散々なお姫様
こんにちは。連休ですね。私は昨日までそれに気付かず、何も予定をいれていなかったというおバカさんです。頑張ってお話しを書こうと思います。
フレイア王女から会いたいと招待されたのは、メリッサの休みが終わった後だった。朝の勉強の時間の合間に少しでいいから顔を出せないかとリルティに手紙が来たのだった。
フレイア王女は、少し変わっていて、時折どこで仕入れてきたのだろうかと思える言葉を使って、セリア・マキシム夫人に雷を落とされている。けれど、手紙は流暢な文字で、とても子供の書いたものとは思えない素晴らしい出来だった。
リルティの身体の調子を訊ね、兄であるジュリアスの婚約者となって嬉しいということ、長く会えなくて寂しいということが面々と綴られていて、それを読むだけでリルティは瞳が潤んでしまったくらいだ。
「フレイア様に会いますか?」
ゲルトルードは、リルティに無理強いをしたりはしない。リルティの気持ちを聞いてくれる。
「ええ、お会いしたいわ。突然辞めることになってしまって、お詫びも申し上げたいし」
小さな妹のように思っていた主が、本当の義妹になるなんて思ってもみなかったことだった。
「喜ばれますよ。本当は、側妃様もライアン様も国王陛下も王妃様も皆リルに会いたくてしかたないんですよ。でも、ジュリアス様に止められていて、了承を得たのがフレイア様だけっていう・・・・・・」
リルティは、まさかと笑おうとして、本当のことだとゲルトルードの目を見て気付いた。
「ほ・・・・・・本当に――?」
「ええ――。リルのことを公にしていないのもジュリアス様が止めていらっしゃるからだもの」
ジュリアスの母であるシェイラには会ったことがないが、フレイアに仕えていたリルティは国王陛下はもちろんのこと、王妃にもあったことがある。優しく声をかけてもらうこともあったが、立場が変わると平然と会うことなど出来ないような気がした。
「・・・・・・トゥルーデ、私倒れるんじゃないかしら――?」
リルティが弱音を吐いたのも無理はないことだとゲルトルードは思う。
「大丈夫、他の方はジュリアス様と一緒の時に会うことになるはずだし。リルは、にっこりと微笑んでいれば大丈夫。セリア・マキシム夫人の元にいただけあって立ち居振る舞いに問題なんてないもの」
貴族の子女が王宮で仕えるのは、行儀見習いを兼ねている。半年、一年くらいで辞めていくものが多いのはそういう理由だった。
「服を持ってきてもらいましょうか」
「・・・・・・トゥルーデ、ジュリアス様にお会いしてはダメかしら?」
王宮に戻ってきて三日目だが、未だジュリアスの影すらみていない。自分の知らないうちに色々なことが決まっていて、リルティは戸惑いながら過ごしているといのに、ジュリアスは説明もしてくれなかったのだ。
「ジュリアス様ですか。いらっしゃるといいのだけれど」
ゲルトルードもジュリアスの姿を見ていないという。
「そう――」
「離宮で、ドレスを着替えてフレイア様のところに行きましょう。私よりアンナの方がセンスがいいし」
メリッサに合わせて二人とも早くに起きたので、時間はたっぷりとあった。
離宮は、リルティ達王女の侍女が住む場所からは遠かった。
「馬車を用意させるわね」
さりげなく言ったゲルトルードの一言に、リルティは驚いて大きく首を横に振った。
ジュリアスの婚約者のリルティには、その資格があるというのだけど、正直そんな気持ちにはならなかった。笑われそうな気がするのだ。
「少し遠いけれど・・・・・・」
「体力が落ちているみたいだから、少し動きたいの」
急いでいるわけではないからとゲルトルードに言うと、「まかせて! 王宮に長い私が、色々と道を教えてあげるわね」と胸を張られてしまった。リルティは、「ええ・・・・・・」と頷きながらも、少しだけ戦慄したのだった。ゲルトルードが進む先には木々が鬱蒼と茂っている。
何が、起きたのだろう――。
「ごめんなさい――。少しいない間にこんなに変わっているなんて思っても見なかったの」
シュンと項垂れるゲルトルードは、いつもの出来るお姉さんのような溌剌とした彼女ではなかった。二年異国で暮らすというのは、思った以上に長い時間だったようだ。
茂みを掻きわけ、歩いていた先に道がなくて、二人はぬかるんだ沼というには浅い池のようなものに落ちたのだった。
「そういえば、東洋の泥の上に咲く花を植えたとか聞いたことがあるわ」
