不安に揺れるお姫様
こんにちは。よかった、連休中はできるだけ更新しようと頑張ってます。読んでくださってありがとうございます。
こんな犬を見たことがある――とリルティは思った。
耳を項垂れて、尻尾を丸めて小さく小さくなっている、兄が飼っていた犬だ。あの時は確か兄が仕留めた鳥を追いかけて、持ってかえるのではなく食べてしまったのだ。
懐かしい気持ちになりながら、リルティはロクサーヌがグレイスに怒られているのを見ていた。
呼ばれてもいないのに勝手に離宮にやってきたことから始まって、ノックもせずに扉を開けたこと。もっていたドレスは既に侍女が回収したが、それを勝手に持ってきたこと。ここまでグレイスが怒るのは珍しいことではないだろうかとリルティはロクサーヌが少しだけ可哀想に思えた。
「・・・・・・グレイス、ロクサーヌ様をそんなに怒らないで上げて――」
例え侯爵家の人間であろうと、こと王宮においては王族に従わなくてはいけないし、王族に仕える女官は同等もしくは女官長ともなれば従わなくてはならないことが暗黙の了解となっている。ジュリアスが居ない今、この離宮を預かっているのはグレイスなのだ。
そのグレイスを諫めることが出来るのはリルティしかいないのに気付いて、リルティはおこがましいかもしれないと思いつつグレイスを止めた。
「リルティ様がおっしゃるのでしたら・・・・・・」
グレイスは多分、リルティの勉強のためにロクサーヌを使ったのだろうなとリルティは思った。いつまでも腰が低いままではグレイスの言う通り示しがつかないのだろう。
戻ってきたゲルトルードは、話を聞いてロクサーヌの運の悪さに笑った。
「ごめんなさい。リルティ様、私本当にリルティ様に・・・・・・嫌われるようなこと、するつもりはなかったの。ただ、私・・・・・・政略結婚でドレスは侯爵家の義母が決めたものだったし、指輪は由緒正しいだけで古びた使い古しのものだったから」
ロクサーヌと夫である侯爵は、元々愛情も何もなく、どちらかというと気の合わない者同士だった。馬車の事故で侯爵が死んでしまった時に愛人を連れていたこともロクサーヌにとっては、世間がいうほど悲しいものではなかったという。侮辱されたと思うよりももう二度と会うことがないのだと思って安堵してしまって、反対に後ろめたかったと以前言っていた。
結婚に夢も希望も特になかったけれど、幼馴染であるジュリアスが大好きなリルティと結婚するというから、少し揶揄ってやりたい気持ちはあったという。
「トゥルーデがジュリアスの離宮に戻っているって聞いたから、一緒にジュリアスが図案からリルティ様を想って作ったっていうドレスをネタに冷やかそうと思って来たの。リルティ様はまだ離宮にはいらしていないって聞いていたから・・・・・・」
たまたま覗いた部屋にドレスが飾ってあったのを見て、ゲルトルードに見せようと思って持ってきたらしい。
「お針子の部屋に侯爵夫人が・・・・・・さぞやビックリしたでしょうね」
お針子たちの驚愕を思うと、ゲルトルードのように笑いながらそんな風には言えなかった。
「トゥルーデ――」
「ごめんなさい」
リルティは、侍女だったから、お針子たちがどれほど困ったか想像して眉を寄せた。
「もうキスはしたの――?」
シュンと小さくなっていたはずのロクサーヌが突然、思い出したように訊ねる。
「・・・・・・キス?」
キスはした。出会ったというか再会した時に、無理やりされた。
思い出して、固まったリルティにロクサーヌは首を傾げる。
「わたくし、あんな夫じゃなかったら・・・・・・思い描いていたのよ。こう、夕焼けの見える人のいない場所でね、膝を折って『愛しています――結婚してください』て言われて、わたくしが『はい』って言ったら、優しくキスしてくれるのよ」
「ロクサーヌ、あなた実は夢見がちだったのね」
ゲルトルードが、幼馴染みであるロクサーヌの意外な一面に驚いている。
「あら、トゥルーデはそうは思わない?」
「私は、どちらかというと、そういう乙女チックなのより行動的な感じのほうがいいわね」
「・・・・・・そうね。貴女ならミッテンを押し倒しそう」
何も言わずに控えていたグレイスが、ぼんやりとしているリルティに「どうされました?」と聞くまで、リルティは瞬きもせずに宙を見ていた。
「え・・・・・・、あっ。ごめんなさい、少し考え事をしていたわ」
