王子様は孤島に
予定通り編集しました。気持ちの悪い部分を書き替えましたが、内容は変わっておりません。
「ジュリアス様、少しお休みになられたほうが――」
トーマスの声に一瞬馬の上で眠ってしまっていたことに気付く。命を狙われていた頃はあり得なかったことだ。
「ああ」
短く答えて、トーマスの顔を見ると、自分と同じような酷い顔をしている。領地を出てからこの方、ほとんど不眠不休で移動もしくは処罰を下していたからだ。
ジュリアスは、早く全てを終わらせてしまいたかった。
リリアナの企みは、祖父である侯爵がリリアナの護衛のためにつけたほんの少数で行われていた。探せばどこにでもあるほころびのようなものが、リルティに関することでなければ、ジュリアスもこれほど熱心に調べて、取り締まることもなかっただろう。
「ジュリアス様?」
「いや、お前はくじ運が悪いなと思ってな」
「酷くないですか。そりゃ、テオさんに比べたら悪いですけど」
「ライアンの護衛騎士になってたら、こんな辛気臭い仕事ばっかりしなくて済むのにと思ってな」
リリアナには、国家反逆罪という重い罪名がついている。リリアナの護衛は、末端をいれても二十人に満たなかった。その罪を明らかにし、王族であるジュリアスを狙ったものとして、リリアナの護衛達は死刑を宣告され、命を失った。
侯爵家の姫と呼ばれた女が牢獄で精神を壊すのに、時間はかからなかった。
「ライアン様のキラキラをずっと見てたら、目が悪くなりますよ」
王子様然としたライアンは、たしかにキラキラしている。が、そのいい様に笑いが込み上げてきた。どうやら本当に疲れているようだとジュリアスは気付いた。
「早く帰りたいですね」
「ああ、お前も新婚なのに悪いな――」
「気持ちが悪いですよ、ジュリアス様」
トーマスが本当に気味悪そうにジュリアスを見た。
「いや、俺も早くリルのところに戻りたいだけだ」
「リルティ様の記憶が戻られて良かったですね。でも、領地のほうにいたころのことは覚えておられないのでしょう? ジュリアス様、嫌われたままかもしれませんね。」
「ああ・・・・・・、リルに最後に会った時に、『いらない』って言われたな」
トーマスの呆然とした顔に、ジュリアスは笑った。
「殴ってやれと言っておいた」
「何を他人事のような・・・・・・」
「私に言っているつもりはなかったようだ。記憶が曖昧で、寝ぼけているような感じだった――」
「・・・・・・ジュリアス様、わかっているんですか? あなたの声は、意識されない部分で、強制力があるんですよ。寝ぼけている時に、そんなことを言ったら、リルティ様はそんな気がなくてもあなたを殴ってしまいますよ」
トーマスが言う意味は勿論ジュリアスもわかっている。王族は少なからず、人を従わせる力を持っている。言葉にしろ、動作にしろ無意識の部分で人を動かすように教えられてきた。
リルティのように素直な人間なら、ジュリアスは知らぬ間に手の内に閉じ込めることは簡単だ。
「多分、俺は・・・・・・、リルに殴られたいんだよ。リルはどんなことがあっても丸ごと人を許してしまう。きっと俺のことも沢山言葉を飲み込んで、許してくれるだろう――。それが俺には辛いんだ。殴ってくれていい――。詰ってくれていい――。最後にそれでも俺がいいと言ってほしいんだ」
トーマスは言葉を飲み込む。
結局のところジュリアスはリルティに許しをもらいたいのだ。そして、手離す気は全くないのだろう。
今回の反乱は、ジュリアスの身近な人間が関わりすぎていた。
「ジュリアス様、年長者からの忠告です。何もかも思い通りになるということはないのですよ」
ジュリアスは、トーマスが何を言いたいのかわかっていた。
「俺が今までに思い通りになったことなど、ほとんどないぞ――」
それでも言い返したくなるくらい、ジュリアス気持ちは荒んでいたのだった。
最初からリリアナに反乱のことを聞いても無駄なことはわかっていたし、ほとんどの情報をセドリックがジュリアスに打ち明けたために、リリアナは拷問などされてもいなかった。ただ、汚れた牢屋に入れられ、すすり泣く周りの人間の悲嘆を聞き、自分の末路を想像して心を病んだ。
ジュリアスがリルティを選んだ時に、既に壊れかけていたのかもしれないとジュリアスは想像した。それでも、ジュリアスはリルティを殺そうとしたリリアナを許すつもりはなかった。
病んだリリアナは、妄想のジュリアスに微笑んでいた。現実のジュリアスが側にいてもジュリアスだとはわからないのだ。
「ここが、お前とお前の主人の墓場となる――」
