王子様はやはり過保護です
こんにちは。お久しぶりです。
ふんわりと裾が広がる外出用のドレスをグレイスはリルティのために用意した。清楚な感じの水色で、装飾は少な目の、品のいい仕立てで、華美なものをそれほど着たいと思わないリルティが思わず鏡を何度も見てしまうくらいに良く似合っていた。
平凡な顔立ちのリルティは、化粧をすれば化粧の腕前がいいほど元とは離れていくのだが、グレイスが連れて来た侍女はリルティをリルティらしくみせながら、美しくするという凄腕の美容部員であった。
「可愛いね。でも・・・・・・」
「似合ってない?」
首を振りながら、「いやぁ、ジュリアス様がほかに見せたくないとかいって外出禁止になるんじゃないか心配しただけだよ」とテオが笑う。
「そんなこと・・・・・・」
あるはずがないと言いたいが、ジュリアスはどこかほかの人とは違う美的感覚があるようで、リルティのことをどこかの美しいお姫様のように扱おうとするから、なんとも言えなくなってしまった。
「ごめんごめん、大丈夫だよ。リルがお祭りを楽しみにしていることくらいジュリアス様もわかっているから、安心していいよ」
リルティがあまりに情けない顔をするので、テオは大慌てで持っていた薔薇をリルティの耳の上あたりに差した。
「生花だからあまりもたないだろうけど、ジュリアス様はそんな長いことリルを連れまわすとは思えないから、摘んできたんだよ。お花の祭りだからね」
テオは改めて、産まれた時から長いこと知っているはずの姪の顔を見た。
大人びた、と思う。ジュリアスと出会ったあたりから少しづつリルティの心も体も変化していったのだろう。ほんの一年前を思うと、その違いに驚くほどだった。
「リル、幸せかい?」
「私? ええ、記憶が戻らないのがもどかしいけれど、とても幸せだと思うわ」
テオは、迷っていた。もし、このまま記憶が戻らないのなら、ジュリアスの元に置いておいていいのだろうかと。
ジュリアスが王子だということも知らないままで大丈夫なのだろうかと悩むのだ。
「そうか、それならいいんだ――」
記憶が戻る確率はそれほど高くないとテオは聞いている。
ジュリアスがリルティを大事に想っていることを知っているから、テオは殊更迷うのだった。
ジュリアスは昼前には帰って来た。
「リル・・・・・・。化粧が少し濃いんじゃないか?」
玄関で迎えたリルティに、ただいまも言わずにそんなことをいうので、余程濃いいのかとリルティは慌てた。
「そんな風には見えなかったのだけど、ごめんなさい。少し待っててくれる?」
リルティが恥ずかし気に階段を上がっていこうとするのをジュリアスは、手首を掴んで引き寄せた。
「ほら、口紅が・・・・・・君にはもう少し淡い色が似あうと――」
リルティの頤を持ち上げたジュリアスの顔が近かかった。
もう、嫌になるくらい睫毛の長い男だわと、そんなことを思った。
フニと柔らかいものが唇にあたって、それがジュリアスの唇だと気付いた時には離れていた。
「・・・・・・ん。これでいい――」
そっとジュリアスが自分の唇でリルティの口紅を拭うのをリルティは動けずに固まったまま見ていた。
いい――というジュリアスの唇が赤くて、リルティは停止していた思考が慌てて流れた。
「ジュリアス! 酷いわ――」
非難しながら、リルティは自分の唇から色をかすめとったジュリアスの唇が艶めかしくて、堪らず目を反らした。
「ジュリアス様! ですからどうしてそういうことをなさるのですか・・・・・・」
もはや疲れた様子のグレイスが、ジュリアスにハンカチを差し出しながら「どこで間違ったのかしら」と呟く。
せっかく綺麗にしてもらってジュリアスと出かけるのを楽しみにしていたから、リルティは気持ちをくじかれてしまった。
なんとも言えない顔で、ジュリアスを見ると、「ごめん――」と困ったようにジュリアスが謝って来た。
