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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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祭りの前のお姫様

よんでくださってありがとうございます。

 名前を呼ぶとフニャと笑う。フニャではないか、フワリ? 安心しきったその笑顔は長い間ジュリアスの知らないものだった。何故かというと、簡単なことで・・・・・・、嫌われることばかりしてきたかららしい。いや、嫌われることをしているつもりはないのだが、自分の欲望のままに行動すれば嫌われてしまう。生まれてこの方ずっと自制を求められてきたジュリアスとって、冷静さをとってしまえば、ただの女心のわからない馬鹿だとリルティの親友メリッサはいう。


 だから、そんな心を許している、愛しているよと言わんばかりの笑顔を見れば、舞い上がってしまうのは仕方のないことだろう。


 目尻が下がって気持ち悪いと護衛のトーマスに言われ、「そんな方だったんですね」とリルティの叔父であるテオに呆れられても、ジュリアスは何食わぬ顔で、リルティのために爪に色を塗る。


 グレイスにリルティに触れたいと言ったら、祭りのために爪に色をつけるからやってもいいと言われたのだ。面白そうな顔で静かに片手を差し出すリルティの爪に色を塗る。一色では楽しくないので、先生であるアンナに教えてもらいながら、白、ピンク、花と描いていったら、アンナに「なんでも出来るんですね」と驚かれた。

 そう、ジュリアスは器用貧乏という類であった。何でも卒なくこなすから天才と言われたりもするが、これといって秀でているものはないと思っている。剣や体術、銃の扱いまでどれも素晴らしいが側にミッテンがいたので彼に及ばず、政においては父や祖父、兄に及ばず、はたして自分に誇れるものはあるのかと不安になってしまうのは仕方のないことだろう。


 けれど、ジュリアスにはリルティがいた。人のために優しさを惜しげもなく披露する彼女に相応しい男になろうとジュリアスは諦めなかった。今のこの時は、偶然のたまものような気もするが、リルティならばジュリアスが事情を話し(もしくは話さなかったとしても)精神誠意謝り、素直に心を開けば、許してくれただろうと思えた。


「ね、リルは子供は何人欲しい?」


 ジュリアスは、リルティの指に息を吹きかけながら上目遣いで彼女の瞳を見つめた。


 とっさのことにリルティは驚きながらも、「そうね三人くらいは欲しいな」と口にした。


「俺はね、沢山欲しいけど、リルティが子供達にとられそうな気がするから一人か二人かな」


 こんな大きななりをして子供と取り合いするんだ・・・・・・と思ってクスリと笑ってしまった。ジュリアスといるといつもそんな風に笑ってしまうのだ。


「ジュリアスに似た子が良いわね」


 そうすれば親戚の中で浮かなくて済むだろうと思ってのことだったが、ジュリアスは嬉しそうにリルティを抱きしめて「そんなに煽ってどうするつもりなの?」と言う。そんなつもりはなかったリルティは、慌てるが、諦めたように力を抜いた。暴れるとせっかく塗ってもらった爪がどうなるか心配だった。


「ジュリアス様、それ以上はグレイス様の禁止令にひっかかりますよ」


 ジュリアスの甘えた口調の喋りにアンナは、ムズムズしてしまう。

 二人がいい雰囲気なのを壊すのは申し訳ないが、やはりそこは職務を全うしようとアンナは隣に自分がいることをアピールした。

 王子であるジュリアスの口調は、いつもはもう少し尊大だ。けれど、リルティには侯爵子息ということにしてあるのと、多分リルティに無意識に甘えているためだろう、口調がアンナにとってはむず痒かった。


「明日のお祭り、楽しみですわね。朝と夜は式典にでないといけませんが、午後はリルティ様と一緒に祭りを楽しまれるのですよね。夜会ではリルティ様にきっとダンスを踊ってほしいという男性が群がるでしょうから、ジュリアス様は気が気じゃないでしょうし、今日は早めにお休みくださいね」

「リルは、病気療養中だから俺以外とは踊らないの。朝の式典が終わったら迎えにくるから待ってて」


 朝は公式行事で、リルティはまだ婚約者でしかないので出席は出来ない。夜会は婚約者でも務まる舞踏会だから、リルティはパートナーとして出席が決まっている。今日は記憶にないダンスを覚えているか心配だったので、ジュリアスに手を取られて何曲か踊った。こういうことは身体が覚えているようで、なんら問題はなく、踊り切ったリルティにアンナは盛大な拍手を送ったのだった。


「ええ。楽しみにしているわ」


 リルティは、ジュリアスに爪を塗ってもらったお礼を言って自分の部屋に戻っていった。


「明日はリルティの側を離れないでくれ」


 少し離れたところでくつろいでいたテオにジュリアスは頼んだ。叔父としてでも騎士としでもいい。幸運の神様に愛された男にリルティを任せれば、これ以上の安心はない。


「勿論です。ジュリアス様、まだ残党狩りは?」


 テオは今はリルティについてくるために国王の命令の元ではあったが、休職中だった。だから残党狩りなどの話は耳に入っていない。リルティが寝室に戻ってから街で聞きこむ話だけがテオの情報の全てといってよかった。


