王子さま襲来
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リルティはぐっすり眠って、目を醒ました。
「おはよ。リル」
メリッサとリルティは同室である。先に目が醒めたメリッサが、先に用意を済ませていることが多い。今日もやはりメリッサの仕上がり具合は素晴らしく、朝も早い時間とは思わせない凛々しさがある。
王女付きの二人の髪型は比較的自由で、侍女でありながら、髪飾りに宝石を使うことも許されていたし、髪をおろした形でも文句は言われない。
メリッサは美しい黒髪を編込みでアップにしていた。
そっとメリッサはリルティの髪を梳り、サイドを少し残して頭の高い位置で一つにまとめて、クルクルとまとめて、レースのリボンを飾った。リルティは、あまり髪の毛をいじるのが得意ではないので、メリッサがやってくれなければ、頭の後ろでバレッタでとめるくらいしか思いつかない。
「ありがとう」
「可愛いわ」
メリッサは自画自賛して、リルティと食堂に行く。まだ五時代の食堂だが、王宮の交代時間が六時なので、混み合っている。目的のメインとパンと飲み物をもってテーブルにつくと、侍女仲間達がリルティの額にびっくりする。
「どうしたの? ぶつけたの?」
「ん、ちょっとぼんやりしてて」
そういうと、皆納得して頷いた。リルティは、それはどうかと思いながら、ソーセージをフォークで突き刺した。
「死ね! 変態! とか思ってる?」
小声で聞いてくるメリッサに、リルティは首を振る。
「ううん、もういいの。もうその辺の犬にでも噛まれたと思って諦めるわ」
一日休んで、そう決めた。
「犬って……。貴女もそうとう酷いけど」
「あれは、狼ですよ~」
そこにゲルトルードが食事を持って現れた。
「一緒していい?」
一言断ってメリッサの前、リルティの横に座った。斜めなのは、先程までゲルトルードの座っているところに人がいたからだ。
驚いたように、言葉を失った二人にニッコリ微笑んで、「ごきげんよう」と今更ながら、挨拶をした。
昨日の朝みた美人は、少しやつれているようだった。
「なんか疲れてる?」
「もう徹夜よ、徹夜! やっと今から家に帰るのよ。その前に会えると良いなと思ってこっちの食堂にきたの」
ゲルトルードくらいなら、あの離宮で王子付きのコックの料理を食べていてもおかしくないはずだ。
「額も足も大丈夫? あんまり痛いようなら、上の人にお休みもらえるようにお願いしようと思ってたのよ。うちの馬鹿のせいだし」
余程仲がいいのだろう、王子のことをそんな風にいえる人間がいることに二人は驚く。
「誰が……馬鹿だ――」
三人は周りに聞こえないように近よって話していたので、周りのざわめきに気がつかなかったのだ。
食堂の入り口の側に置いていたジュースを持参で、ジュリアスはメリッサの横リルティの前に座った。
「ヒッ」
そっと額をガーゼの上から撫でられて、リルティは固まる。
「お前は……」
ジュリアスの声は、リルティの耳朶を打った。こんな間近に大人の男の吐息を感じたことはなかったので、真っ赤になる。
「昨日言い忘れたからな。変態と一度言う毎に一回キスしてやる。昨日の分は、貸しだ。そのうち返してもらうからな――」
「貴方がそんなだからフォローしようと思ってきたのに」
ゲルトルードは、ジュリアスに文句を言う。
「貴方達、何しにきたの」
リルティが、固まったままフォークを落としたのでメリッサは拾い、新しいのをリルティに渡した。
「謝りに」
「謝る必要があることか」
メリッサはいい加減ムカついてきた。肝心のリルティが置いてけぼりで、何をしてるのかと思う。
「リル、行くわよ」
「待て。謝罪じゃない。謝罪じゃないが……」
蕾咲きの濃いピンクの薔薇を模した髪飾りをリルティの髪にさして、ジュリアスは満足そうに頷いた。
「お前に似合う――」
「素敵だわ」
「もう、行っていいですか」
ジュリアスの自己満足もゲルトルードのお追従もどうでもよかった。メリッサは、まだ固まったままのリルティの手を引いて、頭を下げた。許可もないまま、リルティを連れて行くと、どこからか「礼儀も知らない」「王子様を手なずけた」など言う言葉が聞こえた。
鬼門だ――と思う。
リルティは、そんな恋愛ごっこが似合う女ではないのに、これではそのうち酷い目に合わされそうだと、メリッサは危惧し、セリア・マキシム夫人に相談しようと思った。
時間は早いが、マキシム夫人なら来てるだろうと、廊下を足早にぬけるのだった。
明日はお休みするかもしれません。よろしく。