王子様がご乱心です
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ジュリアスは変な人だ。いや、変態といってもいいだろう。
リルティは部屋に戻って、真っ赤になってしまった自分の顔を鏡でみた。
大体こんな平凡な顔を好きだというのも変なのだ。自分の顔を知らないのだろうか。あんな睫が長くて、重くないんだろうか。唇とかもなんか色気っていうのだろうか、おかしい、男のほうが色気があるなんて。
もう一度自分の顔を鏡で見たが、やはり全面降伏しかない。
そういえば、ジュリアスのお母様や兄や妹といった人たちも怖ろしく煌びやかな人たちだった。お見舞いに来てくれたジュリアスの兄弟はあまり似ていないにも関わらず、華やかさや雅さは同じものを持っていた。
いや、だめだろう。だって自分に似た子供なんて出来たら、子供にも申し訳ないし、親戚にも平謝りしなければならない。
そうだ、この婚約は取り消したほうがいい……。きっと王女様を助けたというから何かジュリアスは勘違いして私のことが好きだと思ったのだろう。毎日この顔を見ていたら、きっと直ぐに飽きる。というか嫌になるんじゃないだろうか。
鏡の中の自分が段々萎れてくるのにリルティは気付いた。
こんなにジュリアスのことが好きなのに、ジュリアスに疎まれるなんて……。
「どうしよう……。どうしたらいいのかしら? どうしたらジュリアスから離れられるのかしら?」
離れることを考えただけでゾッとする。これほど自分の中でジュリアスが大きくなっているなんて思ってもみなかったのに。
リルティが独白をもらした時、慌てたようにアンナが部屋に入ってきて驚いたようにリルティを見つめた。
「リルティ様、どうしたんですか? 顔が真っ青に――。ああっ、震えていらっしゃいます。マリサ! リルティ様を寝台にお連れして――。手もこんなに冷たくなっていらっしゃいますね。何か身体の温まるものをお持ちします」
リルティ付きの侍女に命じてアンナは駆けて行った。元気だけれど走ったりしない彼女があんなに慌てるなんてどうしたのかと思いながら、リルティはマリサに手伝ってもらって柔らかな夜着に着替えた。
寝台に上がろうとしたところで、息が上がった様子のジュリアスが駆け込んできた。
「ジュリアス?」
「出て行け、早くここから出て行け」
リルティと同じ歳くらいのマリサが主人の命令に慌てたように部屋をでていくのを呆然と見送ってしまったリルティは、ジュリアスが怒っていることに気付いた。
ガチャっと鍵を掛けた扉の向こうで僅かに遅かったグレイスの必死の声が聞こえたが、扉が閉じたところで消えてしまった。なんて頑丈な扉なんだろうと、リルティは呆気にとられて働かない頭の隅で思った。
「ジュリアス?」
さっき馬鹿といってしまったから怒っているのだろうかと首を傾げたが、ジュリアスの歩いてくる勢いに驚いて寝台にバランスを崩して半身を倒してしまった。
寝台の端に足を床に付いた状態で寝台に寝転がり、見下ろされるのは何故だかとても羞恥にかられて、リルティは慌てたように起き上がろうと横に手をついたのだけれど、ジュリアスは無言でリルティの両手を寝台に縫い付けるように屈みこんだのだった。
「どうしたの? 怒ってるの? さっき馬鹿って言ったから……」
でもそれだけ酷いことをしたのだから、当然だと思うのに非難することは躊躇われた。
ジュリアスは酷く怒っているのだということが、無言の口の形と吸い込まれそうな瞳から感じられた。
「リル、何故俺から逃げようと思ったの?」
しばらく膠着したその空気を破ったのは、ジュリアスの温度の感じられない言葉だった。
「逃げる?」
「俺が、随分我慢しているってわかってる?」
リルティに言い聞かせるようにジュリアスはリルティの唇を指でなぞった。何を言っているのか、多大に漏れたジュリアスの色気でリルティも理解した。
