眠れる中庭のお姫様
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
ジュリアスは忙しいらしい。朝は一緒に食事をしたら直ぐに出かけてしまうし、夜も遅くまで帰ってこないのだ。
「何をしているのかしら?」
リルティが朝食の合間に聞いたら仕事だといっていたが、それはそれで非常に残念だった。リルティは、アンナとグレイスに見張られていて、街に出かけることもできないし、森を散策することも出来なかったから、ジュリアスが王都から戻ってきたら、一緒に出歩けられると思っていたのに。
「出かけてしまうの?」
一度、思い切って自分も連れて行ってくれないだろうかと尋ねたが、「まだ本調子じゃないからダメ」と言われてしまった。
リルティは、暇だった。
歩いていると、屋敷の中は甘い匂いが充満していて、側についている侍女のマリサに原因を聞いてみた。
祭りの日にこの屋敷のある町の子供たちにアップルパイを配るために今は屋敷のもの全員でアップルパイを焼いているという。
「なぜ私にいってくれないの?」
こんなに暇なのに、やることくらいあるでしょうと憤慨すると、マリサは「申訳ありません。こんなことを貴族の奥方様のやることでないだろうと思いまして」と悄然と頭を垂れた。
「マリサ、怒っているわけじゃないんだけど、私にも何か手伝わせて。リンゴを切るとか鍋を混ぜるとかならできるんじゃないかしら? 子供たちが喜んでくれるなら、是非手伝わせてほしいわ」
意気揚々とし始めたリルティに、マリサは「グレイス様に許可を頂いてきます。少しお待ちくださいませ」と、慌てて行ってしまった。
こういう時にふと疑問を感じる。私はこんな生活は向いていないんじゃないだろうかと。居ても立ってもいられない気持ちは記憶がないからだけではなくて、自分らしいことをしていないからじゃないだろうかと、落ち着かないのだ。
リルティが任されたのは、焼けて冷えたアップルパイをラッピングすることだった。可愛らしいお皿に乗せられたアップルパイを薄い布で覆って、リボンを巻く。
「味見もしてくださいませ」
そういって、アップルパイにクリームを載せた皿と紅茶を持ってくるので、いつもの太らせよう作戦だなとリルティは気付いた。
「もうあんまり食べたらドレスが入らなくなるわ」
怪我した身体を締め付けないようにゆったりとしたドレスだが、毎日食べろ食べろと言われ、特にすることもない生活をしていれば自然とお肉がついてくる。
「もう、ジュリアスはお仕事で構ってくれないし、みんな忙しそうだし・・・・・・」
ラッピングは終わってしまったし、リルティはどうしようかしらと周りを見渡した。お話しするにもマリサもいない。
庭で日向ぼっこでもしようかしらとブランケットをもって中庭に出ると、広い中庭の奥のあたりがアーモンドの花が咲き、その下が気持ちよさそうだなと検討をつけた。正面からは陰になっているから、うたた寝してしまってもみつかって恥ずかしい思いをしなくていいとだろう。
暖かい木漏れ日に身体の隅々まで生気がいきわたるような気がした。
「早くジュリアスが帰ってくればいいのに・・・・・・」
そうすればきっと楽しい。身体はもう元気なのだから、自由にさせてほしいとお願いしようとリルティはうとうとしながら、ジュリアスの帰りを待ちながら春の陽気を楽しんでいたのだった。
「どうしよう・・・・・・」
思わず唸ってしまうほどの凄くまずい場面であることはリルティにもわかった。
自分の名を呼び、それこそ走り回っている家人達の顔は強張っている。そしてジュリアスのまず聞いたことがないような叱責をグレイスが浴びている。
自分の名前を呼ぶ声に目が醒めた瞬間、とても申し訳ない気持ちでリルティは立ち上がった。
「ごめんなさい。ここにいるわ」
寝起きで声もあまり出ないながらも、その声に気づいたのはアンナだった。
「リルティ様! ああ、良かった・・・・・・」
安堵溢れるその声に、本当に申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
「散歩していたら気持ちが良くて・・・・・・ごめんなさい、眠ってしまったの」
ホッとしたアンナの目には僅かに安心したせいか涙が潤んでいた。
なんで、こんなことになっているの?
