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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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お姫様は二人もいらない

こんにちは。読んでくださってありがとうございます。

「あの、妹が――。妹があそこから降りれなくなってしまって・・・・・・」


 白い衣装を着た綺麗な女性が、そっとリルティの後ろから声を掛けてきた。

 花冠も白くて、とても似合っていたが、周囲の血の匂いのせいか辛そうな硬い表情だった。


「妹さん? 私じゃ下して上げれないかもしれないから、誰か男性に頼むわね」

「いえっ、あの・・・・・・妹は元々高所恐怖症で、何とか上がった舞台ですが・・・・・・、さっき牛が舞台にぶつかったのに驚いて・・・・・・その・・・・・・粗相を・・・・・・」


 酷く言いにくそうに頬を赤らめてお姉さんと言う人は小さな声でリルティに告げた。


「あ・・・・・・そうなの。それは大変だったわね。ええ、お手伝いするわね」


 その姉という人もリルティより年下のように見えるが、幼いわけではないだろう。余計に可哀想に思って、リルティは舞台に向かった。舞台は何か所もあって、去年の花のお姫様と今年の花のお姫様は場所場所で三階ほどの高さの舞台から花を振りまくことになっているらしい。ここは、最初の舞台で二人で準備していたのだという。


「これを腰に巻いたらいいわね」


 持っていたショールを見せると、お姉さんは申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「貸していただけるのは有難いのですが、その・・・・・・嫌じゃないんですか?」

「嫌? どうして?」

 

 リルティが不思議そうな顔をして訊ねるからお姉さんは「いえ・・・・・・」とリルティをジッと見つめた。


「教会ではよく子供達が・・・・・・」


 舞台の階段は木の梯子だから、リルティは広がる裾を軽くまとめて片手で梯子を握る。


「教会ですか――?」

「ええ・・・・・・」


 反射的に答えたが、リルティはハッとして口を閉ざした。


 私は教会によく行ってたのかしら? と思いふける。少しだけ頭が痛いが、それどころではない。一段一段登っていくとそこには、白いドレスを着て泣いている少女がいた。


「大丈夫?」


 リルティは高いところが苦手というわけではないが、それでもあまり下を見たくないなとおもうくらいの高さだった。これは高所恐怖症の子ならたまったものじゃないだろうと、手を差し伸べる。


「大丈夫・・・・・・かですって――?」


 花のお姫様は街の女の子だと聞いていたのに、聞こえた声は高飛車な女の子のものだった。


「え・・・・・・あなた――」


 リルティは目を瞠った。


「そうよ!」


 金の髪が美しい少女だった。見知った顔かと言われれば、見たことはない。が、リルティが気になったのはそこではなかった。


「良かったわ――。目立ってないわね」


 リルティは安心して微笑んだ。粗相が目に見えるようなものでなくてよかったと、心底ほっとしたのだ。


「なっ! 何がよ!」


 リルティの視線が自分の下半身にあるので、少女は居心地が悪そうだった。それに気付いて、リルティは慌てて目線を反らした。


「何を無視しているの! 男爵令嬢風情がわたくしに偉そうに――」


 とても偉そうなのは少女のほうだったが、リルティは気にしなかった。


「下に降りるのが怖いのでしょう? 大丈夫よ、先に階段を下りてあげるから、安心してちょうだい」

「私のことを――覚えてないの?」


 少女はどうやら自分のことを知っている人らしいと、この時リルティは初めて気付いた。


「知り合いなのかしら――? 私記憶がなくて・・・・・・、ごめんなさいね」


 わなわなと震えているが、どうやら高所によるものではないらしい。リルティから見て少女は、明らかに激高したようだった。リルティに指を差し、少女は声を張り上げた。


「あなたがわたくしの殿下を・・・・・・か、身体で誘惑したのよ! わたくしの大事な殿下、殿下を返して――! ジュリアス殿下に相応しいのは、あなたでなくて、わたくしなのよ!」


 少女の言葉にリルティは唖然とした。

 少女は何か勘違いしている。誰かと自分を間違えているのだろうとリルティは思ったが、ジュリアスの名前に驚く。


「ジュリアスは・・・・・・」


 殿下ではないと訂正しようとしたリルティを目に涙を溜めた少女は殴りかかって来た。


 ただでさえ、この舞台は、舞台と言っていいのか迷うほどの大きさしかなかったのだ。人が四人横に並んで、ギリギリすれ違えるほどの横幅しかないところでは自殺行為に等しい。