「ジュリアス……」
ジュリアスは怯えたような瞳のリルティを起して座わらせると、そっと抱きしめた。
「リルが思っているより俺はリルのことが好きなんだけど、わかってないよね? もう俺のものにしちゃおうかな」
覗きこんだ先に愛している女の青い顔があって、ジュリアスはその指先に口付ける。
「リル、俺はもういつでも君を奪える。覚悟もある。少しでも俺を好きなら、俺から離れないで――。そして俺を求めて……」
ジュリアスが言葉の何倍も優しい口付けをリルティの唇に落とすと、一瞬視線を彷徨わせたリルティが、ジュリアスの肩口を握り、そっと引き寄せたのだった。
「リル、愛してる――」
ジュリアスが満腹になった猫のような目でリルティを見つめた。
「私も……」
リルティは嘘をついている様な顔ではなかったから、ジュリアスはリルティの髪を片手で梳いて手を握り締めた。
「本当はもっと色々聞きたいんだけれど、リルの顔色が悪いからね。なんだったら一緒に寝る? 温めてあげる」
「そんなことされたら、眠れるものも眠れないわ」
「そう? でも具合が悪くなったら、お祭りも一緒にいけないしね。我慢するよ。リル、本当に離れない?」
やはりそれだけは確かめたかったジュリアスは、リルティの嘘を見逃さないように尋ねた。
「ジュリアスが私に飽きる前に離れたいと思ったのだけど……」
「リル、飽きるって俺が? 知らないだろうけど、俺はもうずっと長いこと君を求めてきて、やっとこの手に掴んだんだ。悪いけど、君が俺に飽きてしまっても、手を離すことなんてないから」
絶対にと、小指と小指を絡める。
「東洋ではね、愛する者達は小指がを繋げて愛を囁くんだって。それは呪いでね。絶対に解けないらしいから。覚悟して――」
リルティは自分の考えが色々と間違っていたことに気付いた。
リルティが思っていたよりジュリアスは自分のことが好きなのだと、やっと認める事が出来て頷いた。絡まる小指を嬉しく思いながら、「呪いなら仕方がないわね」と微笑むと、ジュリアスは「グレイスの血圧が心配だから、俺は戻るよ。怖がらせてごめん」と部屋を出て行った。
飛び込んできたグレイスに無事を確認され、アンナには告げ口をしてしまったと平謝りをされた。
「ううん。いいのよ。ジュリアスがいつも私のこと玩具で遊ぶように恋愛ごっこをしているのかと心配していたのだけど、本気だってわかったし。だってあんな格好いいひとが私のことを好きだなんて信じられないじゃない?」
リルティの照れたような顔を信じられないものを見るように二人は凝視した。
「「ジュリアス様の愛を疑っていたのですか! あんなに熱烈に愛情表現されていたのに!」」
二人は異口同音で叫んだ。
「いつも軽薄な感じだったから……」
まるで自分がおかしいといわんばかりの二人に、少しだけ反論してみたのだが、無駄だった。
「「ジュリアス様が愛を囁く事自体が有り得ないんです」」
グレイスは小さな時からのジュリアスを、アンナはアルハーツ国でのジュリアスを思い浮べて言った。
「だって……私は最近のジュリアスしか知らないのだもの」
そのジュリアスは、正にケーキを食べていた時のジュリアスなのだ。
さっきのジュリアスは誰だろうかと思った――。怖かったけれど、少しだけ真面目なジュリアスに惚れ直したと言ったら、ジュリアスはどう言うだろうか。
リルティが記憶を取り戻しても、軽薄だというジュリアスしか出て来ないことを知っている二人は、温い笑みを零し、「リルティ様、身体を温めるお茶を用意しましたから、少しだけ召し上がって、お休みしましょうね」と話を変える事にしたのだった。
危うくお月様仕様になりかけましたが、無事修正(笑)。
ジュリアス、君の理性は素晴らしい! でも馬鹿だろう(笑)な感じで楽しんで書けました。
ジュリアスのいう覚悟って、グレイスに怒られる覚悟だと思います;。