お姫様と女友達
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「で? どうなったの?」
部屋に着いて扉を閉めるなり、メリッサとゲルトルードがにじり寄ってきて、リルティはびっくりして瞬きをした。
「そんなに驚かなくても――」
ゲルトルードは微笑を浮かべ、リルティをソファに座らせた。ゲルトルードとメリッサが両隣を固め、リルティに詰め寄る。
「ジュリアス様と婚約したって本当なの?」
「リル、無理やりとかじゃ?」
二人の勢いは凄すぎて、リルティは面食らったまま「落ち着いて――」と提案してみた。
「落ち着いてられるわけないじゃない――。怪我をして記憶を失ったあなたに嘘を吐いていたジュリアス様のことよ。私だってリルに本当のことを話したら、一生会えないようにしてやるとか脅すし、離宮にいてる間はまだ安心だったけれど、静養だとかいって知らないうちに連れて行ってしまうし――」
「私も何度もリルについていくって言ったのに、グレイス様は許してくれないし、そうこうしているうちにジュリアス様の婚約の話が国王陛下からあって・・・・・・」
二人がどれだけ心配していたのかリルティにもわかった。
「心配してくれたのね」
「当たり前でしょ」
「リルが嫌じゃないのならいいのよ」
二人が知っているリルティとジュリアスは、まだまだ恋とも愛ともなんとも言えない間柄だったから心配でしかたがなかったのだ。
「私、記憶が戻ったときにね、ジュリアス様のことを好きだなって思ったのよ。記憶を失っていた間のことはあまり覚えていないのだけど。でも時折ジュリアス様が私に向ける表情を思い出したら、こんな顔をずっと見ていたい――って、そう感じたの。でも何故かジュリアス様のことを思うとムカムカもするからよくわからないのだけど――」
自分の感情がよくわからないリルティは、困ったように首を傾げた。
「ジュリアス様のことは、嫌いじゃないのね? リリアナ嬢のお祖父様があんなことをしなければ、リルティのことを見向きもしなかったのよ、それでも許せるの?」
本当は言いたくなかったが、リルティを見ているとメリッサは心配で訊ねずにはいられなかった。メリッサは、ジュリアスがリルティのことを軽く扱っているように思えて仕方がなかったのだ。
リルティの気持ちを一切考えず、リルティの困ることばかりしていたからだ。
その度にリルティは傷ついていた。その姿を横で見ているしか出来なかったメリッサだから、言わずにはいられなかった。
「それは――、これは内密の話なんだけれど・・・・・・」
ゲルトルードが話そうとしたとき、扉が叩かれて、慌てながらメリッサが扉を開ければ、沢山の荷物を何人かで運んできたアンナがいた。
「・・・・・・荷物、多くない?」
メリッサが驚きに声を上げると、「申し訳ございません。大体のものは離宮に運ばせていただいたのですが、当面のお着替えとお土産と、その他諸々の・・・・・・」と、アンナも少々戸惑いながら言い訳をする。
「着替えはこちらにもあるから」
「いえ、これからはリルティ様は侍女ではなく、ジュリアス殿下の婚約者としてお暮しいただかなくてはなりませんから」
リルティが普段着ていた服では恥ずかしいということなのだろうと、リルティは少し切なくなってしまう。
「そう言えと言われたのね。アンナ、もう面倒だからジュリアス様のあれこれは無視していいわよ」
「え、トゥルーデ、そんなわけには――」
「だって、リルにこんな顔させるなんて、ジュリアス様の言葉の使い方が間違っているからに決まっているじゃない。ジュリアス様に言われたままじゃなくて、要約しないとリルティが家に帰るって言い出すわよ」
ね、と振り向いたゲルトルードの視線に気付いて、リルティは慌てて顔を上下した。
「リルティ様――。わかりました。私が感じ取ったところを要約させていただきますと。リルティ様には、ジュリアス様が選んだものを着ていただきたい。リルティ様が肩などを出したドレスなどをお召しになると気が気じゃなくて、仕事を放りだしたくなるから、ジュリアス様の心の安寧のためにきていただきたく思います。アクセサリーは、ジュリアス様の執着の大きさを示すものですから、リルティ様に手を出そうとする男への牽制のためにも是非つけていただきたいと、ジュリアス様だけでなく、召使一同のお願いでございます」
「え? え? ええ? 今・・・・・・」
