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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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王子様は絶望した

読んでくださってありがとうございます。さて、ジュリアスは酷い男です。先に謝っておきます。

「ジェフリー様、踊ってくださいませ」

「ジェフリー様、ワインはいかがですか?」


 領主息子として来ているジュリアスは、招いた側としての役目があった。

 近隣の街や村を治めている者達を歓待すること、事故に巻き込まれたもの達をいたわること、祭りでリリアナ達に監禁されていた本当の花のお姫様達を慰めること、数限りなかった。


 特に花のお姫様達は、殺されると覚悟していたせいで怯えていたので、ジュリアスもいつもとは違って顔には笑みを貼り付け、優しく言葉を掛けてやり、大勢で踊るダンスも混じった。


 ジュリアスは、小さい頃はよくこの領地に来ていたが、騎士団に入ってからはそんな時間はなかった。時折母親に連れられて休暇を楽しんでいたが、領主子息としては開店休業だったのだ。


 凛々しく、洗練された未来の領主に、女達が寄ってくるのは仕方のないことだった。王子であるジュリアスは、勝手につけられたイメージ(女遊びが得意で、しかも誠実でない)が先行して、リリアナのようにべったりと寄ってくる女はいなかっただけに、ジュリアスはあしらうのも面倒くさかった。


「ジェフリー様、今日は随分とご活躍だったそうですね。あの抱きしめられていた女性は、今晩は?」

「ランド、ご苦労だった。彼女は疲れていたから、今日は休ませた」


 領主の代理としてこの地を任されている男は、色とりどりの花に囲まれたジュリアスを助けるべく、話掛けたのだが、女達は離れようとしなかった。


「見ているものが幸せになるような口付けをされていたようですが・・・・・・」

「見せびらかすつもりはなかったがな」

「我慢できなかったのですか――。いやはや、喜ばしいですな」


 勿論ジュリアスの素性も知っているランドは、本当に喜んでいた。


「ジェフリー様、踊ってくださいませ」


 手を握ってくる女、身体をこすりつけてくる女に辟易して、ジュリアスは「婚約者の具合があまりよくないので、先に帰らせてもらう」と苦笑が張り付いた領主代理のランドに告げた。


「それは、よろしくない――。とてもお優しい可憐な方らしいですな。私にも今度ちゃんと紹介してください」


 出来れば、男はリルティに紹介したくないジュリアスは、それについて答えず、「後は任せる」と告げて、足早に逃げた。金魚の糞のようについていこうとする女達を振り返りもせず、あっという間にジュリアスの姿は会場から消えたのだった。


「ジェフリー様は?」


 昼間の事故に居合わせた領主代理ランドの奥方は、被害者の見舞いに行っていて、会場入りが遅かった。挨拶をしようと思った時には、領主子息ジュリアスは既にいなかった。笑いながら、「婚約者殿が心配でお帰りになったよ」という夫の楽しそうな声に、妻は微笑む。


「幸せそうなお二人だったわ。婚約者のお嬢様にもお会いしたかったのに――」


 妻は、昼間の騒動を全て見ていた。そして、リルティが狙われたことも二人の抱擁も、その後のリルティが怪我人たちに接していた姿も知っていた。


「直ぐに会えるさ――」


 妻の手をとり、ダンスホールに向かう。


 仲のいい領主代理夫妻の希望が叶えられたのは、しばらく後のことになる。

 




「ジュリアス様、随分お早いお帰りですこと。しかも・・・・・・移り香が・・・・・・」


 夜会の会場は、領主代理の館だったので馬で走らせれば五分とかからない。

 早々に帰ってきたジュリアスは、迎えたグレイスに呆れた声で迎えられた。


「リルは?」

「まだお休みです。ジュリアス様、駄目です。その匂いを落としてからでないと、リルティ様の具合は悪くなりますよ」


 歩き出したジュリアスの後ろをついて、グレイスは小言を言う。勿論そのままリルティの元にいくとは思っていなかったが。


「テオは部屋か?」

「はい。お呼びしましょうか?」

「ああ、匂いを落としてくる。頃合いをみて部屋にくるようにいってくれ。グレイスとアンナも同席してくれ」


 ジュリアスの言葉にグレイスは嫌な予感がして、眉を寄せた。


「ジュリアス様・・・・・・」

「リルティを王都に戻す」

「婚約者としてですか?」

「ああ、もう俺は我慢はしないつもりだ――」


 リルティ以外の女が寄ってくるのも嫌だし、リリアナを捕縛したことでリルティが狙われることもないだろうと思われた。


「リルティ様は、受けてくださるでしょうか――」


 グレイスは、未だに心配でならない。最初から、リルティには酷いことばかりしているのだ、ジュリアスは。わかっているだろうに、ジュリアスは何故かリルティなら許してくれると思っているから質が悪い。


「婚約は・・・・・・もうしてある・・・・・・」


 子供のように口ごもるところを見ると、ジュリアスに自信はないのかもしれない。

 少し斜めに恨めし気な目をグレイスに向けて、ジュリアスは逃げていった。


「リルティ様のことになると・・・・・・」


 ジュリアスにとってリルティは特別なのだろう。

 グレイスからみてもジュリアスは、良くできた王子だった。役割以上にそれをこなしてきたジュリアスだったが、リルティを前にすると子供時代にとりこぼしてきた感情がわいてくるようだ。

