一つの道を示す王子様
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「よお……やっぱり死ななかったな」
宰相の王都の屋敷には離れがある。そこに男は匿われていた。
「来るとか馬鹿か」
相変わらずの口の悪さに苦笑が漏れる。
ジュリアスは、寝台の横に椅子を置いて、訪問した自分を馬鹿と呼ぶセドリックに「そういうなよ」と愚痴った。
「具合は悪くないらしいな」
「ああ、傷も大分くっついたようだ。というか宰相にもばれているんだろ? おれを捕まえにこないのか?」
セドリックは一度全てを諦めた。だから、この生はただの余白のようなもので明日事切れたからといって、困るものでもない。それどころか、祖父の罪と自身の罪を考えれば、さらし者にされて、投石されてもおかしくないのだ。
「ああ……悪いな。セドリックはもう死んだことになっている――。名前を変えて、しかも宰相のコマになることになると思う――。……俺を恨むか?」
「お前を恨んでも意味がないだろ……」
何のためにくだらない騒ぎに手を貸したと思っているんだと、セドリックは恩着せがましくジュリアスに言うが、ジュリアスにすれば余計なお世話というものだった。
「ジュリアス第二王子は明日から休業だ。明日からは侯爵子息という肩書きで婚約者の静養につきそう予定だ」
「なんだ、あのリルとかいう女、怪我でもしたのか?」
おれの呪いだとかいうから、セドリックの頭を思いっ切り叩いたら、声も出せないくらいに痛かったようだ。
「呪うなら俺を呪え」
「新婚の初夜にどんなに頑張っても勃たないように呪ってやる」
「……お前、俺のこと本当は嫌いなんだろ」
思わずジュリアスは呟いた。セドリックのすること言う事、ジュリアスへの嫌がらせとしか思えない。
「ふん、おれのものにならないからだ――」
こいつ、どんなに自分勝手なんだ……。
「まぁそれだけ元気ならいいさ。もう少し落ち着いたら宰相が来るはずだ。今日は、お前に会わせたい人が……」
ジュリアスは寝室の扉を開いて、その人物を招いた。
「セドリック様、生きていらっしゃったのですね」
「グレン……」
ジュリアスの投降のすすめに応じたセドリックに仕えていた男である。
寝台の横に跪き、「セドリック様が死んだと聞かされて、俺たちはジュリアス様に下ったのです。そして、命を救っていただきました……」と懺悔する。本来なら、王城を外から攻撃する部隊だったのに、嘘を信じて下ってしまったことを悔いているのだ。
「気にするな。お前は、もう自由だ。こんな主で申し訳なかったな。これからおれは飼い犬として生きることになる」
「俺もセドリック様の下で働かせてください」
グレンという男は、忠義に篤いのだろう。何がなんでもセドリックの側にというのが見て取れた。まぁ、だからこそ連れてきたのだが。
「ああ、セドリックは宰相の犬になると思うが、支えてやってくれるか?」
「犬とか言うな!」
「お前が言ったんじゃないか――」
「自分でいうのと人に言われるのは違うんだ」
どこまでもセドリックはセドリックらしかった。
「セドリックを逃がせば、共に命がないと思ってセドリックに仕えろ」
セドリックを逃がすことだってジュリアスは考えたが、宰相はごまかせないだろう。グレンがセドリックを憐れに思って何かをすれば、それがセドリックの命の灯を消すことになる。
「はい。ジュリアス様もセドリック様に会いに来ていただけるなら、主は逃げることはないでしょう」
どこまでセドリックの想いを知っているのかわからないが、グレンはそう断言した。
言葉を失い、ジュリアスは呆然とセドリックとグレンを交互にみて、「ああ、たまに顔を出す」と諦めたように告げたのだった。
「もう一人いる。俺は帰るよ。ちゃんと謝れよ……」
「え……ちょっと……ジュリアス! 謝れって……?」
焦ったセドリックの声が背中に掛かるが無視だ。
扉のところで、セドリックに会いにきた男の肩を叩くと、軽く返してくる。
「セドリック……。お前、何やらかしてるんだよ」
低い恫喝のようなその声は、幼馴染の一人であるマルクスだった。
「ほっといてくれ。おれは、やりたいことをやっただけだ。お前には関係がない」
「関係がないだと! ――ああ、そうだな。関係はないさ。安心しろ、今から関係を作ってやる」
「ぎゃ――! 痛いって痛いって! お前、腹に穴が開いたんだぞ」
「マルクス様、おやめください!」
焦って止めるグレンの声も聞こえた。
「ははは――……。早くリルのところに帰ろう」
セドリックの事は、既に国王とライアンと宰相と話がついている。
グレンを会わせていいと言ったのは宰相で、マルクスに会わせてやってと言ったのはライアンだった。
後は行方の知れないリリアナのことだけが不安材料だった。マストウェル侯爵のことを思えば、リリアナにはどこか知らない土地で幸せに暮らして欲しいと思う。けれどあれだけ顕示欲のつよい女がジュリアスを思い切れるとは思えなかった。マストウェル家も例にもれず、しつこい性格だからだ。
王都は意外なくらい荒れなかった。美しい街並にホッとする。
王城を攻撃した者達は、街にさしたる攻撃を加えなかったからだ。
「ジュリアス様!」
凄い荷物のアンナとトーマスがジュリアスを見つけて寄ってきた。ジュリアスの馬は、黒くて大きいから遠目からでも識別できるから気付いたようだった。明日から行く静養先で必要なものを揃えていたのだろう。
「二人ともご苦労だな」
「いえ、馬車に運んでいるので大したことありません」
「またリルティについて行ってもらうために移動だ、ゆっくり出来なくて申し訳ない。新婚だというのに」
アンナが珍しく頬を染めて「いえ、お気になさらずに」と恥ずかしそうに俯く。
「静養先はゆったりした田舎だから、二人もゆっくり新婚を楽しめばいい」
嬉しそうなトーマスと反対に、アンナは首を振る。
「いえ、目を離せない主がおりますから」
主というのは、ジュリアスのことである。目を離せば何をするかわからないと言われているのだが、そのとおりなのでジュリアスは口篭る。
「しかし、いくら狙われなくなったといえ、一人で徘徊するのはおやめください」
「徘徊って、お前、俺を老人みたいに……」
ジュリアスは記憶のなくなったリルティであっても、二人でいることが精神的に安定するのか、二人が知るよりも穏やかに笑うようになった。離されていた時期は、周りに吹雪を撒き散らす事もあったというのに、その変わり様に二人は主を思って嬉しくなる。
「ジュリアス様、今そこで焼いていたものなんです。リルティ様に温かいうちに差し上げてください」
王都で人気のあるお菓子は庶民の食べ物で、焼いたパンケーキの間にジャムのはさまっているものだった。リルティへのお土産として買っていたようなので、有難くジュリアスは包みをもらった。
きっと喜ぶだろうと思うと、自然と笑みがこぼれる。ジュリアスは、馬にリンゴを買って人の邪魔にならない程度に急いで王宮へと向うのだった。
セドリックの回収終わりました~。終わった後にでも気がむいたら、その後のセドリックとマルクスなんて書いてみようかと思います。気付きました?(笑)。