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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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王子様の苦痛

こんばんわ。いつも読んでくださってありがとうございます。

 ジュリアスは比較的崩れてこなさそうな石組に足場をつくるための金属を差込ながら上に進んでいった。時折不安からか、焦りからか指が震えるのを意志の力で押しのける。

 反対側からバリケードを破壊し、フレイアの寝室までのルートを確保するように近衛に命じた。ジュリアスの命令ですぐさま二階部分に上がれるように、バッカーフやリンツ達も叩きつけるように金属を打ち込んだ。


「行く」


 ジュリアスは、その足場から高い二階へ上がっていった。ジュリアスの後ろから四人の騎士が続く。


 ジュリアスは、部屋の惨憺たる有様に息を飲んだ。その音は異様に響いた。


 丁度寝台の横に巨石がぶつかり、爆発したのだろう。もはや寝台は形をなしていなかった。


「リル?」


 破壊された部屋の中の端に立った人影が見えて、ジュリアスは声を上げた。


「ジュリアス……様?」


 その声は望んだ声ではなかったが、ジュリアスはホッとした。


「トゥルーデ!」


 ゲルトルードのおぼつかない足で立つ横のほうに人の形をしたものが静かに横たわっていた。ジュリアスの視線を追って、ゲルトルードは自分の横に倒れているのがリルティだと気がついた。


「リ、リル……? リルティ! フレイア様!」


 ジュリアスの行動は速かった。真横にいるゲルトルードよりも速くリルティの横に膝をついた。


「リルティ?」


「お……にい……さま」


 リルティの下から声が聞こえて、微かに身じろぎしたのはフレイアだった。リルティに抱き込まれるようにして、フレイアがそこにいた。


「フレイア、動くな」


 リルティをゆっくりと仰向けにして、引き寄せると、フレイアはゲルトルードが抱き起こした。


「リルティ……?」


 抱き寄せたリルティに意識はなかった。背中や後頭部に傷が沢山あったが、それが原因とは思えなかった。


「リルティが庇ってくれたんです」


 フレイアは普段とは違って小さく嗚咽を堪えながら、ジュリアスに告げた。


「私は扉の方を警戒していたんです。寝台の側にリルティとフレイア様がいて……」


 衝撃に飛ばされて、ゲルトルードも意識を失っていたようで、それ以上はわからないようだった。


「リル? リルティ? 目を醒ましてくれ……」


「ジュリアス様、駄目です。動かさないほうが……」


 リンツがジュリアスを揺さぶろうとするのを無理やり止めた。


 投石の一段目がフレイアの寝室を直撃し、二段目がセリア・マキシム夫人達がいた隣室を破壊した。轟音に驚いたセリア・マキシム夫人達は、二階から一階へ石が崩れても怪我程度ですんだのだが、それは奇跡に近いことだと思われた。


「リルティ、リルティ!」


 鼓動を確かめると確かに音は聞こえる。


「頭を打っているかもしれません。出来るだけ安静に運びましょう」


 崩れた場所からではなく、反対側からバリケードを破壊し、隣室から抜けるルートを確保する。無事な階段を使うことが出来たので、ジュリアスは揺らさないように気をつけながら、リルティを運んだ。自身も小さな傷があるにも関わらず、ゲルトルードはジュリアスに付き添った。セリア・マキシム夫人が、我慢できずに無事保護されたフレイアに泣きついた。


「ご無事で……。神に感謝いたします」


 セリア・マキシム夫人の言葉を背にジュリアスは、リルティを抱いたままその場を抜けた。


「ジュリアス様、どこへ」


「母のところに。あそこなら……」


 ジュリアスは、、今ここで安心出来る場所などなかった。母親であるシェイラの所は、国王の護衛が山のようにいて、それこそ一番安全だと思えたからだ。あそこには、お抱えの医者もいれば、グレイスもいる。


「わかりました――」


 衝撃にとばされたときに足を捻っていたが、痛みを気付かせることなくゲルトルードはジュリアスに付き添った。リンツ達はジュリアスについて、護衛を決めたようで、後ろにつき従う。


 ジュリアス達が歩く先々に死体が転がっている。血の匂いにむせ返る場所すらあった。それでも、この国の反乱は未然に防げたのだとゲルトルードはホッとした。


 側妃シェイラを護る近衛の数は、実は王族の中では一番多い。宰相に恨みを持つものも王に傷をつけたいものもシェイラを狙うからだ。王妃は、政略の上に娶ったと認知されているが、シャイラは王が政略ではなく恋情から娶ったと思われいるからでもある。


 シェイラにしてみれば、打算と成り行きだと思っているが。王妃を護るために、シェイラはあえて噂を否定しなかったし、王も宰相も同様だ。


「ジュリアス様。こちらへ」


 ジュリアスは、歩いている間にリルティが目を醒ますのではないかと、何度もリルティの顔を覗き見たが、まつげすら動く気配はなかった。


 グレイスが、ジュリアスの訪れを知って、慌てたように駆けて来た。そしてジュリアスの胸に抱かれて静かに眠るリルティに気付き、声を失った。


「グレイス……」


 完璧の防護があるとはいえ、側妃シェイラの部屋は騒がしい。少し離れた客室にグレイスはジュリアスを通した。


「こちらに……」


 リルティを寝台に下ろしたジュリアスに向こうをむく様にグレイスは指示をした。医師の手配は既に行っている。今この時にシェイラの側にいないことがグレイスにとって大変なことだとわかっていたが、ジュリアスはグレイスの好意に甘えた。


 アンナが医師の手を引いて部屋に駆け込んできた。


「リルティ様!」


 二人はリルティのお仕着せのドレスをナイフで破った。そしてガウンを上から被せた。体を動かすのは心配だったからだ。


 顔を濡れたタオルで、そっと拭くと、「ん……」と身じろいだので、診察の準備をしていた医師は慌てて、リルティの手をとり脈拍を確認した。


「リル」


 ジュリアスの声に、リルティの睫が触れるように揺れ、その浅葱色の瞳に光を灯したのだった。


「神様!」


 あの衝撃を身をもって知っているゲルトルードは、思わず神様と叫んだ。生まれて初めてかもしれないその安堵に膝から崩れた。

 

 ジュリアスには言えなかったが、死んでしまうのではないかと絶望で真っ暗になっていたからだ。


「リル?」


 ジュリアスが堪らずリルティを抱き寄せようとしたのを医師が止めた。


 射殺しそうな目線を医師に向けたジュリアスに、グレイスが「診察が先です」と厳しい声を上げて静止を願う。

 ジュリアスは伸ばした掌を握り、リルティを凝視する。


「痛っ……」


 悲痛なリルティの声にジュリアスは身体を震わせる。


「診察の間、申し訳ありませんが部屋の外に……」


 ジュリアスの殺気に似た気配に怯えたように医師は願った。このままでは、安心して診察できないと判断したグレイスは、ジュリアスとやはり顔の険しいゲルトルードを部屋の外に追い出して、アンナとリルティを見守った。


「ん……んんっ」


 リルティは意識が戻ったものの喉から漏れるのは、痛みを堪える嗚咽のようなものだけだった。


「握れますか?」


 手を差し出されて、リルティは痛みに顔を顰めながらその手を握った。


 リルティの痛みをジュリアスは自分のことのように感じる。声が上がるのはリルティが生きている証拠に違いがないが、ジュリアスは拷問のようなその時間を目を閉じ、手を握り締めて必死に耐えていた。

男祭り一転、痛そうな場面に筆が硬い……(笑)。

もうそろそろスパートをかけて終わりに近づいていると思われます。リルティがんばれ!

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