ジュリアスがリリアナを連れて来たのは、オルグレン侯爵領の端に位置する孤島にある尼僧院だった。リルティをはめるためにリリアナが使った侍女は命をとらずに、リリアナの世話をさせるために連れて来た。
「何故殺さないのですか――」
周りの人間は、反逆罪で殺されていったというのに、リリアナと侍女だけが生きている意味がわからないのだろう。
「殺す価値もない――といいたいところだが、国王の命令だ――」
「国王陛下の――?」
「この場所は、罪を犯した女達が送られる場所だ。お姫様として生きてきたリリアナには、こんな生の瀬戸際で生きていくことさえ、辱めを受けたと思うだろうと国王は思われたんだ。まさか、自分だけの世界にいくとは思っていなかったんだろうな」
まさにそんな場所でリリアナの面倒をみなければならないこの女こそいい迷惑だろうとジュリアスは思った。
「トーマス、リリアナの手を押さえろ」
何をされるかわかって、侍女は悲鳴を上げた。
「おやめください――」
女が縋りつこうとするのをジュリアスの背後で控えていた護衛騎士が止めた。ジュリアス自らリリアナの手をとって、黒く細い腕輪を白い腕に留金をかけて嵌めた。リリアナは、腕をとられても気付かないようだった。
「リリアナ、残念ながら結婚の指輪ではないが――」
ジュリアスは、酷薄な笑みを夢の世界を漂うリリアナに向けた。
大切な女を奪おうとした女に、憐れみの気持ちはなかった。
「あああ!」
何もわからないリリアナの代わりに、侍女が泣き崩れた。
女が最も恥ずべき罪の証、夫でない人間と情を交わし、更に夫を裏切り死に至らしめた人間が嵌められる腕輪だった。この腕輪は、腕輪を外したとしても、腕に黒く細い印を残すのだ。
「お前も同様だ。この孤島以外で暮らせるとは思うなよ」
ジュリアスの怒りがどれほどのものだったのか、侍女は悟って地面に蹲った。
この印がある限り、人のいる場所で普通に暮らすことはできないのだ。
もしリリアナの精神が落ち着いて現実を認識できるようになったとしても、リリアナに幸せが訪れることはないのだ。
尼僧院の建物に引き摺られるようにして、二人は消えていった。
「ジュリアス様・・・・・・、あれではまるでジュリアス様がお決めになったことのように思われますよ」
リリアナと侍女の処罰は、国王とその側近が決めたことだった。
「俺は、ここでリリアナがどうなるかわかっていて連れて来たんだ――。同じようなものだろう」
「ジュリアス様は、自分で貧乏くじを引くから困ったものです」
「ジュリアス様、確かにここ以外では暮らせない女達ですが、ここに居る限り悲観にくれるようなことはないのです」
「ああ、ここのことは任せた。院長、よろしく頼む」
リリアナと入れ替わるようにしてやって来た初老の女性は、この院の長だった。ジュリアスも何度か会った事のある人物で、清廉を常とし、この尼僧院では祖母のような存在だという。
この院は、周りからの誤解をそのままにしているが、本来は止むに止まれず夫の命を絶ってしまった罪人を世間から守るためにあるのだ。ジュリアスの母シェイラが国を巡り、夫に悪辣な振る舞いを受けて、命を守るために夫を殺してしまったという女性を何人も知り、この尼僧院を作ったのだった。
質素ながらも自分たちで育てた食物や海からの恵みで生活をささえ、その基盤はオルグレン侯爵であるシェイラが司っている。この孤島にいる限り守られる女性の最後の砦だとジュリアスは認識している。いずれはジュリアスかもしくはリルティが引き継ぐことになるだろう。
「ジュリアス様、女の幸せは、夫である人がいかに誠実さを妻に示すかによります。ジュリアス様は、自分のことを理解してもらおうと思うお気持ちが希薄なようですね。ですが、あなたのことを想う人間は、あなたが諦めてしまうことであなたに拒絶されているように感じるかもしれません」
「院長――」
「心を差し出してあげてください。あなたが想う人は、あなたの泣き言さえ愛してくれるかもしれませんよ」
ジュリアスは、知らずリルティを想って微笑んだ。
「ああ――。肝に命じる――」
「あなたがそんなお顔をされる方がいらっしゃるのでしたら、私の杞憂だったようですね」
院長は、ジュリアスの中のリルティを感じて、安堵のためにその皺を深めた。
ジュリアスは、護衛騎士の一部に警戒のために孤島に残るように命じて、一路王都への道を急ぐのだった。
何とか書き終えたけれど、読みなおしができていないので、明日編集するかもしれませんが、誤字脱字です(笑)。明日も一応更新予定です。ではお休みなさいませ。