「幻聴じゃないですよ。アンナの妄想でもないですよ。リル、今の言葉はまさしくその通りですからね。ドレスはもとより下着まで、全て持ってきたものを身につけてくださいね。でもアンナ、流石に多いから一日分だけにしてくれる? 明日また持ってきて頂戴」
「トゥルーデ、これは一日分ですよ」
「・・・・・・明日夜会があるわけでもないんだから・・・・・・」
「夜会はありませんけど、フレイア様のお召しがあったら、着替えないといけないでしょう」
「ああ・・・・・・、明日は一日部屋でのんびりしているから、いらないわ」
ゲルトルードが面倒くさくなってきたのを感じて、アンナは少し目を吊り上げる。
「トゥルーデ!」
「・・・・・・、わかったから怒らないで――。ついでにそちらの部屋の寝台を運んで頂戴」
軽いから自分達で動かそうと思っていたメリッサは少し慌てて、自分の部屋に駆け込んでいった。
「アンナ、リルは大丈夫よ。私もちゃんと守るから、安心して。ドレスだって宝石だって、必要にになったら離宮にとりにいくから」
ゲルトルードのほうが高位であるはずなのに愛称で呼んでいるところをみると二人は仲がいい友達なのだろう。
「・・・・・・わかったわ、トゥルーデ」
半分諦めたようにアンナは頷いた。
「では、リルティ様、ゆっくりお過ごしくださいませ。お酒は出来ればお召し上がりにならないように――」
ポンとリルティが赤くなったのをみて、アンナは大量の荷物とともに引き上げていったのだった。
「リル、お酒飲めないの?」
「ええ・・・・・・具合がわるくなるのよ」
リルティは敢えて、酒癖が悪くなるとは言わなかった。二人なら大丈夫だとわかるが、キスをしまくるという醜態は出来れば二人に見せたくなかったからだ。
「そうなの、残念だわ」
「二人で飲んでちょうだい。私は雰囲気で酔えるから」
メリッサが先導して、寝台が運ばれてきたので二つをくっつけると、なんとか三人で眠れそうな大きさになった。リルティの部屋はほぼ寝台で埋め尽くされたが。
従僕は、頭を下げて出て行った。
「で、さっきの話の続きよ」
「んー、リリアナの話よね。そうね、夜に話しましょうか。まだ夕方だし、誰が入ってくるかわからないから」
気になるメリッサだったが、確かに聞かれていい話ではないのだろうと思えたのが我慢する。
「何か摘まむもの持ってくるわ。食堂はもう開いているでしょ」
「甘いものはあるから。美味しいのを買ってきたのよ」
リルティが怪我人の世話を手伝ったお店でテオに買ってきてもらったのだ。女は酒と肴と甘いものが同時に入るから嬉しい。
「じゃあ、摘み系とリルは飲まないから食べものね」
「私も行くわよ」
「リルは駄目よ。一人にすると怒られるから、悪いけどメリッサ一人で大丈夫?」
「大丈夫よ――。じゃあ行ってくるわ」
メリッサも久しぶりにリルティと一緒にお喋りが出来るのが楽しみなのだろう、鼻歌を口ずさみながら行ってしまった。
「リル、ありがとう――」
突然の抱擁に、リルティは驚いた。
「なあに?」
「ジュリアス様のこと、許してくれて――ありがとう。私がこんなことを言うのも変なことかもしれないけれど、ジュリアス様はリルが救ってくれたのよ」
「救うなんて――」
「私達じゃ駄目だったわ。ジュリアス様は、生まれのせいかどこか孤独だったわ。私も母も勿論ジュリアス様のお母様も大事に思っているのだけど。リルは、そんなジュリアス様の心に安らぎを与えてくれたみたい。ジュリアス様がリルに執着してしまうのもわからないでもないの」
「安らぎなんて、私が・・・・・・」
与えることなんて出来ないと言おうとしたリルティの頭に、記憶のかけらでしかないジュリアスの安心しきった優しい笑顔が浮かんで、何も言えなくなってしまった。
そうだ、私はあの笑顔があったから、ジュリアス様を受け入れる覚悟を決めたのだ。
ジュリアスの安らいだ顔を記憶のない間の自分は向けられていたのだと思うと、自分にすら嫉妬しそうになる。
ゲルトルードの気持ちがリルティの心に沁みわたる。
「リル?」
「私は、ジュリアス様のことが好き――」
躊躇いなく口に出来た事にリルティは驚いた。ゲルトルードは、茶化すこともなく、リルティを抱きしめて離さず、帰って来たメリッサに怒られるのだった。
リルティは離宮に行く予定でしたが、実はジュリアスは今お仕事で、離宮にはいないのです。だから、メリッサのところに行くというのにだれも反対しなかったんです。そんなこんなで、やっと帰ってきました。もう少し女同士の話をして、ジュリアスとの再会となります。