お姫様の記憶の扉
お久しぶりです。遅くなってごめんなさい。読んでくださってありがとうございます。
「ねえ叔父様、ジュリアス様って侯爵家のご子息っていってたけど、何をしている人なのかしら? 騎士様なの?」
よく考えてみれば、ジュリアスの仕事についてリルティは聞いたことがなかった。
王城で怪我をして、記憶をなくした時もずっとついていてくれたので、王城で働いているのだと勝手に思っていた。そうだ、あの頃はあまりに痛くて、痛み止めを処方してもらっていたせいでずっとぼんやりしていたが、リルティがいたのはジュリアスの部屋だったはずだ。
豪華な調度品、広く清潔な部屋、出ることは出来なかったが美しい中庭。
考え出すと、少しだけ頭が痛い。言ったらジュリアスに怒られるし、皆を心配させるので医者にしか言っていないが。医者は、記憶が元の位置に戻ろうとして頭の中を揺さぶるからだとか、よくわからないことを言っていた。
悪いことではないと。
「リル? 疲れた――?」
やはり心配させてしまうと、リルティは何でもないように頭を振った。
「ジュリアス様は、陛下に信頼を受けて、今回の騒動を調査するように言われているそうですわ。正確には騎士でらっしゃいますけど、騎士団には所属していないのです」
アンナの言葉には嘘はない。騒動の中心にいただけの話で。
「そう、ならやっぱり我儘を言うべきじゃなかったわね・・・・・・」
自分は周りが優しいから男爵令嬢でしかないのに、侯爵家の子息であるジュリアスの婚約者を名乗ることが出来るのだ。だから、出来るだけジュリアスの足手まといにならないようにしたいとリルティは思っていた。
「そんな・・・・・・、リルティ様はずっと我慢してらっしゃいましたもの。少しくらいいいと思いますわ。ね、テオ様」
「うん、おれもリルは頑張り屋さんだなと思っているよ。今日はそんなこと考えないで、楽しもうよ。でもさ、例えリルが今の何倍の我儘を言ったって、あの人はそんな些細なことでリルを諦めたりしないよ。うん、絶対に」
「うふふ、私もそう思いますわ。リルティ様の我儘なら何でも叶えてしまって、しかもリルティ様に甘えてもらえる俺って幸せとか思いそうですよね」
「アンナさん、うまいこというなぁ」
笑いながら二人はそんな風にリルティを甘やかしてくれるが、それではいけないような気がするのだ。
「明日から、頑張るわ!」
とはいえ、流石に今日は許してほしいと思うのだ。
「明日からね」
「明日からで十分ですわ」
やはり二人は優しかった。
「リル、折角だし街のカフェテラスでお茶でもしようか」
この街は随分賑やかなところで、外でお茶を飲む場所も数多くある。大半は男性がお酒を飲む社交場のようなところだが、若い女の人でも外で友達と食事をすることが出来るくらい治安のいい街でもあった。
「嬉しい」
テオのお菓子に対する嗅覚は鋭い。リルティは記憶がないながらも、叔父に任せていれば安心だと絶大な信頼感があった。
「あちらはどうですか?」
人が多い人気のありそうな店を勧めてみたアンナにテオは首を横に振る。
「あそこは雰囲気はいいんですけどね。バターの質がよくない――」
「え、行ったことがあるんですか?」
テオは無言で頷いた。とても可愛くて、とても男性が一人で入れるような店にはみえなかったから、アンナは驚いた。
「大丈夫、店で食べるのは恥ずかしいが、女性のプレゼントを買うのは平気ですよ」
テオにも恥ずかしいと思える羞恥心みたいなものがあるのかとリルティはそちらのほうが驚いた。話を聞いていると、そうとは思えないのに。
「女性へのプレゼントと見せかけて・・・・・・自分で食べるなんて、お店の人も思ってもみないものね」
「リル、わかってないな――。半分は、リルへのお土産にしているんだよ」
「半分ですか・・・・・・」
アンナの呆れたような声に、流石にテオも反論はしなかった。
「あ、あっちはどうかしら? 店の外観も素敵だし、緑が美しいわ」
リルティは、出来るだけさり気なく話を変えてみようと試みるのだった。
テオが選んだカフェテラスは大通りの特に花の美しく飾っている店だった。
「いらっしゃいませ、あら、テオさん」
