お姫様たちの宴会
こんにちは。またもや女達の宴会が・・・・・・(笑)。読んでくださってありがとうございます。
ジュリアスのことを好きだと自覚した後も、いつも不安はつきまとっていた。
ジュリアスの婚約者というのは夢ではないのだろうかと、頬をつねったことだって何度もある。人からジュリアスがどれだけリルティを愛しているかと具合の歩度を伝えられても、それが本当のことなのかと心の片隅に冷静な自分がいて、浮き立つ心を押しとどめようとする。
信じたいと、信じようと思えば思うほど、心の声はなくなりはしなかった。
「リル?」
リルティの気持ちを本当の意味でわかるのは、同じように騙されたというリリアナくらいではないだろうかと卑屈な気持ちもあった。
それが嫌でしかたなかったのだ――。
「トゥルーデ、お願い――。私にわかるように教えて――」
教えてもらってもリルティには理解できないことかもしれなかったけれど、ジュリアスの気持ちを知るためにリルティは願わずにはいられなかった。
「ジュリアス様は、父親である国王様に言われたんですって。『お前は王子に生まれたけれど、お前の望むような未来はないだろう。国のために、次の国王になる兄のために我慢することばかりのはずだ。だから、一つだけ、これだと決めたことだけ叶えてやる。兄であるライアンは母の国とこの国のために自身を捧げろと命じた。あれの願いは、母の国と敵対関係になり、母と自分の命が失われることになったときに、妹の命だけは助けて欲しいというものだった』」
柔和な印象で光り輝く王子様のようなライアンが願ったのは、リルティが仕えている王女の命――。
リルティ達にしてみれば、ライアンの地位は盤石で、フレイアの命を願う必要などないように思えるのに、本当のところは違ったのだと驚いた。
「そんな・・・・・・」
「私たちが生きてきた平和な時代の前は、戦争があったのよ。ライアン様の母君の国に攻め込んだのは、我が国だった。でもどちらにも数多くの犠牲が出たわ。当時王太子だった国王陛下が父親である国王を弑して、戦争をとめたけれど、家族に犠牲がでたものは敵戦国である国の皇女であった王妃様を受け入れたくなかったのよ。ジュリアス様を王太子にという声は、ずっとあったの」
リルティの親戚にも戦争で亡くなった人間はいた。もしかしたら、今回の反乱に親戚がいたのかもしれない。国王は、老グレンハーズや、マストウェル侯爵家のように首謀者達には厳しすぎる判断を下したが、実質的に反乱に関わったもの以外は、縁者に責任は問わなかった。
「ジュリアス様は、『本当に好きな人と結婚したい』って願われたんですって。母に聞いたんだけどね。側妃シェイラ様は、ずっと国王陛下の婚約者で、エウリカ皇国と和解するために王妃様が嫁いで来なければ、王妃になられる予定だったの。そんなお母様のことを見ていたからかしら? と思っていたのだけれど・・・・・・。違ったのね、もう運命の人と出会っていて、それ以外の人を妻にしたくなかったからだったのよ」
あれ? 難しい話を聞いていたと思っていた二人は首を傾げた。
「トゥルーデ、何か温度が変わったんじゃ・・・・・・」
「え、どうしたの? 国ではなく、愛する女をとった熱い男って言いたかったのよ!」
メリッサは、溜息をついてグラスを開けた。それにリルティは次のワインを注いだ。
「・・・・・・うん、わかった――。熱いのはわかったけど」
「ジュリアス様はね、王子なんかやってられるかって、銃と剣を返して来たんだけどシェイラ様が説得したの。リルティを娶って、それで終われると思っているのかって――」
リリアナの執念のようなものを思うと、リルティも終わらないだろうなと思った。
「あの時、もう娶る気だったのね――」
メリッサは違う場所で感心していた。何気にジュリアスの行動の速さが恐ろしい。
「リルを殺せばジュリアス様の気が変わると思うかもしれない。ジュリアス様を王にするために、ライアン様を暗殺するかもしれない――。ジュリアス様がそれでも断れば、その卑劣な敵がフレイア様を奪おうとするかもしれない」
ゾクリとリルティは背中を震わせた。
「そんな・・・・・・」
「そんなことが起きる可能性があったの――。普段のジュリアス様ならそれくらいのことは考えるはずなのに・・・・・・あの時は頭に花が咲いていたんでしょうね。リルにどんな酷いことをしたか、私はロクサーヌ様に聞いているわ。でもそれくらいのことをして、リリアナがリルに嫉妬する気持ちを逸らさなければ・・・・・・リルに危害が及ぶかもしれないと気付いて・・・・・・ジュリアス様は決めたのよ。絶対にリルだけは守ってみせるって――。離宮から戻ってから私が侍女の振りをして貴女の側についていたこともジュリアス様から頼まれてのことよ」
