薔薇は王子様のようで
こんにちは。今日もなんとか10時台に投稿することが出来ました。はい、ここで連休は終わりました。やっと出会えた! と喜んでおります。いつも読んでくださってありがとうございます。
リルティが、オルグレン侯爵領から戻ってきて一週間がたった。リルティは、結局ジュリアスに早く会いたい気持ちが抑えられず、メリッサと過ごした部屋はそのままに離宮に来やってきた。
グレイスもアンナも他の使用人たちも、リルティが驚くほどすんなりと受け入れてくれた。
リルティの部屋は、怪我をしてずっと起き上がれないまま過ごしていた部屋だった。記憶の端にあるその景色は、寝台から見たものばかりだったが、懐かしい気持ちが一杯になる。ほんの少し前のことだというのに、記憶が曖昧なせいだろうかとリルティは思った。
中庭を挟んで、ジュリアスの部屋があることを知って、リルティは少しだけドキドキした。
ジュリアスが帰ってきて、この中庭を通り、リルティに会いに来てくれるかもしれないからだ。
けれど、何日過ごしてもジュリアスは、リルティのいる離宮に戻ってくることはなかった。
フレイアの侍女を辞めてしまって、リルティは暇になるのだろうと思っていたが、それどころではなかった。
朝も早くからゲルトルードと食事をする。本当はゲルトルードは、女官であるから一緒に食事は出来ないと断られていたが、リルティの食が思ったよりも進まず、心配したグレイスが特別だといってゲルトルードを食事に同席させたのだった。
「リル、オルグレンにいる間に少し体重が戻ったと思ったのに、また痩せてきているでしょ。どうして? 美味しくない?」
「トゥルーデ、そういうわけじゃないのよ。でも何だか・・・・・・」
「食べる気がしないの? ちゃんと眠れている?」
「眠っているつもりなのだけど、目が醒めてしまって――」
メリッサとゲルトルードと一緒に眠った日もそうだった。きっと二人と一緒にお喋りして興奮しているから眠れないのだと思っていたのに、リルティにはあれから浅い眠りしか訪れなかった。
不安が夢を媒体にして、押し寄せてくるのだ。
「ジュリアス様が悪いのよ。いつになったら帰ってくるのかしら?」
ゲルトルードがジュリアスの名前を出すと、リルティは少しだけ動悸がして前に置かれたグラスの水を飲んだ。
「トゥルーデ、ジュリアス様のことをそんな風にいうのは不謹慎ですよ」
「でもグレイス様・・・・・・」
「お仕事なのですから――」
そう娘に言い聞かせながらもグレイスも思わないでもないのだ。
早く、リルティ様のためにかえって来てほしいと――。
リルティが、その日の予定を訊ねると、ゲルトルードは「昼までお勉強だけど、その後は――、着せ替えごっこが待ってるわよ」と笑いを含んで教えてくれた。
リルティが、ジュリアスの妻になるための勉強は、グレイスとゲルトルードがほとんど教えてくれている。優秀すぎる二人がいれば、リルティに必要なものは、社交性だけと言ってもいい。
準備万端に整えられるお茶会は、既にロクサーヌや離宮で友達になったマリアンヌ達を招いて行っていた。どんな風にお茶会が進むかはわかっていても、実際に招く側として振る舞うことをリルティは知らなかったから、練習相手になってくれたのだ。
マリアンヌ達はリルティが離宮から戻っても、リルティを無視したりしなかった。リリアナの手前、表立って一緒に遊んだりすることは出来なかったが、リルティはそれでも縁を切らなかった三人に感謝していた。
「着せ替え?」
離宮に来てからも何度も着せ替えは行われていた。着せ替えという名のドレスの試着である。
「もうドレスはいらないと思うわ」
「ジュリアス様の煩悩の数だけリルティのドレスは作られるから・・・・・・」
「トゥルーデ!」
「本当のことよ。ドレスっていうのは脱がすことを考えて贈るんですって――。ジュリアス様は、リルティを脱がしたくて仕方ないのねぇ」
しみじみと呟くゲルトルードに、背後からグレイスのげんこつがとんだ。涙目になったゲルトルードは、可愛いとリルティは思った。
「冗談はともかく・・・・・・、今日はライアン様が主催される若い貴族を集めた舞踏会なのです。ゲルトルードは勿論着いていきますし、メリッサさんも来られますから、一緒にドレスアップして気晴らしに踊って来てくださいませ」
あの離宮の集まりの大きなものなのだろう。マリアンヌ達も呼んでいるから、リルティも気軽に参加してほしいとライアンからの伝言があったという。
「でも私は・・・・・・」
リルティは、参加したい気持ちはほとんどなかった。ここでジュリアスを待っていたい気持ちのほうが大きいけれど、これも勉強の一環なのだろうと思うと断ることは出来ない。
