王子様の自責
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「ジュリアス様、まだリルティ様に本当のことをおっしゃらないのですか?」
馬車の中身はリルティのお土産だらけで、自分は入らず馬車の横で馬を走らす主にトーマスは呆れたように尋ねた。
「トーマス、嘘なんかいってないだろう? この二週間の間に強行突破してリルティのご両親に承諾はいただいてきたから、本当の正式な婚約者だ」
王である父にだって認めさせたのだから正真正銘の婚約者だというのに、この従者もその妻もジュリアスに白い目を向けてくるのだ。
「でも、リルティ様はずっと婚約者だったと思っているし、ずっと御自分はジュリアス様のことを愛してきたと信じてますよね?」
痛いところを突かれてジュリアスは思わず口篭ってしまう。
「……俺はずっとリルティを愛している」
言い訳のように呟くと、はぁーと溜息をつかれてしまった。
トーマスにはわからないのだ。国籍の違うアンナが求婚に素直に頷いてくれたから、こんな嘘をつかないと愛していると言わせてもらえない男の気持ちなど。
「ですよね、ジュリアス様はずーっとリルティ様を思っていらっしゃいますよね。いつか記憶を思い出しても信じてもらえるようにがんばってください」
トーマスはずっと付き従ってきた主のヘタレ具合にそう言った。
トーマスは十四歳の時にまだ十歳だったジュリアスの従者として王宮に上がった。たった十歳だというのに、幼児特有の可愛らしさは既になかったように思う。騎士団にも付き合ったし、勿論アルハーツ国の外交にもついていった。そこで運命の女であるアンナに出会えたことは一生のうちで最高の幸せだと思っている。その原因というか要因であるというか、とりあえず主には幸せになってもらいたい。
きっとリルティ様と一緒になったら幸せだろうと思う。主のリルティ様への溺愛具合に周りはちょっと辛い事になりそうだけれど。
笑える話であるが、この主は普段とは違って、思うように動けないのだ。普段のようにそつなくこなしていれば、リルティ様もそれほど嫌がったりしなかっただろうに。まるで子供のようにリルティ様の気持ちを突いて突いて、そして嫌われたり泣かせたり、そんなことをしてしまうのだ。
本当に子供か、いい大人が――。こんな大量の土産、どう考えても嫌がらせだろうと思う。大量のお菓子はジュリアスがテオに美味しいと聞いてあちこちから手配したものだ。花もドレスも女が喜ぶだろうものを集めて馬車に乗せてきたのだが、リルティ様はものにつられる人物ではないと思う。
リルティ様とアンナとグレイス様からジュリアス様に注がれる視線が、きっとこちらにも来る。
何故止めなかったのかと――。
溜息もつきたくなる。
トーマスは横を走る馬車を見てもう一度声なく溜息を吐くのだった。
ジュリアスが屋敷に到着すると、リルティが玄関の前で、使用人達と一緒に待っていてくれた。
「ジュリアス、お帰りなさいませ」
記憶がなくともセリア・マキシム夫人仕込の大そう綺麗な動作で、リルティはドレスを摘みお辞儀をした。上げた顔には微笑みがあり、ジュリアスは今まで必死に生きていて良かったと思うのだった。
ジュリアスと名前を呼ばれるのもこそばゆいが幸せだ。因みに前から呼んでいたと嘘を言って、呼んでもらっている。
「リル、ただいま」
馬を馬丁に預け、リルティに近寄るとグレイスがゴホンッとジュリアスの意識をリルティから引き剥がした。
「わかっている――。具合はどう?」
前半はグレイスに、後半はリルティへ尋ねる。
「もう平気よ。そう言っても誰も聞いてくれないのだけど」
苦笑するリルティは、心配する周りに少しあきれているようだ。けれど、それくらい酷い怪我だったのだ。リルティの回復力は素晴らしいと思う。テオが一緒にいるからだろうか。あの男は人知を超えているような気がする。
「リルティ様は直ぐにあちこち動き回りますからね。ちょっとは安静にしていただかないと……」
グレイスの言葉に「ね?」と同意を求めて首を傾げるリルティの可愛らしさにジュリアスは堪らず口付けたくなるが、アンナに間に入られて、「ジュリアス様、荷物をどちらにお運びすればよろしいですか?」と尋ねられる。
ジュリアスだって、リルティの怪我や記憶喪失のことを考慮しているというのに、丸で飢えた獣を警戒するような厳重さで、グレイスとアンナはジュリアスに貞節を求めるのだ。
少しくらい、口付けくらい許してくれていいと思う。切実に――。
ジュリアスは、リルティの手を握り、馬車の中身はグレイスに任せて部屋に入ることにした。夕方の気配にまだ少し肌寒いこの場所はリルティに良くない。
背後から、「またこんなに!」と柳眉を逆立てているだろう乳母の声が聞こえて、リルティとジュリアスは一緒に首をすくめて笑い合うのだった。