あの離宮での事を思うと、心が裂かれそうになる。けれど、あの酷い仕打ちもジュリアスが自分を思ってのことだったのだと思えば、心が震えた。
「リル、良かったわね――。ジュリアス様は、リルティのこと本当に愛してるのね」
リルティは、メリッサがそう言ってくれたことで、ストンと気持ちがあるべき場所に落ち着いた。
「ああ――、もう、ちょっと可愛すぎるんですけど――」
「頬がバラ色に染まってるわ。飲んでいないのに、この顔はどうかと思うわ」
ゲルトルードとメリッサの少しオッサンのような会話を聞き流しながら、『早くジュリアス様に会いたい』とリルティは思うのだった。
その日は、一晩中恋の話で盛り上がった。リルティは、自分がそんな風にジュリアスの話を出来る日がくるとは思っていなかったので、メリッサとゲルトルードに話しているうちに段々とジュリアスのどこが好きでどこが嫌いかをはっきり自覚することが出来た。
メリッサは宰相補佐であるアレクシス・グレインディースと付き合い始めたらしい。
「メリッサ、彼の前では緊張しないの?」
機械仕掛けの宰相補佐と呼ばれる彼は、凄く格好いのだが、人を側に寄せ付けない雰囲気がある。銀の髪に薄い水色の瞳のせいかもしれないし、彼の掛けている眼鏡のせいかもしれない。
「緊張するに決まっているじゃない。でも緊張しすぎて、噛んじゃったり、ちょっと視線がウロウロしたら、彼は優しい顔で笑うのよ」
「笑われて喜ぶなんて、メリッサ・・・・・・」
「違うわよ! なんていうか、凄く・・・・・・いいものみたわ~って思うのよ」
「・・・・・・メリッサって本当は変わっていたのね」
「リルまで! そういうあなたもミッテンとどうなのよ」
ゲルトルードに矛先を変えたメリッサの言葉に、リルティも知る人物の名前がでて、驚く。
「ミッテン様・・・・・・?」
「私たちは、いつもラブラブよ。恋愛の初心者と一緒にしないで――」
大人の愛を匂わせたゲルトルードにメリッサは、「初心者だなんていってないわよ」と呟く。
「えええ、メリッサ・・・・・・知らなかったわ」
「リル、違うのよ。城に来る前よ。幼馴染がいたのよ。いつか見返してやるわ――」
「メリッサ怖い――」
炎をまとったようなメリッサは恋する乙女というよりは、復讐に燃える鬼のようだった。
「え、振られたの?」
意外そうにゲルトルードは聞いてしまって、少しだけ後悔した。メリッサの鬼のような顔が崩れて泣き始めたからだ。少しだけ酔っていたのだろう。
「私の家は、男爵家だけどそれほど羽振りがいい方じゃないのよ。幼馴染は、結婚の約束までしておきながら・・・・・・私よりお金持ちの女に靡いていったわ・・・・・・。いいのよ、私の見る目がなかっただけなのよ」
「まだ好きなの――?」
「全然。私も好きだったのは彼が私を実家から連れ出してくれるって思ってたからなのよね。兄の嫁が結構意地悪だったから――だから、お互い様なのよ」
メリッサがそんな人と結婚しなくてよかったと、リルティは思った。
「もっと飲みなさい――。ほら、リルもついであげて――」
「ショコラもあるのよ。これ、叔父様が美味しいからって買ってくれたの」
リルティが出したショコラの箱を開けて、ザルな女達は夜がふけるまで飲み明かしたのだった。
次の日は、昼過ぎまでメリッサとゲルトルードと一緒に眠り、夜は城の外へアレクシスの誘いで食事に出かけた。
「あれよね、ギャップよね」
メリッサは、アレクシスと喋っていると普段の彼女らしくなく、口ごもってしまったり真っ赤になってしまうのだ。
メリッサが照れてしまうと、アレクシスは普段恐ろしく無表情な顔が優しそうな笑顔になり、メリッサは更に赤くなるという繰り返しだった。
「どっちのかしら?」
「両方――。私あんな顔をしているメリッサもグレンハーズ様も見たことなかったわ」
ゲルトルードの言う意味はリルティにも理解できた。
「ええ、私も・・・・・・」
でも二人ともとても楽しそうだから良かったとリルティは微笑んだ。
「そういえば、ジュリアス様はどうしたのかしら?」
王宮に戻ってきたら、きっとリルティを離さないんじゃないかと思っていたジュリアスは、周りの想像を裏切って未だにリルティの前に姿を見せなかった。
「今はリリアナの取り調べが忙しいんだと思うわ」
何もないとわかっていても、二人が一緒にいるのかと思うとリルティは少しだけ切なかった。
「リル、そんな顔しないで――。大丈夫よ、すぐにもう見飽きたっていうほど側にいることになるんだから――」
ゲルトルードがそういうのを、リルティは信じて頷いた。
まさかゲルトルードも思っていなかったのだ。同じ王宮にいながら、一週間もジュリアスがリルティに会いに来ないとは――。