「グレイス、リルティの口紅を整えてくれ。淡い色のほうがいい――」
何故かジュリアスは、自分でリルティに口付けたくせに少し赤くなって、グレイスに命じた。
「これからは、ご自分で取る前におっしゃってくださいませ。リルティ様も困ってしまいますよ」
「やろうと思ってやったわけではないんだが・・・・・・」
「まぁ、それは重症でございますね」
グレイスは、つけるクスリがないとばかりに、そう言った。
「街までは少しあるからね、馬車で移動しよう」
普段ジュリアスは馬車は使わないが、この屋敷には馬車も沢山あった。侯爵家というのはお金持ちなのだなと思いながらリルティは、用意された可愛らしい花の模様が彫られている馬車に乗った。
「ジュリアスは?」
ジュリアスは、テオやトーマス達護衛騎士と一緒に馬で行くようだった。
「一緒にそんな密室に入ったら、グレイスに怒られることをやってしまうだろうからね。ずっと横を走らせるよ。アンナ、頼むよ」
「かしこまりました」
グレイスは、夜会の準備をして街のほうの屋敷に荷物などを運ぶために、後から出発することになっている。
ジュリアスが馬車に乗らなかったのは、襲撃を警戒してのことだった。いざというときにリルティを守るのには機動力があるほうがいい。最悪、馬車からリルティを連れ出して乗せて走れば、ジュリアスの馬なら確実に逃げ切ることができるからだ。
「こうしてみると、ジュリアス様って格好いいですよね」
ジュリアスは、王宮にいるときのように黒衣で過ごすことはない。元々黒が似合っているのでもったいないが、静養しているリルティにあまり黒は好ましくないだろうという医者の言葉に従っているのだった。
「なんだか王子様みたいな人よね」
アンナは、どういっていいのかわからず、頷くだけにする。
「あんな人が私の婚約者だなんて、信じられないんだけれど・・・・・・」
「リルティ様をあんなに大好きなジュリアス様のことを信じられないんですか?」
それこそ驚きだとアンナは、リルティに詰め寄る。
「いいえ、信じられないのは、ジュリアスの気持ちじゃないのだけど・・・・・・だって私は男爵家の娘だったんでしょう? 侯爵家の子息が婚約者だなんて、よくわからないのだけど、変だと思うの」
実際に侯爵家の子息であったら、確かに違和感があるだろうなとこの国のことをあまり知らないアンナも思わないでもない。もしリルティがジュリアスの身分を知ってしまったら? とアンナも考えてしまう。リルティはきっと身を引こうとするだろうと思うのだ。
「リルティ様、街をご覧くださいませ。色とりどりの花々が美しいですわ」
街に入る前から、少しあけた窓から甘いような爽やかな香がしていた。
「素敵な街ね――」
花祭に参加するために近隣の街や村の人々も沢山集まっていて、それは凄い人だった。リルティたちの馬車は徐行しながら、ゆっくりと煉瓦の道を進んでいく。その先々に花で作られたリースが掛けられている。
「リルティ、着いたよ」
馬車を開けてジュリアスはリルティを促した。
「ここは――?」
「ここも侯爵家の持ち物だ。手狭だからね、あまり使っていないんだ」
手狭・・・・・・と、屋敷を見上げてリルティは声をなくした。
確かに街から離れた屋敷は広大な敷地だったし、それよりは多こじんまりとしているが、十分な広さと荘厳さをもった建物と庭だった。
「馬車を置いていこう。疲れたらここで休憩して、夜会に備えようと思っているんだ。開会式をやった広場も近いからね、騒がしいが、祭の気分を楽しむのはこちらのほうがいいだろう」
ジュリアスは、リルティの思っていた以上にお金持ちで、それ以上に過保護のようだった。
ダメ人間奪回しないと、と思いながら、中々すすまないお話しでもうしわけないです。いつも読んでくれてありがとうございます。