 テオは甘いものだけでなく、酒も強かった。リルティと同じ血を継いでいたなら、きっと酒は飲めなかっただろう。兄も非常に弱かった。


「一つ一つ潰してはいるんだが、核にたどり着けない」


 忌々しそうにジュリアスは呟く。計画をつぶしたジュリアスに恨みを持つ者がいるということは、リルティにとって危険この上ないのだ。


「そうですか。ジュリアス様も無茶をなされないようにお願いしますよ。ミッテン殿もいないのですから」


 テオが運で乗り切る男なら、ミッテンは力で運命を押し流しそうな男だった。


「ああ。お前ほどじゃないが、俺も運は悪くないほうだ――。リルに出会えたくらいだからな・・・・・・」


 テオは成程と頷き、「これ以上のろけないでくださいよ。独り身には辛いですからね」と、愚痴った。


「ロクサーヌといい感じだと噂で聞いたが――」


 離宮で知り合った侯爵未亡人のロクサーヌとは、離宮から帰った後も何度か美味しいお菓子が食べられると評判のお店に行ったり、屋敷に招待されたりしている。いい年をしてどうかとは思うが、互いに気のおけない友人のような間柄である。


「ええ、あの方は素晴らしい女性だと思います」


 ただロクサーヌは、男を信用していないのだ。友人である間はいいだろうが、テオと恋仲になるには気持ちだけで障害がかなりあるだろうと思われた。テオは、その点草食系というべきか、天然というべきか、男の雄としての部分があまり顕著でない。だからロクサーヌも気を許しているのだろうなとテオは思っている。


「ああ、リルティのこともかなり心配してくれている。男女の間柄のことには口を出したくないが、出来るだけ彼女を傷つけないように頼む」


 幼馴染でもあるジュリアスは、ロクサーヌのことを心配してテオに釘をさしたのだった。

 テオは微笑み、頷いた。




 昨日の夜に早く眠りすぎて、リルティはいつもよりも早く目が醒めてしまった。お祭りに行けるというウキウキ感のせいかもしれない。


 春の訪れを告げるお祭りは、街娘の中から花のお姫様が選ばれる。去年のお姫様から花の冠をもらったものは、今年の花のお姫様となり一年間幸せに過ごすことが出来るという。大体が友達や姉妹に贈るというので、その二人が高い櫓に上り、籠に集められた花弁を撒いて祭りは終わるのだ。


 リルティが起きた時には、既にジュリアスの姿はなかった。


「え? もう出かけたの?」


 リルティは朝も早い。六時頃には身支度が終わっている。それなのに、もういないというのはどういうことだろうか。


「なんでもリルティ様と行く場所に危険はないかどうか点検するとかで、早いうちにお出かけになりました」


 それは普通のことなんだろうかとリルティは首を傾げる。どうもジュリアスはリルティを深窓の令嬢か何かと思っているのではないだろうか。記憶はないが、それはないと思う。


「そんな微妙な顔をされて・・・・・・」


 アンナが笑いをこらえながら、リルティに温かいお茶を差し出す。


「ジュリアスを見ていると、自分が自分でない気がするわ。記憶を失う前の私はそんなにお淑やかで可愛らしい女だったのかしら?」

「リルティ様は、今も可愛らしいですわ。でもお淑やかという感じではありませんね。ジュリアス様は、リルティ様がお怪我をなされて、とても苦しい想いをされたのではないでしょうか。苦しむ貴女の姿を思い出して、何故自分が守れなかったのかと自責の念にかられるのでしょう」


 記憶を失った自分よりもジュリアスのほうが傷ついているのだ。


「私、ジュリアスと出会えて幸せだと思うわ・・・・・・」


 リルティが微笑むとアンナは嬉しそうに「ジュリアス様におっしゃてくださませね」と言う。


「ええ・・・・・・少し恥ずかしいけれど」

「ジュリアス様はお喜びになられますよ」


 リルティは、朝の式典も終わって早くジュリアスが帰ってくればいいのにと、晴れ渡る窓の外を見つめた。


 屋敷は、朝から忙しい。街にいる子供達は、屋敷の裏口からやってきてアップルパイをもらうそうだ。リルティも一緒に渡したかったが、子供や付き添う親を装って危険な人が入ってこないとも限らないのでと、自分の部屋にこもることになった。


 残念だ、ラッピングしかさせてもらえなかったが、子供達が喜ぶ姿を見たかったのに。


 リルティの側にはテオがいる。テオは手紙を書いているようだ。街にいったときにだすつもりらしい。リルティも覚えていない両親に手紙を書くことにした。


「リル、一度家に帰らないとね」

「ええ。夏にはレイスウィードに行くってジュリアスが言ってたわ」


 テオが少し困ったような顔をして、リルティを見た。普通ならこんな顔のいい天使のような男性が側にいればドキドキするのだろうけど、叔父というだけあって全くリルティの心臓は跳ねもしない。身体が覚えているのだろうか。


「リル、おれたちね、血が繋がってないんだけど・・・・・・」


 叔父と言われたからてっきり繋がっているものだと思っていたけれど、そうではないと聞いても特にリルティは「あらそうだったの」としか思わなかった。


「やっぱりドキドキとかしないんだねぇ」


 おしめも替えた間柄だからかなぁと呟くテオの真意がわからなくて、リルティは首を傾げた。


「結婚だって出来るのに、揃いもそろってお前達姉妹は、おれのことを男とはみないんだもんな・・・・・・」


 少し残念そうにテオはリルティに微笑む。やはりとても華やかな綺麗な男性なのに、テオは叔父さんだしと思ってしまうのだ。安心感しかない、家族だなと思ってしまうのは、記憶だけの問題ではないのだろうとリルティはテオを見て思った。


 うん、天使にしか見えない――。


うーん、何故か1月くらいあいてしまう不思議(笑)。忘れないで読んでくださって本当にうれしいです。

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