お姫様への求婚
こんにちは。暑い日が続いておりますが、元気にしてらっしゃいますか?そろそろ夏の疲れもピークです。無理はせず、早めの休養をとりましょうね。
「風の日には貴女のために壁となり、雨の日には貴女のために屋根となる。貴女が歳をとれば杖となり、貴女の支えとなりましょう」
ジュリアスが歌うように口遊むのは、リルティもよく知る絵本。教会で何度も子供達のために読んで聞かせたものだった。
「貴女のために、私の心を捧げることを許してください――。貴女が花の様に微笑む姿を見ることができるのなら、私はこの身が灰となることも怖くない」
絵本は、竜に攫われたお姫様を騎士が助ける巷にありふれたお話しだった。竜を倒した騎士がお姫様を助けた時にお姫様に愛を告白するのだけれど、教会の子供達に人気で絵本が擦り切れるほど読んだ覚えがあった。
何故、この絵本の内容を――。
本当によくある話だから、特にこの絵本が有名というわけではないはずだった。ただ、リルティがいつも行っていた教会にあったというだけで――。
「貴女に愛を告げることを私に許してください――」
リルティが絵本のことを考えている間に、いつのまにかジュリアスがリルティの手を捧げもっていた。
「どうして――」
リルティの困惑を聞いて、ジュリアスは苦笑する。
「リル、ここは、許す――という場面だけど」
「だって――」
リルティの瞳に喜びを見出せなくて、ジュリアスは自分でもわかるくらいにガックリと肩を落としながらリルティを抱き上げた。
「ジュリアス様!」
「リルが許してくれないから・・・・・・」
ジュリアスはリルティを抱き上げても全く重さを感じないようだった。痩せたとはいえ、成人女性を抱き上げて歩くのは大変だろう。
「ジュリアス様・・・・・・どこへ行くのですか?」
「戻ろう、リルティの指の手当もしないといけないし、そんな涙で潤んだ顔を他の男に見せたくない」
きっぱりと言い切ったジュリアスにリルティは言葉を継げなかった。けれど確かにこのまま舞踏会に行くのは無理だったから反対はしなかった。
薔薇園を抜ければ、そこには馬が何頭も繋がれていた。
「どうして馬が――?」
「ああ、こういう人が沢山集まる時は、何が起こるかわからないから側に馬を待機させているんだ」
そのうちの一頭をジュリアスが選んでリルティを乗せた。手伝いにきた騎士はジュリアスが「来なくていい」というとそれ以上近づいて来なかったから、リルティの顔は見られていない。
「怖くない――?」
「ええ、この前の馬より小さいから平気です」
ジュリアスは一緒に乗らずに、リルティの乗る馬の手綱を引いて歩き始めた。
「少し話すのにちょうどいいから」
馬に乗ったリルティのほうが少し視線が高いくらいだから、顔を俯けてもジュリアスに見られるのだと気付いたが、降りたいとは思わなかった。
「絵本は、俺がジェフリーとしてリルティの家に行った時に、教会で何度も子供達に読まされたんだが、覚えてない?」
「覚えてないけれど・・・・・・、あの本は人気があったから――」
ジュリアスが滞在している間に読まされていたとしても不思議ではなかった。
「子供達が何人も何度も絵本を持ってくるんだ。だから覚えてしまった」
何年も前のことなのに、まだ覚えていたのかとリルティはジュリアスの記憶力に驚いた。
「ジュリアス様の口から絵本の文が出てきて――」
「驚いた?」
頷くとジュリアスは、「成功だ」と笑った。
「リルは――、読んであげようかと言ったら、いらないと言ったんだ」
リルティには覚えがなかった。ただ、他の子供達が喜んでいたのなら、自分が読んでもらいたくても我慢しただろうと思う。
「ジェフリー様は人気でしたから」
「それだけじゃない。リルは、大きくなって花が似合うようになったら、言葉をくださいといったんだ――」