「ジュリアスは、男の割に乙女な感じがするから色々工夫を凝らしてそうよね。ドレスだって・・・・・・、そう、ジュリアスが秘密にしていたのに、わたくしがばらしてしまったから・・・・・・わたくしはジュリアスに殴られるか、離宮への出入り禁止を言い渡されるわね」
現実を思い出したロクサーヌは、ジュリアスの怒りを思って身体を震わせた。
「私はドレスは見なかったことにするわ。グレイス、皆にそうお願いしてくれないかしら?」
「リルティ様」
「ロクサーヌ様のためだけじゃないのよ。内緒にしていたのなら、ジュリアス様も私が見たと知ったらがっかりされるでしょ?」
「ええ、そうですわね」
ロクサーヌは目に見えて肩の力が抜けた。
「リルティ様、これからもわたくしと仲良くしてくださいませ」
「私こそ、よろしくお願いいたします」
リルティの家は、ほとんど領地に引きこもっているような貴族だから王宮によく訪れる貴族の力関係などは侍女の間に仕入れたものでしかない。そして、そういう意味ではリルティはあまり優秀な侍女ではなかったから、ロクサーヌのように社交界に顔の利く女性が側にいてくれるのは心強かった。
しばらくロクサーヌとゲルトルードは結婚について話をしていて、リルティはその話を聞いていながらも自分の中の動揺を隠すのに必死だった。
私は、求婚なんて・・・・・・されていない――。
アンナやグレイスに婚約したのだと聞いたけれど、記憶が戻ってからジュリアスとちゃんと話したわけではないから、人から聞いただけだと気付いたのだ。
もしかしたら、記憶のない間に・・・・・・されているのだろうか。それとも、ジュリアスはそんなことはどうでもいいと思っているのだろうか――。
『リル・・・・・・生きていてくれて嬉しい。愛してる――』
確かにリリアナから突き落とされて、ジュリアスに助けられた時、彼はそう言ってくれた。ジュリアスは、あまり言葉で気持ちを伝えるとかが得意ではないのだと気付いていたから、愛しているという言葉をもらえただけでリルティは幸せだった。
もう、求婚はされたのかしら・・・・・・。それともしてもらえないのかしら――。
ロクサーヌの夢見がちを笑えないとリルティは思った。
「リルティ様、そろそろお出かけになられたほうが――」
グレイスが声を掛けてくれて、ロクサーヌは、また来るわと言って帰っていった。
「リル、なんだか元気がないみたい。フレイア様に」
「いいえ、大丈夫。ごめんなさい。ちょっと考え事してしまって――。グレイス様、ジュリアス様はいつかえってらっしゃるのかしら」
ジュリアスが帰って来たと言っても、求婚してもらえるとは思えなかったが、リルティはちゃんとジュリアスの口から婚約のことも聞きたかった。気にしない振りをしても、一度ジュリアスに傷つけられた心は、小さなことで血をながしてしまうのだった。
「ジュリアス様は、秘密裡にリリアナの護送の命令を国王陛下より受けたのです」
リリアナの名前に、リルティは自分でも驚くくらい嫌な気持ちが溢れてしまいそうになる。
「リリアナ様の・・・・・・護送なのね」
「リルティ様、彼女は既に咎人です」
リリアナの憎悪に燃える瞳を思い出して、リルティは「そう・・・・・・ね」と唇を震わせた。
ジュリアスを愛して、リルティを憎まなければ、彼女は見逃されていたはずだった。ジュリアスは、そう言っていたはずだ。
少なくとも自分のことがなければ、咎人が一人はいなかったのだと思うとリルティは、やりきれない気持ちになる。それなのに――、わかっているのに、ジュリアスがリリアナと一緒にいると思うだけで心が切りつけられたように痛むのだ。
アンナに聞きたかった。ジュリアスがリルティに求婚したいたとしたら、一番身近にいてくれたアンナは知っているだろう。
でも、もし聞いてやはり求婚されていなかったとしたら・・・・・・。
リルティは、自分の不安な気持ちが零れそうになるのを堪えて、目の前の冷たく爽やかな紅茶を飲み干すのだった。
もうね、進まない~(笑)。連休中に少しでも進ませていたかったのには、理由がありまして――。ほら、恋愛ものなのに、王子様出てこないんですもの。でもこの出会えない間も欲しくて。けれど、一週間に一度の更新で、この内容だと切れそうになりません?(笑)。私はなりそうですよ。ということで、王子様に会うために頑張ってみました。