「ジュリアス。しばらくこちらにいるの?」
持ってきたお土産の一つ、ベリーのチーズタルトを(生もの)を切り分けてもらいリルティは晩餐の前におやつを食べる事になった。生ものですのでお早めにお召し上がりくださいと書いていたからだ。
ちなみに生ものがいくつもあったので、使用人にまでおやつが配られている。
ジュリアスの王子という身分をしらない現地の使用人達は、優しい旦那様でよかったねと喜んでいた。
「ああ。しばらくはこちらにいるよ。夏になったらリルティの生まれ故郷のレイスウィードに行こうと思う。勿論リルティも一緒にね。ここに来る前に寄ってきたのだけど、心配をさせてしまったよ。俺が不甲斐ないから……」
ジュリアスが自分の両親に会ってきたというから、リルティは驚いた。覚えていないが、ちゃんと両親や兄弟から手紙をもらってきてくれたジュリアスに感謝の気持ちで一杯になる。何故かどれも封筒に入っていないが、どうしたのだろう。
「あまり時間がなくてね。急いで書いてもらったんだ。あ、これテオさんに」
リルティの家族としてここについてきてくれたテオにジュリアスが手紙を渡す。それはちゃんと封筒に入っていた。居心地が何故か悪そうな叔父は、リルティの父からの手紙をもらって嬉しそうだ。
「ジュリアス、おじ様のこと、テオさんて呼んでいた?」
リルティが王城で養生していたころは確かテオと呼んでいたような気がするリルティだったが、「ほら、やっぱり仕事場だと言い辛いじゃないか。テオ叔父さんなんて……」というのに頷く。テオは男爵家の次男だけど、ジュリアスは侯爵家の嫡男だからだ。
「そういうものなのね。手紙は後でゆっくり読むわね。ジュリアス、ありがとう」
リルティの光が零れたような輝く笑顔に、非情に気まずいジュリアスは、リルティの口にタルトを運ぶ。
「美味しい?」
口にものが入っている時は喋れないので、頷くと、ジュリアスは何度も何度も運んでくる。
「美味しいけれど、ジュリアスも食べて」
一人だけ食べているのが恥ずかしくて、(テオは手紙を読むといってタルトを持って部屋にもどってしまった)食べる合間に何とかそう言うと、ジュリアスはリルティの残りのケーキを自分の口に運んだ。
「あ、駄目じゃない」
自分のタルトを食べられたリルティが非難すると、ジュリアスは自分の分を再びリルティの口に運び始める。
「んんっ!」
横並びにソファに並んで食べる二人の間にあるのは一人分の距離だけだった。
「俺はこれがいい――」
リルティの唇の横についてしまったベリーのジャムをペロリとジュリアスが舐めると、リルティは真っ赤になって立ち上がった。
「もう、ジュリアスは、そんなことばっかりするんだから!」
私が真っ赤になるのがわかっていて、そんな悪戯ばかりするのだ。
リルティは、目元にうっすら涙を浮かべて、「馬鹿!」と言って、逃げていってしまった。
一人残されて、自責の念で無表情になったジュリアスは、背後からの視線に項垂れる。
「ジュリアス様! 貴方はいくつですか! 子供ですか、恥ずかしい!」
「グレイス様、私リルティ様のところへいってまいりますわ」
グレイスの罵倒といってもいいくらいの叱責に「すまない……」と額を押さえてジュリアスは謝った。アンナが走っていくのを見送る。
「わかっているんだ。わかっているからそれ以上言わないでくれ……」
別にリルティを苛めようと思ってやっているわけではないのだ。余りにリルティが可愛くて、可愛すぎて……止まらなくなっただけなのだ。
もしかしたら晩餐も出て来ないかもしれないと、ジュリアスは地面に穴が開くかとグレイスが心配するほど下を見つめた。
「本当に、恥ずかしい王子様だこと」
まったくだ、こんなことをしてはいけないと思うのに、ジュリアスは今まで培ってきた冷静な判断や堅固な意志力が脆く崩れ去っていく。
リルティがいけない。あんなに可愛く笑うから。
リルティがジュリアスに可愛く笑いかけたりしないときでも同じようなことをしていたくせに、ジュリアスは自分を棚にあげてリルティに責任転嫁しようとしいて諦めた。
どう考えても自分が悪いと、しばしタルトを前に落ち込むのだった。
おお、一月も開いている。おかしいな、この前書いたと思ったのに。
秋になりましたね。大好きな美味しいものが沢山あって、馬肥ゆる秋です、こんにちは東雲です。
やっと体調はもどってきました。何故こんなにしんどいのだろうと不思議なくらいに酷い夏でした。駄目かと思ったよ(笑)。
この回はひたすらイチャイチャしようと思っていましたが、まぁまぁ甘い雰囲気になってますかね?どうでしょう。後少しなのにダラダラと申し訳ないです。読んで下さってありがとうございます。嬉しいです。