店員の若い女の子が目を輝かせてテオを見上げた。
「こんにちはリサさん。お店は一杯かな?」
「やぁテオさん、開けているよ。若様はいらっしゃらないのか」
「こんにちはジオさん、残念ながらね。でもいいのかな、若様はいないけど――」
「いいさ、若様のために開けているけど、来るとは思ってなかったからね」
リサは店主であるジオが示した席とテオを何度か見比べて「テオさん、ただのお菓子好きの人じゃないんですねぇ」と呟いた。
「お嬢様、ここが一番いい席なんですよ。とても綺麗でしょう?」
リサは自分の店の一番いい席にリルティ達を自慢げに案内した。
「ええ、とても綺麗ね。それにいい匂いがするわ」
「リル、ここがおれのこの街で一番お勧めのお店だよ」
テオは、お勧めの桃の匂いのする紅茶と、木の実のタルトを三人分注文した。
「若様って・・・・・・」
「ジュリアス様だよ。だって、若様じゃないか」
「うふふ・・・・・・何だか若様って柄じゃないですよね」
アンナが声を潜めて笑うのにつられてリルティも笑いがこみ上げてくる。
「ジュリアス様も小さい頃から何度もお忍びで来てて、街の人にはばれているって言ってたよ」
「ジュリアスが・・・・・・お忍び」
似合わない。
「何度かリルティにも贈ってきてくれていたよ」
ジェフリーと名前を偽って、リルティに贈ってきていたなとテオは思い出して告げた。
「私に? 覚えてないけれど・・・・・・」
少しだけ寂しそうな顔をしたリルティに、しまったとテオは慌ててしまう。
「ごめん・・・・・・」
「えっ、いいのよ。気にしないで――」
リルティは吹っ切るように微笑んだ。
こういうところが、健気で可愛いんだ――とテオは叔父馬鹿を総動員して感慨にふける。
「美味しい――」
「本当に、フワリっていうかホロホロっていうか・・・・・・ああ、口の中が幸せの味になってますわ」
「アンナさん、結構甘いもの好きなんだね。トーマスの奥さんじゃなかったら口説きたいくらいだ」
アンナの感想に共感したテオに、リルティの冷たい視線が突き刺さる。
「痛いよ、その軽薄な男死ねみたいな視線・・・・・・」
「リルティ様、テオ様は口だけですわ」
何気に痛恨の一撃をアンナはテオに食らわせたので、リルティはホッと一息ついた。
「久しぶりのお出かけですから、お疲れでしょう?」
「そうね、でも楽しいわ」
何もしなくていいというのは、リルティには拷問のようだった。
「あ・・・・・・あれは――っ!」
リルティ達の席は、カフェテラスの道に面したバルコニーにあった。正面から牛二頭が暴走してくるのが見えた瞬間、沢山の人が牛にあたって飛ばされれたり逃げる人に突き飛ばされたりして混乱しているのが見えた。
「牛――?」
こちらに向かってくるものの、心配するほどの勢いはそれほどない。
「リル、こっちの店の方に入って――」
テオの誘導で、同じようにバルコニーに出ていた人々は店の中のほうに移動した。
悲鳴が聞こえる――。何かにぶつかる音がする――。
ガンガンとなる耳鳴りに、リルティは身体をよろめかせた。
「リル! どうした――?」
テオの焦ったような声と、アンナの支えてくれる手を感じたけれど、リルティは我慢出来ずにその場に蹲った。
大丈夫――、大丈夫、お兄様が助けてくれるから――。
早鐘が鳴り響くかのような頭痛の中で、何故かそんな声が聞こえた気がした。
しっかりとした声、大人びていても声はまだ少女のもので、自身も震えていたのに、必死にリルティを励ましてくれた。
あれは――? 誰なのだろうと、身体に流れる冷たい汗に身を縮めながら、リルティは苦しさに自分の身を抱きしめたのだった。
こんにちは。なんだか随分とあいてしまいました。
ちょっと考えたいところを考えていたら、そのまま時間が過ぎたというのが本音です。感想をもらって、「しまったーー!凄いあいてる」と気付きました。なんて時間は進むのが早いのでしょう。
次はもう少し早めにがんばります!
『不器用な魔法使いの娘』もお暇でしたらご笑読ください。魔法使いとはいえ、主人公は王女様でヒーローは騎士団長です(笑)。ヒーローって柄でもないですが・・・。