメリッサは不思議に思った。
この人はこんな風に笑うのか――。
メリッサが、アレクシスの変貌といってもいいくらいの優しい顔に驚いている間に、ゲルトルードがリルティの後を追うといって、ライアンに止められていた。夜も遅いし、ゲルトルードではジュリアスが気付いてしまうということだった。その代わりにミッテンが滑るように闇に溶けていくのを呆然と見送った。
言い合いをしている間に、ジュリアスもリルティもいなくなっていたのだった。
ミッテンは、ライアンの命令でジュリアスを追うことになったが、実はもう振り切られているだろうと思っていた。ジュリアスがリルティを抱き上げて向かった先に馬が待機していることを知っていたからだ。
意外にもジュリアスは、リルティを待機している中で一番小さな馬の背に乗せ、自分は馬の手綱を引いて歩いていた。
二人は小さな声で話をしていたが、流石に聞こえるほど近づけばジュリアスは気付いてしまうから、ミッテンは少し離れた場所を歩いていた。いや、ジュリアスならもうミッテンに気付いているだろう。邪魔さえしなければいいと思っているのだ。王族である彼は、人の視線に怯んだりはしないから。
リルティがジュリアスに手を伸ばして降りた後、馬は帰された。ミッテンの横を通るとき、馬はチラリとこちらを見たが、用がないらしいとそのまま戻っていった。訓練されている馬は、自分の帰る場所を知っているのだ。
二人は手を繋いで、歩いていた。ジュリアスの背中が緊張しているのがミッテンには見て取れた。ジュリアスがリルティのことを想っているのは、警護の必要上知らされていたが、自分の弱点を知られたくなかったのだろう、ミッテンにはリルティへの気持ちを悟られないようにしていたようだ。
ミッテンが見ているうちに二人の話は進んだのだろう。ジュリアスがリルティを抱きしめたままクルクル回っているが見えた。
「グッ!」
見てはいけないものを見たかもしれないと、ミッテンは噎せそうになりながら更に気配を消した。
二人は世界で一番幸せな恋人のようだった。
良かった――と、ミッテンは安堵した。
ジュリアスは、器用すぎるのだ。何をさせても完璧にこなすから、彼が初恋のために必死なのだといってもきっと誰も信じないだろう。
二人が、ジュリアスの離宮に戻るのを確認して、ミッテンは戻った。
ミッテンはライアンに「二人は無事に戻りました」と告げたが、「どうだった?」「リルは泣いてなかった?」「酷いことはされていなかった?」と早継ざまに訊ねられて、「問題はありません」ともう一度いうことになってしまった。
ゲルトルードとメリッサのがっかりした顔に、これはいけないと、もう一度言い方を変えて報告する。
「二人は楽しそうに笑いながら、帰っていきました」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、こういうものをいうのだなと思える顔を二人はミッテンに見せてくれた。
ゲルトルードとメリッサが離宮に戻ってアンナを捕まえたのは次の日だった。二人は夜の内に戻っていたが、アンナの姿を見つけることが出来なかったのだ。
「リルは、昨日は――」
「ええ、ジュリアス様と直ぐにお帰りになって驚きましたよ。帰ってからお二人はずっと仲良くお話ししていました。あんな穏やかで楽しそうなお二人を見たのは初めてです」
アンナは本当に嬉しそうだった。二人を使用人の朝食の席に案内した。離宮に仕えるもの達は、離宮にある使用人用の食堂で食事をすることが多かった。
「あら、ここの食事、美味しいわね」
運ばれてきたものは全て同じで、メリッサはその味付けが気にいった。三人は少し皆から離れた場所に席をとった。
「仲良くって、どんな風に?」
ゲルトルードは食事より話のほうが気になるようだった。
「普通にお話ししていたわ。好きな食べ物の話とか、アルハーツ国で男の人に言い寄られて困った話しとか」
「ああ、あれね――」
「何? 男に言い寄られたの? ジュリアス様が――」
メリッサは、食べていたパンを横に置いて話に喰いついた。
「そうなのよ。ジュリアス様が女を弄ぶとかいうのは作られた話だと言ったでしょ。アルハーツ国では全く女に興味ありませんって顔をしていたものだから、勘違いした男を好きな男性に言い寄られて困っていたわ」
「面白い!」
「リルティ様も驚かれたり笑われたりしてましたわ」
「強引なことなんかしていなかった?」
アンナは首を傾げて、何のことかと不思議そうな顔をした。
「ほら、無理やりキスしたりとか――」
「いいえ、たまに手を握ったりはしてましたけど、グレイス様も驚くくらいの貴公子ぶりでした」
ゲルトルードとメリッサは目を合わせて何事があったのかと驚いた。
「今日は?」
「ジュリアス様もやっと時間が出来たということで、朝から二人で街にお出かけしてますよ」
メリッサもリルティが泣いていなければ、二人の間を引き裂きたいとは思わなかった。
「ジュリアス様、どうしたのかしらね」
「グレイス様がおっしゃってましたわ。ジュリアス様は、まるで満足した猛獣のようだと――」
「リルを手にいれて落ち着いたのかしら」
リルティが自身のお腹に入るまで気を抜かないのではないかと思っていた周りの想像に反して、ジュリアスは満腹になった猫のように幸せそうだという。
二人は詳細を聞きたかったが、何分仕事が始まる時間になってしまった。仕事終わりに離宮で会う約束をして、二人は慌てて駆けだして行くのだった。