 グレイスはくすぐったい気持ちで、ジュリアスが足早に去っていくのを見て微笑んだ。



 リルティが眠りから醒めたのは、次の日の夕方で、丸一日以上たってからだった。


「リル、良かった。やっと目覚めた」


 ぼんやりとしたリルティが目を醒ますと、そこにはジュリアスがいた。寝台の横にソファを置いて、本でも読んでいたのだろう。


「・・・・・・様?」

「目覚めないから心配した。何度か起こしたんだが」

「ジュリ・・・様・・・・・・」

「リル、どうしたんだ、震えている・・・・・・」


 リルティの手が小さく震えるのをジュリアスは驚いて手に取った。


「怖かった――。私は、穴の中に落ちていくの・・・・・・。ジュリアス様は、綺麗な女の人と一緒にどこかへいってしまったわ」


 リルティは、気持ちを抑えきれずに涙を浮かべた。


「リル!」

「嘘つき・・・・・・。ジュリアス様は嘘ばっかり――」

「リル、俺はここにいる――」


 まだ寝ぼけているようなリルティが顔を横に何度も振る。


「ジュリアス様は、私のところには来ないわ・・・・・・」


 ジュリアスを相手にしているとは思っていない様で、悲しそうな顔で俯く。


「どうして?」

「お城には綺麗な人が一杯いるのよ、私は綺麗じゃないから・・・・・・」

「リルは可愛いよ」

「それに私は・・・・・・ジュリアス様とは合わないの。怒らせたり、呆れさせたり・・・・・・」


 ジュリアスは寝台の端に座りこみ、リルティの俯く顔を覗いた。


「リル・・・・・・」

「私、怒っているの。どうして――私の事好きじゃないならあんなに優しくしたの?」

「好きだよ――」

「好きじゃないわ――。だったら何で、私のことを一人にしたの?」


 リルティはポロポロと涙を零していた。未だに記憶の混乱からか、ジュリアスを相手にしてる顔ではなかった。


「――怒ってるんだね。殴ってやればいい――。顔が腫れるまで、ぼこぼこにしてやろうか?」

「駄目・・・・・・。グレイス様とアンナさんに悪いもの。私のことを大事にしてくれた二人を悲しませたくない――」


 ジュリアスが扉の前を向くと、グレイスが目尻の涙を隠すように横を向いていた。


「グレイスとアンナはジュリアスの手さきだよ、怒ってないの?」

「私がくじけないようにって、ドレスと宝石で飾り立ててくれたの。私があの場所に立っていられたのは二人が私を守ってくれたから――」


 記憶は、離宮での出来事をたどっているようだった。


「テオは? テオのことは好きなの?」


 ジュリアスはリルティの意識があいまいなのをいいことに、聞きたかったことを尋ねた。


「テオ・・・・・・叔父様のことは大好きよ。小さな時からずっと憧れていたわ。ふふっ、お母様がいってたのよ。テオさんが女じゃなくてよかったって。女だったらお母様と血みどろの戦いをしていたでしょうねって。叔父さまは、私のお父様のことが大好きなのよ。だから、叔父さまが女だったら、私は生まれていなかったかも」


 よく家で出る話題なのだろう、とても楽しそうに語る。けれどその瞳から、涙が途切れることはなかった。


「リルは、ジュリアスをどうしたい?」


 突然変わった話題に、リルティは手で顔を覆った。


「ジュリアス様なんかいらない――」


 絶望に打ちひしがれそうになりながら、ジュリアスはリルティの手をとった。


「なら、今度あったら、殴ってやれ――。大嫌いだっていってやれ――」


 それでも自分は、リルティを諦めることはないだろうとジュリアスは自嘲の笑みを漏らした。


「殴っていいの?」

「ああ、あいつは変態だから、喜ぶんじゃないか・・・」


 もうどうにでもなれという気分でジュリアスは、そう言った。


「変態・・・・・・って言ったらだめなのよ」

「変態って言ったらキスされるんだ。殴って、それでも愛を囁くようなら『変態はお断りだ』っていってやればいい」


 そうね、とリルティは頷いた。


「ちなみにジェフリーのことは好きなのか?」

「・・・・・・ジェフリー様は、私の王子様なのよ」


 記憶を失って、ジュリアスを好きなのだと思い込んでいる時のリルティですら、そんな顔は見せなかった。照れながらも、ジェフリーを自慢にしているような、誇らしげな乙女の笑顔だった。


「・・・・・・リルティ様の記憶があいまいなのをいいことに心の奥まで覗こうとした罰ですよ」

 

 グレイスの容赦のない声が聞こえたが、ジュリアスはもう既に落ち込むところまで落ち込んでいた。ジェフリーは自分でありながら、自分に嫉妬してしまうジュリアスだった。


 ぼんやりとしていたリルティが、またもや眠りに落ちそうなくらい傾いできたので、受け止めたジュリアスの顔は、グレイスが今まで見たこともないくらいに情けないものだった。

記憶喪失の後、記憶が混乱しています。事故の後ってアドレナリンとかドーパミン?がでて、痛みに気付かないじゃないですか。そんな状態で非常に普通だったのです。でも落ち着くと痛みがあちこちから出てきますよね。今のリルティはそんな感じです(笑)。

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