正直な話、リルティは何故こんな大げさなことになっているのかわからなかった。
「リル! そんなところで寝ていたら身体によくないことはわかっているだろう。皆に心配をさせて、家を預かるものとしての自覚がなさすぎる。常に侍女を側に置いておくべきだろう。グレイス! 身分にふさわしい振る舞いを教えていないのか」
いつの間に帰ってきたのだろうかと思っていたリルティは、ジュリアスのその言い様に今まで我慢して我慢して我慢してきた気持ちが溢れてしまった。子供のように駄々をこねているようで必死に押し殺してきたのに、それが全くジュリアスにはわからないのだと思うと、堪らなく悲しくなってしまう。
「いや! もうジュリアスは私を閉じ込めてばっかりよ。中庭は好きに散歩していいって言ったじゃない。もう、もう、ジュリアスなんか、大嫌いよ!」
いきなり泣き出したリルティの投げつけた言葉は、ジュリアスの心を抉った。いなくなったリルティの命の危機だと思っていたら中庭で眠りこけていただけでも我慢ならないというのに、大嫌いとまで言われたのだ。
「リルティ!」
怒りに任せて名前を呼ぶと、我慢できないとばかりにリルティはしゃがみ込んで泣きじゃくってしまった。
「ひっく・・・・・・ふ・・・・・・っ」
これには流石にジュリアスも驚いた。
「リルティ・・・・・・?」
手を差し出すとバシッと払いのけられるが、こんな屋敷中の人間のいるところで泣かせているわけにはいかない。
無理やり抱き上げると「帰る・・・・・・」と泣きながらジュリアスを押しのけようとするのだった。
「ジュリアス様・・・・・・。あの、リルティ様は、ずっと屋敷から出ないようにお願いしていたのです」
「怪我をしていたのだから当然だろう」
「治ってからも・・・・・・、ジュリアス様が来るのを心待ちにされるだろうと思って、『ジュリアス様がいらっしゃったら街にも森にもお出かけできますよ』と言ってごまかしておりました」
グレイスは、ジュリアスの耳元でそっと囁いた。グレイスとしては、リルティがジュリアスの訪れを待ち焦がれてくれればうれしいと思っていたのだが、リルティにしたらただ閉じ込められていると感じていたのだろうと想像がつく。
ジュリアスは、ここに来てからの自分とリルティの行動を思い浮かべて納得する。
リルティは、ジュリアスが来れば一緒にあちこちに出かけられると思っていのだろう。それなのにジュリアスは視察や警戒でろくに屋敷にすらいなかった。リルティは自分も連れて行ってほしいと言っていたのに、何かあっては大変だとそれも許可しなかったのだ。唯一自由になった中庭の散歩にジュリアスが文句をつければ、リルティが怒るのも仕方のないことだろう。
「リル・・・・・・。嫌いにならないで・・・・・・」
ブランケットで顔を見せてくれないリルティに、ジュリアスは懇願する。
「もう、嫌? 俺のことは我慢できない?」
ブランケットに隠れたリルティに何度も口づけながら、ジュリアスは「ごめんね」「リルがそんなに待ってくれていたなんて知らなくて」「俺の事、許せない?」と情けないくらいの小さな声で尋ねた。
「・・・・・・ジュリアスの奥さんになったら、こんな生活が続くの?」
ブランケットの下から、感情に揺れる声を抑えながら、リルティは尋ねた。
「嫌?」
ジュリアスが言うのは妻になることだろうか、こんな生活のことだろうかと迷っていたら、ジュリアスは困ったように「でもリルを離すことなんて出来ないから」と断言した。
「奥さんになるのは嫌じゃないわ・・・・・・」
いつの間に移動していたのかリルティが顔を上げると、リルティの部屋に戻ってきていた。
「良かった・・・・・・。今はね、リルが怪我をした件で逃してしまった反乱兵を警戒しているんだよ。こちらに逃げたものがいると報告があってね。だから、祭りの前に捕まえようと頑張っていたんだけど、ごめんね、まだ捕まってないんだ」
穏やかな顔になっているジュリアスが、リルティの頬に口付けるのをリルティは止めなかった。
「お仕事なの?」
「うん。一緒にいたいんだけど、もう少しだけ待っててね。リルが安心して街にいけるように頑張ってるから。それに明後日はお祭りだろう? その日は、俺も一緒にいるから街にでかけよう」
ジュリアスが一生懸命お仕事をしているというのに、自分が足を引っ張ってはいけないだろうとリルティは頷いた。
「明後日は一緒にお出かけね。中庭にいても怒らない?」
自分が怒られるだけならともかく、ほかの人を怒るのは止めてほしいとリルティはジュリアスに告げた。
「うん。でも一人で行くのは止めてほしいんだ。いつ敵が現れるかわからないからね。お願いだから・・・・・・」
心配してくれているのに、これ以上のわがままは言ってはいけないのだとリルティは心配そうに見つめるジュリアスの瞳を見つめた。
「わかったわ。貴方も無理はしないでね」
リルティがそういうと、ジュリアスは感極まってそっとリルティを抱きしめてぬくもりを感じるのだった。
本当に笑えるほどに進まないこのお話。読んでくれるかたがいてくださるから何とか進んでいるのでしょうね。うん。ありがとうございます。
もう、いいよ、さっさと先に進めよと自分でも思っているのですが、なんだろうこの中弛み感が書いていて楽しい(笑)。