けれど、心配してくれているグレイス達の気持ちを考えると、リルティは『否』ということは出来なかった。
「若者の集まりに・・・・・・なんで宰相補佐がいらっしゃるのかわからないわ」
メリッサのエスコートは、勿論宰相補佐がするというが、若く見えても彼は三十代後半か四十代のはずだった。
「仕方ないじゃない――。私はリルといるからエスコートはいらないっていったのに」
「断るわけにはいかないわね」
「でしょう?」
「メリッサ、それは惚気というのよ」
「トゥルーデもミッテン様と踊ればいいじゃない」
メリッサがそう言うと、ゲルトルードは渋い顔をして、「ライアン様のお付きに決まってるじゃない――」と愚痴をこぼした。
ライアン付きになったミッテンは、公私混同する人間ではないのだという。
「そこが、素敵なんだけど――」
「はいはい、ごちそうさま。・・・・・・リル、また痩せてる! このウエストの細さ・・・・・・ちゃんと食べているの?」
アンナを始めとした侍女達は、三人のドレスアップに忙しそうだったが、その言葉に一斉に頷いたので、リルティは驚いた。
「元々ささやかな胸なのに・・・・・・」
「胸のことは言わないで――」
メリッサの二つの山を見れば、自分の小さなささやかすぎる膨らみがますます小さく見えた。
「リル、後ろからみたら、リルだってわからないくらいよ」
人間は眠れなくなったら痩せるというのは本当のことだとリルティは身をもって知った。
「元々太っていたからそう思うだけよ」
恋をすれば痩せると聞いたことがあったが、恋のせいだろうか――と思わないでもない。
「リルは太ってなんかいなかったわよ」
メリッサはそう言ってくれるが、子供のような体型だった自分を知っているから、今のほうがましではないかとリルティは思っていた。
美しくないとジュリアスの側にいてはいけないような危機感がリルティにはあった。
「健康的だっただけよ。今は、ちょっと・・・・・・辛そうね」
紅を引いたアンナが頷く。
「今日は、沢山美味しいものもありますからね。食べてきて、私にも感想を聞かせてくださいね」
アンナはそう言って、リルティ達を送り出してくれた。宰相補佐アレクシスの迎えで馬車に乗り、少し離れた会場についたのは、夕闇が周りを覆い、灯が明るくホールを照らしだすころだった。
「そうだ、リルティ様――。テオさんが、リルティ様に渡したいものがあるので、中庭で待っていてほしいと」
アレクシスは、突然思い出したようにリルティに告げた。ホールの横には薔薇の美しい庭園があって、そこはいつも沢山の恋人達が寄り添う場所だった。まだ人が集まる時間ではないから、テオもそこを指定したのだろうとリルティは思った。
「リル、少しミッテンに声をかけたいので、お一人でも大丈夫ですか? 護衛騎士があちこちにいますから――」
「・・・・・・そう? アレクシス様に伝言するなんて叔父が失礼しました」
「いえ、彼とは友人なのです。お気にせず――」
テオの顔は、リルティも呆れるくらいに広いからそうなのだろうと納得して、リルティは中庭に降りていった。
薔薇をみれば、ジュリアスを思い出す。
仕事の途中で怪我などしていないだろうか、リリアナと一緒にいるのだろうか、いつ帰ってくるのだろうと思うと、リルティは何だか悲しくなってきてしまった。
一人で空回りしているようだと、切ない気持ちが溢れてくる。
今、自分が薔薇の花を触れば、薔薇の花はしぼんでしまうのではないだろうか――。
そんな馬鹿な想像に微かに笑いながら、リルティは少し暗い中で仄かに白く光る薔薇に手を伸ばした。
「あっ・・・・・・」
ジュリアスのようだと思い薔薇に手を伸ばせば、横に咲く薔薇の棘がリルティの指先を傷つけた。細い朱の線が走る。
ジュリアスに手を伸ばせば、やはりこんな風に傷つくのだと言われたような気がした。
「リル――?」
リルティの名を呼ぶその声に、リルティは振り返ることが出来なかった。
自分の馬鹿な想像に、心が締め付けられそうなこの瞬間に、何故、ジュリアスの声は心配そうに自分を呼ぶのだろう。
リルティは会いたくてしかたなかったはずのジュリアスに背を向けたまま、言葉なく俯くことしか出来なかった。
リルティが振り返れないのは、ジュリアスの顔をみたら、泣いちゃいそうだから♪女の子ですからね。いやぁこんな短期間で痩せれてうらやましい。とお思いでしょうが、ちゃんと実体験ですよ(笑)。最も原因ははまったゲームをやっていて眠れなかった色気とは程遠いものですが。眠れる様になったら直ぐにもどりましたが・・・・・・(爆)。