聞いたことはあったが、リルティは場所まで覚えていなかったし、基本的に離宮は普段仕事をしている場所や生活している場所とは方向が逆だったのだ。
ギリギリ池の縁まで丈の長い草が生えていたから見えなくて、突然躓いたようなゲルトルードの腕を掴んだリルティは、一緒に落ちたのだった。
「そう・・・・・・誰が植えたか、後で聞いておくわ・・・・・・」
聞いてどうするのだろうと思ったが、敢えてリルティは訊ねなかった。
「リル、怪我はない――? 私、ジュリアス様に殺されるかもしれないわ」
「そんな大げさね。池に嵌っただけじゃない」
リルティはそう言って慰めたが、二人の状態は正直いつ捕縛されてもおかしくない格好だった。ゲルトルードは知らないが、リルティは田舎育ちなので泥まみれになったのは一度や二度ではない。これが泥なだけマシだと思っているくらいなのだ。
「・・・・・・ふっ・・・・・・」
「ふふっ、もう駄目――!」
リルティが笑いをこらえようと頑張ったのに、ゲルトルードは直ぐに諦めたようだった。
涙を目に浮かべて身体を折り曲げて笑い始めたのだ。我慢しようとしていたのを挫かれ、リルティも笑いがこみ上げてくる。
「もうっ、トゥルーデ! く、苦しい――」
「何で私たち王宮で遭難してるの――」
二人は泥だらけになった足元を見て、再び笑いだして止まらなくなってしまうのだった。
何度も思い出したように噴出しながら、離宮までやってくると、グレイスが目を剥いて驚いていた。そして、ゲルトルードはグレイスが持っていた鞭のようなものでバシバシ殴られて、怒られていた。
「リルティ様、申し訳ありません」
「グレイス様、私も気付かなかったので・・・・・・」
「リルティ様・・・・・・、私の名前に様をつけられては示しがつきません。お願いですから、グレイスとお呼びください」
グレイスの目は、リルティの気まずいという感傷を許してはくれない。
「・・・・・・グレイス――、ごめんなさい。慣れなくて」
「アンナのことも」
「ええ、わかりました」
リルティは、グレイスに見つからないように舌を出しておどけているゲルトルードを見てまたもや笑いが込み上げてきて、噴出さないように気を引き締めなければいけないのだった。
何ともいえない匂いを纏わりつかせてしまったリルティは、アンナに連れられて浴場で泥と匂いを落とした。違う場所にゲルトルードも連れて行かれていた。
「リルティ様、ジュリアス様はお仕事でこの離宮を離れていらっしゃるのです」
「ジュリアス様は、いらっしゃらないの?」
「はい。私たちが戻って来た時には既にいらっしゃらなかったのですが、グレイス様はともかく私はどちらにいらっしゃるか教えてもらえませんでした」
アンナが知りたいのは、ジュリアスに付いているトーマスの行方だろう。家族にも秘密だということは、大切な仕事なのだろう。
「リルティ様、爽やかなオレンジの冷たい紅茶を入れましたよ」
リルティはアンナの用意してくれた昼用のドレスを身に着けて部屋で休むように言われた。淡い緑色のドレスは、とても肌触りもよくて清楚な雰囲気を醸し出してくれた。
「ありがとうございます」
派手でない髪型も化粧の感じも、グレイスがリルティに求めるものを表している。
「ありがとうございますではなく・・・・・・」
さりげなくグレイスが、訂正を求める。
「あ、ありがとう・・・・・・」
頷くグレイスの方が余程貫禄があるとリルティは思った。
「トゥルーデ見てみて~、笑う――ジュリアスって――」
バンッ! と扉が勢いよく開いて、美しい女性がドレスを掲げてクルクル回りながら入って来た。紅茶を口に入れた瞬間だったので、リルティは何が起こったのかと驚きながらも飲み込んだ。
そして、それが知っている人物であることに気が付いて声を掛けた。
「ロクサーヌ様?」
クルクルと回っていた人物は、リルティの声に一瞬で固まり、リルティの方を向いたときには真っ青になっていた。
「リ、リルティ様・・・・・・?」
ロクサーヌを追ってきた侍女達もリルティの存在に驚いて、リルティとグレイスとロクサーヌに視線を彷徨わせた。
「ロクサーヌ様っ、そちらのドレスは・・・・・・」
グレイスの声は、珍しく慌てながらも怒りを含ませていた。
ロクサーヌが抱えていたのは、光沢のある滑らかな生地に白に近い水色の刺繍が美しいもので――リルティには、ウエディングドレスに見えた。
早く~ジュリアスに会いたいのに~、進まない~何故かしら?
とにかく頑張ります。