この絵本では、騎士がお姫様に彼女に似合う花を捧げていたからだろう。
「ふふっ、まるで・・・・・・」
自分から求婚してほしいと言っているようだと笑いながら言葉にしようとして、気付く。
「まるで――?」
ジュリアスは、幼いリルティが願ったことをちゃんと理解していた。
「私に求婚してください・・・・・・と――」
「俺はそう思って、リルが大きくなったら、沢山の花をプレゼントしようと決めたんだ」
リルティは、自分が既に結婚適齢期になっていることを理解していたが、普通なら感じる焦りは全くなかった。テオがそれらしい男性をことごとく蹴散らしていたことを知らなかったリルティは、自分は男性から見て魅力がないのだと思っていた。自分がモテないと思ってはいたがメリッサのように結婚相手を探そうと思ったことがなかった。
真っ赤になって黙り込んだリルティにジュリアスは微笑む。
「私は――、ジェフリー様が求婚してくれるのを待っていたのかしら・・・・・・」
覚えてもいないのに、待っているということがあるのかしらとリルティは考える。けれど、やはり何度考えてもジェフリーを待っていたのだと思うことがしっくりくる。
王都に来るとき、ジェフリーに会えるかもしれないと心の片隅で期待していたのではないだろうか。ジェフリーはもう大人になって結婚しているだろうと思っていたけれど、会いたいと思っていた気持ちに嘘はない。
「リル、ジェフリーじゃないけれど、俺でも頷いてくれると嬉しい」
「どうして、今なの――? 記憶がとんでいるから私が覚えていないだけなの? 私はもう、婚約者だって言われたわ。どうして、私の気持ちを待ってくれなかったの?」
ジェフリーに対しての恋心とはまた違った場所に、ジュリアスに対して信じ切れないものが存在していた。
ロクサーヌのためにジュリアスには言えないが、あの真っ白なドレスは、結婚式のためのものなのだろう。婚約したことも人伝だというのに、最早結婚の話まで知らないところで進んでいると思うと気が塞いだ。
リルティの気持ちを置き去りにして、ジュリアスは一人で進んでいってしまおうとするから、不安になるのにそれをジュリアスは気付いてくれない。
「リル、わかってる。リルをあんなに酷い目に合せたのに、今更だってことは。けれどあの離宮でのことは・・・・・・リルを護るために――いや、すまない。言い訳だ」
ジュリアスは、苦しそうな顔で、リルティを見つめた。
高貴な生まれ故に自己弁解すら許されないのだろうとリルティは気付いた。
「言って、ほしい・・・・・・」
手綱を握るジュリアスの手にリルティは手を伸ばした。大きな男らしい、剣を握るものの手だった。この手が沢山の血に染まっていることはリルティもわかっている。それでも怖いとは思わなかった。
「リル――」
ジュリアスの瞳がリルティに泣き言を言ってもいいのかと訊ねる。
「聞きたいの」
リルティは、馬の背から降りたいとジュリアスに手を伸ばして下してもらった。
「行け――」
手綱を鞍に括り付けて馬に命じると、流石に訓練された馬は元来た道を軽く走っていった。
「リル、手を握っていてもいい?」
頷くと、ジュリアスはリルティの手の指に自分の指を絡めて握った。
リルティの歩く速度に合わせてゆっくりと歩くジュリアスの頬が少し赤くなっていて、リルティはどうしたのかと訊ねた。疲れて、熱でもあるのか心配になったリルティに、「いや、何だか嬉しくて、少し照れくさい」とジュリアスらしくない言葉が返って来た。
、リルティは普段とは違ったジュリアスの言葉に、彼の何倍も赤面することになるのだった。
進んだようで、進まない――。書いていて、何度読み返しても、気持ちが錯綜していて、困ってしまいますが、そろそろイチャイチャしてきましたかね。このために頑張って来た!あと少し、お付き合いくださいませ。