「やっ、駄目よ。こんなところで、怪我をするわ――」

「ジュリアス様を返して――」


 リルティよりは小柄だとはいえ、少女はリルティを屈服させたかったのに違いない。血走った目に本気の色が見えて、わけもわからないままリルティは震えた。

 本当なら、少女をこれ以上興奮させないようにしなければいけないとわかっていたのに、何故かリルティは我慢が出来なかった。


「嫌っ! ジュリアスは・・・・・・渡さない――」


 少女がどれほどジュリアスを愛していても、ジュリアスがリルティに嘘を吐いていても――、リルティは自分に向けるジュリアスの愛情を信じていた。

 ジュリアスだけではない。アンナだって、グレイスだって、勿論テオだって、ジュリアスと自分のことを認めてくれている。初めて会った、知らない人間に言われたことを「はい、わかりました」と頷くことは、彼らすら侮辱するような気がしたのだ。

「あなたなんかっ!」


 少女の身体がリルティの身体にぶつかって、身体が傾ぐのをリルティは止めることが出来なかった。


 だめ――、落ちる――。


 身体が空中に投げ出され、落ちる力に抵抗することなく地面に吸い込まれるのをリルティは恐怖の中で感じた。


「リル!」

 

 肩に衝撃を感じながら、リルティは夢を見た・・・・・・ような気がする。一瞬の間だったはずだが、随分長い夢だったような気もする。

 所々抜け落ちているが僅かに残った夢の中で、リルティはいつも幸せだった。


 どうしたのかしら、ジュリアス様が私の手を掴んでいる――。どうして私はこんなところにいるのかしら?

 リルティは、今の自分の状況を把握することが出来なかった。

 引っ張られて、力強いジュリアスの腕に抱きとめられる。


「リル――、間に合ってよかった――」


 泣きそうなジュリアスの声を聞いて、リルティは何となく、夢の最後に少女、リリアナに突き落とされそうになったことを思い出した。


 リルティは、何の弾みか記憶が戻っていた。

 

 王宮にいたことは、明確に覚えている。攻撃されて、確かフレイア王女とゲルトルードと一緒にフレイア王女の寝室に籠っていたはずだった。


「リリアナ! 許さないぞ――。お前のことは、俺個人としては可哀想だと思っていたが、リルティに手を上げた以上・・・・・・祖父たちのところへ送ってやる――」


 リルティを背後に庇ったまま、ジュリアスは手を伸ばした。貴族の姫として過ごしてきたリリアナの細く白い首筋を狙い掴む。今までジュリアスは剣や銃以外で殺したことはない。


「やぁ・・・・・・ジュリアス様・・・・・・」


 少しづつ万力のように締め上げていくと、最初はジュリアスの登場に歓喜の表情を浮かべていたリリアナの顔に苦るし気な色が見えた。ジュリアスの手を掴むその手の締め付けなど、ジュリアスには全く関係がなかった。


 一息で殺すには、ジュリアスの怒りは深すぎた。


 一度は助かったリルティの命をあっさりと奪おうとした女に憎しみしか覚えない。


「駄目! ジュリアス様、止めて――」


 しばらくショックからか呆然としていたリルティが、ジュリアスの背に抱き着いて止めようと引っ張る。


「リル、俺は私怨で人を殺したことはない――。でもこの女は許せないんだ」


 ジュリアスの声は、背中しか見えないリルティには、泣いているように聞こえた。


「ジュリアス様、駄目、お願い・・・・・・。私、私は・・・・・・優しいあなたでいて欲しい・・・・・・。ジェフリーと貴方が同じ人だと知って、びっくりしたけど・・・・・・本当は嬉しかったの――。優しい貴方を失いたくないの・・・・・・お願い、私のために――、指を離して――。その指で、私の頬を撫ぜて・・・・・・欲しいの」


 ジュリアスの手が震えながら、ゆっくりと開いていくのをリルティはジュリアスの背中の緊張が解けていくのを感じて気付いた。


「この女が――!」


 リリアナは、失いかけていた意識の中で、リルティのドレスに向かって手を伸ばした。狭い舞台の上で、朦朧とながらリルティに手を伸ばしたリリアナの表情は、女の醜さを凝縮したようなものだった。


「ひっ――」


 リルティは、リリアナの表情に恐怖を感じて、思わず息を飲んだ。


 ジュリアスがリルティを庇い、抱きしめたのと、リリアナが足を踏み外したのは同時だった。

 

「きゃああぁぁぁ――」


 リリアナの悲鳴にリルティは堪らず、目を閉じた――。 

むやみにイチャイチャしているのと違って、中々描写が難しい・・・。私にしては動きのある場面ですが、お伝えできていたらいいのですが・・・。

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